第7話

 日和の様に誰でも分け隔てなく接っする様になりたい。その結果、また小中学生の頃の様に嫌われるかもしれないけど。それても日和にだけは真実を話したい。


──放課後。


 私は決意する。しかし、私は教室や廊下を行ったり来たりしていた。


──何をしてるのよ。さっさと言いに行きなさいよ。


 早く声を掛けないと日和が帰ってしまう。


──いっそう、明日にしようか? いやダメ。今行かないと多分、また怖気づく。


 それにしても、雑誌の影響のせいか、最近今まで以上に取り巻きの子達が引っ付いていた、が、今はいない。


──今がチャンスよ。


 日和のいる教室に向かう。何人かの生徒が私を見て、呆けて立ち止まっていたが、私は目もくれずに横切った。

 1年3組。私は教室を覗いた。──っと。


「日高。あんたさ、時雨様になに色目使ってるの? これ見よがしにゲットしようって思ってんじゃないわよね」


 まばらにいる生徒たち。教室がザワついていた。何ごとかしらと、そっと、声のする中心を見る。すると取り巻きの女たちが日和を囲っていた。日和はきょとんとする。


「ゲット? なんのことじゃろうか」

「はぁ。ふざけるな。時雨様が雑誌に載るのを知って近づいたんだろ」

「「そうよ。そうよ。嫌な子」」


 と集団で日和を攻めている。


──なに? なにが起きてるの。


 私は硬直して教室に入れずに固唾を飲んだ。日和は気にした風もなく手をパチパチと拍手する。


「影森君。雑誌に載ったん。こりゃおったまげた」

「っ。」

「時雨様に目をつけてたのは、私達が先なんだから、横から入ってくるな」

「目をつけるとは?」


「馬鹿にしてるの。キープに決まってるじゃない。本命は人気者の早川くんだけど無理そうだし、時雨様ならって狙ってる人はいっぱいるのよ」

「そうよ。ぱっと出てきてゲットしようなんて、ふざけんな」


 日和の可愛いらしい眉がつり上がった。


「おみゃーさんたち、好きなら兎も角、その考え方は影森くんに失礼じゃと思うぞ」

「なんですって!」


 火に油を注ぎ、みるみる取り巻きの女達の表情は険しくなった。


「なによ、あんたも、そんな鞄で気を引いて、女子力アピールしてんじゃないわよ」

「アピールもなにも、私は女子力なんて、ありゃーせんわ」

「はっ! 時雨様にわざわざ見せに来てて、何が無いだ。魂胆が見え見えなんだよ」


 一人の取り巻きの女が、日和の鞄を掴みあげる。そのまま荒々しく床に叩き落す。上履きでダンっと踏みつけた。


 それを見た瞬間、私はカッと頭に血が登った。


「なんてことするのよ」

「時雨様」


 ズカズカと教室に入り、私は踏みつけられた鞄を、取り巻きの女の子から奪い返した。


──信じられない。こんな酷いことするなんて。


「これはね。日和ちゃんが妹のために丹精込めて作った鞄なのよ。私が苦労して教えてあげた物なんだから。それを足蹴にするなんて許せない。──何が色目を使ってよ。どこに、日和ちゃんが色目を使ってるって言うのよ。あなた達に、日和ちゃんのなにがわかるって言うのよ」


 ザワっと教室に動揺が広がった。


「時雨様。なに、その喋り方……」


 はっと我に返った。しまった。やってしまった。


 日和には本当のことを話すと決めていた。でも、こんな形で大勢にバラすなんて……。


「影森君。なんで妹のことを知ってるんじゃ」


 日和の言葉に、私は青ざめた。日和の顔がまともに見れなかった。


──ああ。嫌われる。


 空気も読まず、取り巻きの女はふふふっと可笑しそうに笑う。


「やだ。時雨様。場を和ませようと冗談を言ってるのですよね」


 取り巻きの女達は都合のいいようにとらえたようだ。


──もう、どうなってもいいわよ。


 私はヤケクソになり、開き直って顔をあげた。


「これが本当の私よ。あなた達がはやし立てる、影森時雨は女言葉を使うのよ」


 凍りつく教室。


「やだな。時雨様。冗談が」

「なにか駄目なの。男が女言葉使ったらいけないの」


 取り巻きの女たちの顔に、笑みが消える。口角を引きつらせる。


「嘘。そんな時雨様。まるで、オカマ……」

「言葉遣いが、こんなだからってオカマだとは限らないじゃない。それにオカマだからなんなの? 男が男を好きになったからって何が気持ちが悪いの? 女の人が女の人と付き合って何がいけないの?」


 取り巻きの女たちは、明らかに汚らわしい物を見るように私を見た。ああ、これが普通の反応だ。


「キモい」

「そう。気持ちが悪い? でもね、よっぽど好きでもない人に色目使って寄ってくる人のが気持ちが悪いわよ」


 言葉を詰まらせ、取り巻きの女たちは首を振った。


「嘘よ。嘘よ。こんなオカマだなんて……」


 教室中が混乱していた。


──終わったわ。私の高校生活。


「スミレさん」


 背後から、そっと小さな手が私の背中に触れた。


「そうじゃろう。影森君が、スミレさんじゃったのかぁ」


 振り返ると、ふんわりと日和は温かい表情で笑っていた。


──どうして? 私が気持ち悪くないの?


 触れている背中が熱い。


「なんじゃ。もっと早く言うてちょーよ」

「だってスミレを女の子だと思ってたでしょう」

「そうじゃけど、女でも男でも、どっちでも良かったのに、それに、私は今の影森君の方がいいわ」


 そんなこと今まで誰にも言われたことない。目頭が熱くなる。


「やだ。キモい」


 現実を受け入れがたいのか、取り巻きの女達は叫びながら教室を出ていった。それを見送る。


「気にすることないわ。影森君は、そのままでもイケメンじゃよ」

「日和ちゃん」

「ふふ」


──ああ。本当に、なんていい子なんだろう。


「そうだわ。大切な鞄」


 私は出来上がっている鞄を日和に渡した。


「ありがとう」


 そう言って優しく受け取ると日和は、教室の隅に歩いて行った。

 がっしょん。っと……。てぇぇー。


「きゃー。なんで捨てちゃうの、日和ちゃん!」


 日和は笑って鞄をゴミ箱に捨てたのだ。


──なんてことを、なんてことを、あんなに丁寧に教えたのにぃぃ。


「だって上履きの跡ついてしまったしのぅ」

「でもでも、あんなに一生懸命作った物じゃない」


 私は慌ててゴミ箱から鞄を救いあげようとした。が、日和はそれを手で止めた。


「もう。ええんよ」

「良くないわよ」

「ふふ。1から友達に教えて貰うって決めたから、いいの」

「えっ」


 にんまりと、Uカーブするほど日和は笑った。私は目をしぱしぱとさせた。


──それって……。


「教えてくれるんじゃろう。時雨君」


 晴れやかに笑う日和。

 クラス中は、未だにざわつき陰を落とす。


 すっと日和の手が差し出された。未だに私は呆けている。


「友達になってくれるじゃろう」


 どきん。と高鳴る。足の爪先から頭の天辺まで血液が上昇する。嬉しさが、こみ上げてくる。目頭まで熱くなってくる。


「スパルタよ。私の教えは」


 私は日和の手を握り返した。体が熱い。この体の熱が何なのかわからない。でも私に初めて、友達が出来た。

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陰キャ君 恋になる前の物語 甘月鈴音 @suzu96

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