2 舞台は用意された。あとは自由らしい

「……ほお」


うっす反応』


「こうして肉体あるし痛みも感じるからなぁ……」


『じゃあこう言い換えよう。君は転生したんだ』


「そっちかー。……神様とかの前じゃなくて、脱出ポッドの中から目覚めておいて?」


『人の認識でいう所の”戯れ”で、転生者が現れる度にバリエーション変えてるんだよね。前回はパラシュート着けて空中から投下させたらしいよ』


「プレデターズかよ」


『まぁとにかく、君は死んだ。だけど、それは本来起きてはいけない死だったんだ』


「人の死は老衰以外全部そうだろ。つうか死因は?」


高齢者セダンのアクセルベタ踏みロードキルデメンティア・オールド・メンズ・ロードキル


「言い方ァ……」


 事故前後の記憶がないのは怪我で済んだ人でもあるらしいし、死ぬレベルのそれなら覚えてないのも無理はないのかな。マジで死んでたらの話だけど。


『本当は君の前にいる高校生に衝突して運転手共々死亡するはずだったんだけど、ちょっとイレギュラーな要素で運命が狂っちゃってね。高校生の代わりに君が死んでしまったんだ』


「まぁ前途有望な若い命が無事だっただけマシ……か?」


『けど、”人間には人それぞれ運命というものが決まっているんだ。死ぬ日も含めてね。上位存在こちら側の……分かりやすく言えばミスかな。そのせいで、君は本来死ぬはずのない日に死んでしまった。魂に定められた寿命は、その魂が清算しなければならない。世界は魂の流れというバランスを保つために、本来死ぬべきでない日に死んだ魂は違う世界で転生して、寿命を全うしてもらうんだ”』


「ほぉ、魂ねェ」


 普通に嘘くさすぎて転生というワードを聞いてもイマイチテンションも何も上がらない。


『まだ信じてなさそうだね』


「まぁ……それを説明してるのがゲーム機に入ってるAIだからなぁ。せめて有機物から説明されててほしかった」


『じゃあ、これならどうかな』


 デバイスの画面が勝手に切り替わる。すると見知らぬ若い男の顔が突如現れた。煽り構図な上にカメラに近いのかあまり映り方は良くない。だが背景に見覚えがある。ここだ。


「……え、誰こいつ」


『君だよ』


 映っているのはこのデバイスのインカメからの映像だ。頭や表情を動かしたり手をかざしてみるとそれは確信と変わる。


 映っている顔は記憶にある自分の顔ではない。俺の顔が俺の顔じゃない。


「うわ……うわマジで別人や……」


 ざっくり言えば二十代ぐらいだろうか。耳や眉辺りの長さに整えられた、ダークブラウンのゆるいくせ毛。やりすぎというほどではないがほどよく整った目鼻立ち。少なくとも以前の自分と比べれば――自己肯定の低さによる悲観的な比較かもだが――良い方だ。行動次第で良い顔にもダメな顔にもなりえるだろう。少なくとも人類に深く根付いてしまった顔の美醜の価値観で不必要に困ることはなさそうだ。この世界に人間がいるのかも美の価値観がどう変わっているのかも知らないが。


『肉体に関してはこちら側で勝手に決めさせてもらったよ。一応大きく忌避するような見た目じゃないはず』


「ああ……」


 半ば呆然と返事をしつつ端末をポッドの淵に置いて外に出る。今気づいたが当然のように靴も履いていた。どこのブランドとも分からない黒いワークブーツ。ボトムスも黒くスリムなカーゴパンツ。白いシャツの上からはスタンドカラーのカーキ色のジャケットを着ていた。


 地面に降り立ち、軽く飛んだり前屈したりして自分の新たな体の具合を確かめる。


「うーんなかなか悪くない身体……。体乗っ取るタイプの化物みたいなこと言っちゃった」


『過去にいた転生者たちはもっと驚いてる人いたのに、君は案外冷静だね』


「いや驚いてる驚いてる。あのー……でっかいリアクションする事に意識回らないぐらいびっくりしてるだけ」


 こんな真似はたしかに普通じゃできない。整形だけならともかく、手足に入る力の具合、身体の軽さや感覚そのもの、どれも明確に記憶と違う。脳みその移植などもまだできるはずがないし、やるとしてもそんな計り知れないコストを払ってその辺の日本人にそんなことをする理由はない。異世界転生なんてことでも起きない限り、こんな滅茶苦茶が現実に起こるわけがない。


 ふと気になって脱出ポッドを見回してみる。白い大きな円柱が、パラシュートを地面に広げて横になっている。すぐ隣に岩があったことから、どうやらちょうど岩の真上に降りたせいでちゃんと直立して着陸できてなかったようだ。そんなことあるんか。


 脱出ポッドを見回しても、どこかの国旗や組織のロゴはおろか文字の一つもない。意図的に消されているのだろうか。


「マジで地球じゃないんか……あ、そうだ。なぁ、違う世界に転生したって事は、ここってどういう世界ってことになるんだ?」


 ハッチの前に戻り、端末を手に取って再びハッチの淵に座る。


『それじゃあ続きといこう。ここは惑星アルテリアス。各地に点在する【世界樹】、そして旧文明の遺産の恩恵を受けている世界だ。世界樹による恵みは自然や農作物から人間自身への加護まで多岐にわたる。加えて、高度な旧文明の遺跡や遺物を復元させることで科学技術もある程度発展している。場所によってばらつきはあれど、君がいた世界に近い文明レベルと言っていいだろうね。景観はだいぶ違うけど』


『とはいえ現段階ではまだ、ここの人類は星の支配者とは言えない。今なおアルテリアスには人類に敵対的な生物が多数存在していて、人類の居住している地域はそう広くはない。国家や勢力は大なり小なりいるものの、今の所は大きな戦争や対立は起きていない。中心的な地域に浸透している常識とか価値観は、君がいた時代のそれと大きな差はないから、カルチャーショックは少ないと思うよ』


「ほーん……」


『さ、そんなほどほどに危険な世界できちんと寿命を全うしてもらうために、君にはいくつかの便利ツールを用意した。ポッドの下から二番目にある鞄を取ってくれ。まずは君の剣となり盾となるナノマシン、【シルバーアーセナル】を紹介しよう』

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