第2話
その中務省に帝の勅命を受けて住み込んでいるのが、唐から戻りし僧である空海であった。空海は唐より密を学び、真言密教を開いた人物であり、帝からの信頼も厚い僧である。
朱雀門から一直線に
ボサボサの長い髪を振り乱し、薄汚れた着物を地面に引きずるようにしながら、ゆらゆらと歩く裸足の女。
多くの通行人がいるにもかかわらず、誰もその女に注目をすることはない。
それは、誰の目にも女の姿が見えていないからである。
女の周りには、黒い
やはり、つけられたか。
篁は女の姿に気づかない振りをして、そのまま大内裏の中へと進んだ。
大内裏内には、
中務省の前までやってきた時、篁はもう一度だけ後ろを振り返った。
もし、あの女が人々の目に見える
だが、期待はしていなかった。おそらく、あの女はこの世の者ではないはずだ。
振り返った篁は、息を呑んだ。
すぐ後ろに女が立っていたのだ。
叫びだしそうになるのをこらえ、何も見えていない振りをして篁は中務省の中へと足を踏み入れた。
「これはこれは、篁殿。息災でございますかな」
中務省の中で篁のことを出迎えた空海は、まるで篁がやってくることを知っていたかのようだった。
「空海様、お話がございます」
「そんなに急がなくても、この空海は逃げたりはしませんよ」
そう言って空海は篁に微笑んだ。
篁は空海に神泉苑での出来事から、ここに来るまでのことを包み隠さず全て話した。
「なるほど。それで先ほどから……」
空海はそう言って、天井を見上げた。
それに釣られるようにして篁も、天井を見上げる。
そこには巨大な目玉が浮かんでいた。その目玉がじっとこちらを見下ろしている。
あの女だ。篁は直感的にそれがわかった。
「
空海はどこか楽しそうに言うと、つるりと禿げ上がった頭を撫でてみせる。
こんな時に何を呑気なことを言っているのだ。篁は気が気でなかった。
天上にいる目玉を見ても、空海は動じていなかった。
「あやかしというものは、己の心が生み出すものですよ、篁殿」
空海が落ち着いた口調でいう。
すべてはわかっているから、この空海に任せない。篁はその言葉から、そう読み取った。
「ただ、それが鬼と化す場合もございます」
空海はそう言って、弟子の僧に墨と硯を持ってこさせると、何やら紙に文字を書き始めた。
その文字は篁の読める文字ではなかった。おそらく、
「こんなものかな」
空海はそう言うと、筆を置き、立ち上がった。
「さて、
「
「決まっておりましょう。神泉苑ですよ。陛下がお待ちだ」
先ほど梵字を書き連ねた紙を折りたたみ、懐へとしまった空海は篁を手招きして、中務省の建物を出た。
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