アーセナル・オブ・アルテリアス
ひとぎん
1 フォーチュネイト・サン
目が覚める。今日は寝つきが良かったのか、特に二度寝の欲求もない。だが目の前の光景と自らにかかる重力の方向と姿勢に気づき、すぐに冷静ではいられなくなった。
ぶらさがっている。俺が。肩や腹部にかかる圧迫感に視線を移すと、いくつかのベルトが自分の体をぶら下げていることに気づく。食い込んで少し痛い。
「なんこれ……」
薄暗いが一応周囲は確認できた。二畳もないほどの面積、高さも二メートルほどしかない狭いスペース。壁には見知らぬ計器やら操作パネルと、何かが入っていると思しきいくつかの布袋が固定されている。そして真正面には梯子があり、それに従って視線を持ち上げると、天井には小さな丸い窓のついた円形のハッチ。印象としては――
「なんだこの、宇宙船の中みたいな……」
それもかなり狭い一室。少なくとも
「とり、あえ……ず。お」
自らを縛るベルトをベタベタと弄り回していると、操作できそうなベルトのバックルのような感触。手探りで出っ張りか押せそうな個所に力を入れていくと、カチンと音。
「
ベルトから解放され、目の前の梯子に落下する。ベッドから床へ転がり落ちた時を思い出した。そのまま梯子を進み、ハッチの前に。
「どこやここ……」
重力もあるし、外も、窓が汚れて見辛いが草木らしき緑が確認できる。少なくとも地球にはいるっぽい。
大型のレバーをあちこちの方向に力を入れて、手探りでロックを解除。微妙に気圧が違ったのか、プシューと空気が通る音がした。
明暗差に視界が遮られるが、すぐに適応して外の様子が確認できる。
「森、いやジャングル……暑くないから森か?」
そこはどこかの森のようだった。木々が乱雑に生え散らかし、腰の丈ほどある草が木々の隙間を埋めるように生えていたり、生えてなかったり。
「つーかマジで……何がどうなってんの」
猫背の姿勢で頭と足を出してハッチの淵に座り込み、周囲の緑を眺めてリラックス効果を得ながらなんとか自分を落ち着かせようと努める。
「すー、ふー……。落ち着いてるフリでもしてないと動悸がひどくなりそうだからな。とりあえず状況整理か」
せめてここに来る前に何をしていたかを思い出してみよう。周りには誰もいないようだから独り言ぐらいなら大丈夫だ。
「俺は……あれ、直前何してた?」
思い出せない。いきなりつまづいた。あーもうやだやだ冷静さが消えていく。できることから、思い出せることから思い出そうとしたが、ところどころ抜け落ちていることに気づく。
人格や性癖(原義)を自覚できる程度の記憶も思考能力もあることは確認できたが、どうにも直前まで何をやっていたかが思い出せない。まるで寝ぼけている時の記憶のあやふやさがずっと続いている状態だ。他の情報がクリアな分余計気持ち悪い。
「うーん……だからまぁ、こんな宇宙船にはどう考えても入ってる理由がねぇんだよな」
『宇宙船じゃなくて脱出ポッドなんだよね。それはボクから説明してあげよう』
「はァー何ッ!? ……んぐぐぐぎぎぎ痛ぇ……!!!」
コンコンと開けたハッチを叩きながらつぶやくと、その問いに呼応するかのように突如として声。思わずびっくりして背筋が伸びてしまい、出入り口の淵に後頭部を思い切りぶつけた。
『あれ、どこかぶつけたの? 気をつけてね。敵じゃないし危害を加えるつもりはないからさ、一番下にあるバッグに端末があるんだけど、それを取り出してくれない?』
その声は文脈的に宇宙船――脱出ポッドと言ってたな――の中からのようだった。ようだったというのは、声が耳元で聞こえた気がしたからだ。両の耳穴を確認しながら振り向く。
一番下のバッグ、と言っていたな。一番奥じゃねぇか。
「……この辺?」
『そう』
ボスボスと軽く袋を叩くと返答があった。だがやはり、この袋から聞こえている感じではない。
備え付けの袋を漁ると、一つのナイロン製らしきポーチを見つける。ちょうどスマートフォンや携帯ゲーム機が入りそうなサイズだ。フラップを開けて中身を取り出す。予想通り、それは折り畳み型のデバイスだった。
印象としてはまさしくゲーム機。ゲームボーイアドバンスSPっぽい。画面は四対三の比率だが、ベゼルギリギリまで画面があるおかげか小さくは感じない。入力部は二つのスライドパッドと四つのボタン、それから一回り小さなボタンが三つ。背部にはLRトリガーボタンやカメラレンズ。側面にもいくつかのボタン(おそらく電源や音量調整などだろう)。スピーカーやマイクはそれらの配置の隙間などにあるようだ。
銀色の
画面には時刻と何らかのアプリケーションアイコンの羅列。UIは家庭用ゲーム機のホーム画面やクロスメディアバーを彷彿とさせる。
「むっちゃゲーム機や」
『実際色々ゲーム入ってるから暇なときは遊んでいいよ』
中性的だが、ギリどちらかといえば女性寄りの声音。特に画面には何も変化はないがその声は聞こえていた。
「おぉう。……つーかさっきからその、そちらさんの声ってどこから聞こえてるの?」
『それも含めて今の君の状況の説明と、自己紹介をしたいんだけど、いいかな』
「あ、ハイ。お願いします是非」
『改めて挨拶といこう。初めまして、片川鳴鼓。ボクの事はアンジュって呼んで。君が持っている端末にインストールされている疑似人格AIだ。君への伝言を持ってきたメッセンジャーでもあり、君のこれからをサポートするある種のナビゲーターでもある』
「伝言……これから?」
『そう。順を追って説明するとね、君は一度死んだんだ』
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