「ならば俺のために婚約破棄してくれますか?」~身勝手な騎士の言い分~

高瀬さくら

「ならば俺のために婚約破棄してくれますか?」~身勝手な騎士の言い分~


 主街道より一本離れた横道に魔物が現れたとの報は逃れてきた住民からだった。八方向へと道が伸びる広場へ魔物を誘導するより、その場で倒してしまった方が被害は少ない。


 第一王女レティシアは魔物の眼前へ逃げ場を塞ぐよう飛び出し、背後の従者へと叫ぶ。



「ツァイ、住民の安全な退路の確保を。他の魔物は任せる!」


 何かを言いたげな彼の飲み込んだ言葉はわかっていたけど、それを無視して目の前の親玉の魔物に集中する。


 四本足のうち、前足をあげて威嚇する身の丈三メートルの親型。その前足一本ずつ先には二又の鋭い鎌、カマキリに似た虫系。

 後ろ脚は敏捷に動くため、速攻で決めないと距離を詰められてしまう。鎌先や口腔に血が付いてないのを見て、まだ人々に被害がでてないと安心する。


 魔物を自分に引き付けているのを確認して、歌うような詠唱を旋律に載せる。敵意を見せ、振りおろされた鎌を地面をけり、跳んでかわす。


 市井の民の様子をみるという名目の元の巡察だった。パンツ姿は嘆かれるのでやめていたけれど、纏う年頃の街娘の裾長衣装も動きにくい。ただしドレスのコルセットを付けるより断然まし。

 裾が汚れるのを構わず腰を低くして地面に手のひらをつき、詠唱の最後の言葉を結べば透き通った赤い光円が魔物を囲み閉じ込める。地から天へと光が上り魔物の動きを封印する。


「封、結、砕」


 後ろではツァイが全ての住民を通りから避難させ、短い力ある言葉で、親玉から吐き出された魔物の子を、残さず粉砕させているのを感じとった。


 そしてレティシアの捉えた魔物は描いた魔法陣の中で動きをとめ、消滅していく。


「レティシア様! お怪我はありませんか!?」

「――ツァイ、そちらは済んだみたいね」


 消えた魔物の残滓を見届けて、ツァイを振り返ると、その奥の駆けてくる男性の姿を目でとらえ、レティは軽く唇を尖らせた。


「レティシア様!? ご無事ですか!?」


 ツァイとは違う、明らかに苦々しさが混じる声。戦場でも団員達全員に届き、従わせる迫力ある響きがレティシアを非難している。


「あら、アルフレッド」


 お咎めが混じる声に何事も無かったかのように花の笑顔で返した後、密かに逸らした顔をしかめた。


「逸らしてても顔をしかめているのは、わかりますよ」


 長い付き合いだ。バレないわけがないか。


「王女殿下であるあなたが、危険なことはなさらないでください、となんど言えば」


 そこまで言ってわざとらしく、男らしくも美麗である顔で大きくため息をつく。


「まあ、聞いては下さらないでしょうね」

「あら。一万騎を率いる聖騎士団長のあなたが駆けつけるほどでもないでしょうに」


 今度は彼が顔をしかめる番だった。


 ――でも知ってる。いつも輝く鎧に身を包む彼が今日纏うのは平服だ。

 非番なのに、かけつけてくれた。


 本来、街中の問題には警備兵があたり、騎士団がでてくることはない。ただ魔物よけの魔法障壁と分厚い壁に覆われている守りが固い城下街を守るだけの警備隊には、魔物となると荷が重い。


 だからこの国を守る鉄壁の要である聖騎士団の彼がでてくるのは民にとってはありがたいことだけど、早すぎる。城を抜け出し見回っていた自分を追ってきたのか、もしくは揉め事に常に網を張っているのか。


(……両方ね)


 いつも輝く鎧に身を包んでいるけれど、彼はお飾りではない。いつも前線で戦役についている上に民のことを考えている。自分のように警邏の真似事をしているのとは違うのだ。


「だって国民には常に王家がついているという安心を与えなくては、ね」


 レティシアのお転婆振りと魔法の腕の確かさは有名だった。同時にそろそろ歳頃、誰に嫁ぐのかと民の間では噂だった。


 最後の「ね」、は多少の感傷が入ってしまった。それは昨晩の陛下からの言葉のせい。でもアルフに漏らすことではない。


 いつまでこのような真似ごとが許されるのか、と薄々感じていたけれど、卒業すべきだと釘を刺されたのも同然だ。漏れそうになったため息をこらえ、その思いを胸の隅に追いやり、「高みの見物はできないわ」と呟いたあと、チラりとアルフを見た。


 アルフレッドは何故かレティを見下ろし、黙ったまま。


 最初は何時もの軽口のやりとりだった。でも自分のおかしな様子に感づいたのかもしれない。


 何かを問いかけようとした口が開いた瞬間、唐突に地面がひび割れ蜘蛛の巣状に穴ができる。

 レティシアの腰をアルフレッドがだきよせたのと二人が地下へ落ちたのは同時だった。


 ――幸い、激しい音のわりに自分達は瓦礫の上に着地できたため、下敷きになることはなかった。抱き寄せてくれたアルフレッドがレティシアに被害がないよう庇ってくれたのもある。


 安全を確かめてくれた上でレティを離したアルフレッドが周囲を警戒しつつ、光魔法を唱え光源を確保し同時に抜刀して場を見回す。


 レティは小さな穴となった天井を見上げて、それから自分達のいる空間を見る。開けた地下空間だった。


「隧道かしら? 違うわね、集会所か何かみたい」

「教会かもしれない。三十年前に震災があっただろう。街は、大改修したからな。もともとはアルカナ川の旧市街地の埋め立てだ。地盤が弱く、基礎工事が甘かったのかもしれない」


 アルフは周囲を確認して警戒を解き、切っ先を下げる。


「魔物の重みで床がぬけちゃうなんてね」

「一度、街中の総点検が必要だな」


 公爵家の嫡男である彼は王家に縁があり、幼い頃からの幼馴染だ。小気味よい会話がポンポンと出てくる。

 それはレティにとっても心地よく、彼も口端が上がっているのは上機嫌な証拠だ。


(……そんなのもあと少しね)


 思いにとらわれながら同時にもう一つ思う。街の点検など、騎士団長の彼がすることではない。


「人が住まなくなった廃墟や、人通りのない角、貧民界隈には魔がでやすい。そこの安全を確保し目を光らせていくのも一国民としての俺の役目だ」


 皮肉屋で昔は喧嘩ばかりしていた。でもこういうところを尊敬していた。輝く美貌、団長としての人望、そして自分にはない強さ。ずっとこうやって軽口をたたき、横に並ぶことができると思っていたのに。


 寂しげに微笑みずっと話を聞くレティにさすがに怪訝に思ったのかアルフが尋ねてくる。


「今日は、どうした」


 言わないつもりだった。ずっと口を引き結んで、耐えていたけれどレティの言葉を待つアルフレッドにとうとう口を開いた。


 一番近い存在だった。王族として身内の情が薄くて寂しいこと、厳しいしきたり、国を守る責務、互いになんでも漏らしてきたのだ。いや、騎士団の団長として自分とは違う責任を負い、男女の違いもあって、彼のほうは次第に何も漏らさなくなってきていた気もしていたけれど。


「昨日、お祖父様に私の婚約が決まったと言われたの」

「……まさか」


 間を置き、掠れた声でアルフが呆然としている。

 昨日の自分と同じだ。いつか来るとは思っていた。来ないわけはない。でも、何となく想像ができていなかった。


「王女だもの、覚悟はしていたわ」


 白々しい自分の声を聞いて、ようやく己の中に浸透してくる。


 男系王位継承のこの国では、レティシアは王位をつげない。第一継承権のあった父親は亡くなり、それを継いだのは祖父の弟。けれど彼さえも先日急逝した。


「私に誰か婿養子をとらせて、王位を継がせるというのが大多数の予想だったけど、まさか敵国の第三王子とはね。でも文学に造形が深い温厚な方だそうよ。アルデシュは比較的、魔物の出現が少ないらしいし、お祖父様はそこに惹かれたのかもね」


 本当は王族しか引き継げない魔物を倒す神聖魔法の使い手、それが王位継承の条件だったのに。


 大本命はレティシアが婿を取り相手が王位をつぐことだった。それほど、神聖魔法の血をつなぐことは大事だったのに。


 けれど祖父は他国の無害な王子にレティシアを娶らせることを決めた。もちろん、先日まで敵だったかの国と友好関係を築くのは大事だ。

 けれど王位争いとは無縁な、かといって、何の役も期待されてない王子に嫁ぐとは予想してなかった。


「ツァイは?」


 アルフの口からでた思いもよらない名に、レティは目を瞬く。


「ツァイは貴重な言霊魔法の使い手だもの、この国には必要よ。それにいくら乳兄妹とはいえ、男性だもの。嫁ぎ先に連れて行くわけにはいかないわ」


 苦笑とともにレティは答えた。魔物退治に連れ回していたけれど、彼もようやく自身の道を歩けるだろう。


 明るい日の下では湖のような水色のアルフの瞳が、今は深海のように暗い。


「――俺は先日、アルデシュとの戦役で成果をあげた」

「そうね、それで和平が結ばれたんだもの」

「陛下には恩賞を与えると言われた。なんでもいいと。俺はまだお伝え申し上げていない」


 レティは眉を潜めた、嫌悪ではなく真意が分からなくて。

 その沈んだ声と陰りのある顔が気になる。


「何の話?」 

「伝えようと思っていた。けれどあなたならば陛下より先に聞きたかったと言うだろうと。今の話を聞いて、ちょうどいいタイミングだった」


「ねえ、何の話?」

「聞きたいか?」


「……ここまで言われて聞かないわけにはいかないわ」


 ようやく言葉が出た。勝手に思いに沈み、勝手にきめる。それはアルフの常套手段だったけれど。

 自分が振り回され、いつの間にか彼の思い通りにさせられていた。


 街の時計塔に昇るのも。教会に忍び込んでごっこ遊びをするのも。


 開けた穴で光が差し、砂塵が躍るここは旧教会の一つだ。内装は古いけれど間違いない。


 そして奇跡的に瓦礫がない会衆席の通路は、主の意匠へと続いている。道を先に歩んでいた足を彼は止めた。


「――ならば、私があなたを娶りたいといえば、婚約破棄してくれますか?」

「……そんな……じょうだんでしょ?」


 見つめてくる瞳に、声が掠れる。馬鹿だわ、嘘でしょ、無理よ、どんな言葉も飲み込んでしまう。


「あなたには、戦いから帰ったときに癒してくれる奥方が必要よ」

「俺にはあなたが必要だ、そのために研鑽してきた」


 彼は一つ息を吸ってもう一度繰り返す。


「陛下には上奏する。認めていただいたら、受けてくれるか?」

「だって無理よ、もう決まった話⋯⋯」

「決まったと陛下はおっしゃられたか?」


 ……言ってない。「嫁ぐ気はあるか?」とだけ。


 アルフレッドは片眉をはね上げ待つだけ、でもその沈黙も、表情も、わざとだ。


 その時点で、負けた、と感じた。

 常に彼は思うように自分を動かす。誰もいない教会で、結婚式ごっこに付き合わされた時も。


「勝機はないと言われたアルデシュとの戦禍を平定した俺に不可能だと?」


 何も言えない。断われる理由が、思いつかない。黙りこんだのは不本意からじゃない。説明つかない感情。


 言いたいことだけ言って見つめてくるアルフの視線を受け止める。


 瓦礫の中で、目の前の意匠が輝いている。

 主を模した円、大地を示す横棒、その地に立つ人間たちを示す縦棒。その意匠は昔と同じだ。


 教会の主祭壇の前に立つ子どもの自分達の姿がよみがえる。


 崩れた天井から、太陽の光が差し込み、彼と自分を照らしている。


 あの時と同じように、アルフレッドはレティシアに片手を差し伸べている。


 ――まるで花嫁を待つかのように。


 ツァイの呼ぶ声が聞こえる。出口は近い。

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