きみを想う日々が永遠に続きますように

天野 心月

きみを想う日々


「ねえ、あなたのことほんとに大好きだったよ」


 別れてから、数ヶ月が過ぎていた。

 いっくんは言葉通り、わたしとの縁を切らないでいまでも友だちとして接してくれていた。

 それがうれしかったり、悲しかったり。




結蘭ゆらんちゃん!」


「あ、太陽たいようくん!」


 わたしを見るなり、元気に声をかけてくれた彼に笑顔を返す。


 太陽くんは隣のクラスの男の子。

 名前通り太陽みたいな明るさで暖かい人だ。

 


「ねぇ、昨日のアニメみた?」


「あ、みたみた!」


 わたしが元気よく頷くとにっこりと微笑んだ。


 アニメが好きという共通があって話もすごく合う。

 それはうれしいことなのに、男の子と話す度脳裏に元彼、いっくんの顔がぎる。


 わたしはまだ前を向けていなかった。

 いまでも付き合っていた頃のことばかり想い出してしまう。



「もうすっかり仲良さそうね!」


「あ、萌奈もな!」


 彼女は壁にもたれながらわたしたちの姿を微笑ましそうに眺めていた。


「じゃあ、太陽くん。またね」


「また!」


 隣の教室へ入っていく彼をふたりで見送り自分たちの教室の中へ戻った。



「結蘭が前に進めてるみたいでうれしいよ」


「……そうだね」


 ほんとは全然前に進んでるわけじゃなかったけど悟られないように笑った。


「いまは……お友だちかな」


「友だちに戻れるのって素敵なことだよ!」


 そう言いながら、微笑む。




『やっぱり花火いくか?』


 ふいに震えたスマホに届いたメッセージ。


 花火大会。

 それは付き合っていたときに一緒にいくことにした約束。

 もう破棄されたと思ってたけどいっくんはちゃんとおぼえていた。


 せっかくだしいく選択をした。

 もしかしたら、吹っ切れるのかもしれない。

 でも、そんな軽々しくいくもんじゃなかった。



「久しぶり! 元気だった?」


「うん」


 久しぶりの彼は前とまったく変わらなくて。

 それが余計に胸を締め付ける。

 わたしの好きな心地よい声が響いていた。



「んーチョコバナナやっぱおいしい!」


 屋台がたくさん並んでいたからさっそくチョコバナナを購入。

 バナナが嫌いな彼は嫌そうにこっちをうかがっていた。



 それから花火がみえる川岸に向かった。

 そこには大勢の人がたくさんいてはぐれないようについていくのが精一杯だった。


 花火を観る場所を確保し、座り込む。


「あれからどう? なんか変わった?」


 彼がどういう気持ちでいてきたのかはわからない。

 きっと近況報告のつもりだっただろう。

 でも、勝手に口が開いていた。


「……変わんない!」


「え?」


「いまもこの想いは変わんないよ!」


 驚いたのか、どんな顔していたのかは暗くてよくわからなかった。

 少し経ったあと「……ありがとう」とそれだけ零した。




 花火大会が終わると一緒にいったお礼のメッセージが入っていた。

 それからわたしの想いに対する明確な断りも。


『ごめんけどもう好きになることはない』


『お互い新しく恋人ができても友だちとして仲良くしよ』


 これをみてある決意した。


 実らない恋に、去ってしまった彼に、時間を使う必要は悲しいけどもうない。


 はやく彼の存在を心の中から消さなければ。




「結蘭ちゃん話しやすい!」


「また一緒にゲームしたい!」


 学校のお友だちはそういってくれた。

 普段話さない子と話すのはいい刺激になった。



 なのに、なのに。

 なんで比べてしまうんだろう。

 なんで彼のことばかり考えてしまうんだろう。


 他の子と話せば想いが消えると思った。

 消えなくとも気にならなくなると思ったのに。


「なんで……消えてくれないの」


 放課後、だれもいない教室でひとりうずくまる。




「大丈夫?」


 上から降ってきた声に視線を上げると太陽くんの姿があった。


「あ、うん。大丈夫」


 勝手に喉から顔を出した言葉。

 なんて説得力のない大丈夫なんだろうと思う。

 事情を話すわけもなく視線を落とす。



「あのさ……俺、園芸部で花の水やりしてるんだ。よかったらくる?」


 無言で頷き、ついていく。



 そこにはきれいなハイビスカスの花がたくさん並んでいた。


「はい、これ。あげるよ」


「しおり?」


 手の中にあるのはハイビスカスの栞だった。


 太陽くんは淡々と説明していく。


「ハイビスカスって一日花だからどんどん新しい花を咲かせるんだ。

 それでこんなきれいなら形にして残しておきたいと思って作ったんだ」


「そーなんだ。ありがとう」


 素直にうれしいと思ったのに笑顔が上手につくれなかった。

 そんなわたしに彼は、少し悲しそうにする。


「ハイビスカスの花言葉は”新しい恋"」


「え?」


「結蘭ちゃん最近よく男子と話してるから恋に進もうとしてるのかなって」


 違ったらごめんだけど、と笑って付け足し、彼は穏やかに微笑む。


「俺は……結蘭ちゃんが新しい恋に進めるお手伝いがしたい!」


「……ありがとう」


 にっこり笑うと彼も笑顔を返してくれた。

 それがなんだかすごく心に染みて泣きたくなった。





『今回のテストやばいから教えてほしい!』


 萌奈からメッセージとともにスタンプが送られてきた。


『図書館で待ってる』


 急いで送信し、勉強会の準備をした。

 それから、いっくんからメッセージが届いていたから先に返してから家を出た。



「ありがとう。ごめんね」


「わたしで教えれるとこならなんでもきいて」


 図書館で合流して、端のほうの席へ座る。

 珍しくだれもいなくて、閑静な空間だった。


 場所を変えれば勉強が捗ると思ったけど、手が止まってつい横にあるスマホを見てしまう。

 さっき返したメッセージの返事があるかどうか確認してしまう。


 わたしと彼がくだした別れるという決断は正しかったのだろうか。

 間違いだったのだろうか。


 写真やくれたメッセージを何度も見返す。

 その度に苦しくなって、辛くなる。

 毎日その繰り返し。


 やり直したいなぁ。ほんとは。ずっと。

 やっぱり好きなんだと嫌というほど心が叫んでる。


「どうしたの?」


 わたしの手が止まっているのに気づき、萌奈が覗き込んでくる。


「……ほんとはもういっかいだけやり直したい」


 はじめて本音をだれかに話した。

 ずっと強がっていた糸が切れたようだ。


「結蘭、そう思うなら絶対諦めちゃだめだよ」


「う、うん」


「結蘭が決めたことならなんでも応援するから」


 萌奈はこんなにもわたしのことを肯定してくれて、想ってくれていた。





 金木犀の香りが漂うある秋のこと。

 水族館のチケットが余っていたから萌奈と太陽くんの3人でいくことにした。


「萌奈が遅いの珍しいね」


「だね」


 待ち合わせのときは、いつも萌奈のほうがはやく来るはずなのに来なくて心配だ。

 そんなことを考えていたらスマホが震える。


「……あ! メッセージきた!」



「……え」


 すぐに確認すると、思わず声が漏れた。


「どーした?」


「萌奈、急用ができていけなくなったって」


「ま、じか」


 太陽くんが少し動揺する。

 そして、わたしの顔を窺うように訊く。


「どーする?」


「……ごめん。今日は帰ろ」


 申し訳ないと思ったけど頭を下げた。

 場所がここじゃなかったなら、いっていたのに。


「いいよ。結蘭ちゃんは萌奈がいないと嫌だよね」


 少し悲しそうな顔でこっちを向く。


 ちがう。嫌とかじゃない。

 ここ、いっくんと来たはじめてのデート場所。

 隣に見える観覧車ははじめてキスをした場所。

 上書きしたくない。

 いまはまだそう想ってしまうから。


 この想い出が形を変えるときまで……ごめん。




 

 いつもは気軽に話しかけてくれる太陽くんが今日は落ち着きがなさそうに話しかけてきた。


「あ、のさ、結蘭ちゃんってクリスマス空いてる?」


「え? えっと……わかんない」


「そっか。もし空いてたら教えて」


「うん」


 びっくりした。

 だれかから誘われるなんて思ってもなかった。

 だから、咄嗟にわからないと言ってしまった。

 はじめから空いてるのに。


 どうせいっくんから誘われることはないのに。





 よくよく考えて、太陽くんのお誘いを受けようと思った。

 せっかく誘ってもらったんだ。

 今日の放課後、空いてるって返事しよう。



 ピコン


 聞きなれた通知音。


『12月は12日が空いてるよ』


 いっくんからの遊びの誘いだった。

 友だちになってから月に一度は遊ぶことにした。


 立て続けにもう一度通知音がなる。


「……え!」


 思わず携帯が手から落っこちそうになった。


『あと、もし空いてたら24、25日も会お?』


 何回も見て確認したメッセージ。

 夢でも幻でもない。

 イブとクリスマスのお誘いだ。


 なんで、なんで。

 頭の中にはてなが浮かぶ。


 まだ、太陽くんに返事する前ということもあり、こっちにいくことにした。

 太陽くんには謝ろう。

 わたしだけはまだいっくんのことが好きだから。




 なんで誘ってくれたのかはわからないままクリスマスイブを迎えた。

 風はひんやりと冷えていた。

 手袋をしてこればよかった。手がかじかむ。


「こんにちは」


「こんにちは! まってたよ」


 いつもと変わらないいっくんの姿に安堵する。


 今日のクリスマスイブは、ふたりとも抹茶が好きだから京都で抹茶巡りをすることになった。

 何回かいったことある場所も相手が違うだけで違った景色になる。

 好きなひとといれば、どこにいても輝いている。


「じゃあ、いこか」


「え、あ、うん?」


 突然のことで素っ頓狂な声を出してしまった。

 わたしの右手は彼の左手としっかりつながれていた。

 なんで、今日は手をつないでくれるの?

 意味なんかあるわけない。期待するなと言い聞かせながらも口角が上がってた。



「ん〜おいしい!」


「それな!」


 抹茶のアイスやスムージー、お団子。

 はじめて食べたものばかりで、新鮮だった。


 ふたりで半分こしたり、めちゃくちゃおいしかった。

 デートじゃないのにデートみたいな感じだ。




 旅館に着くと、管理人さんが部屋まで案内してくれた。

 部屋は、和室でとても居心地がよかった。

 露天風呂に入るためお互い分かれて部屋でまた合流することにした。

 

 今日は幸せな一日だったな。

 でも、なんで誘ってくれたのかは、まだわからないまま。

 色々考えてたら、少し長く入りすぎたようだ。

 視界がいつもよりぼやけていた。



 彼の声が届くまで、自分がなにをしているかわからなかった。


「らん? 聞いてる?」


「あ、ごめん。ちょっとぼーっとしてた」


 いつの間にか部屋に来ていた。


「大丈夫? のぼせた?」


 なんだか急にさみしくなって、涙が頬を伝って落ちた。

 困らせるのはしたくなかったけど、涙は一度溢れたらとめどなく溢れ出す。


「どうした?」


 彼はいつだって優しい。

 でも、それは性格であり、わたしだけに向けられてるわけじゃない。


「……やだった。ほんとは……ずっと、別れたくなんか……なかった」


 大丈夫だよって言おうとしたのに、勝手に違う言葉が外に出た。

 別れてからはじめて明確に自分の気持ちを伝えたと思う。


「言ってくれてありがとう。……ごめんな」


 その言葉をきいたら、余計に涙は流れ落ちる。


 好きじゃなくなるなら好きって言わんでよ。

 気持ちもないのに誘わないでよ。

 手だって繋がないでよ。期待だけさせないでよ。


 そんなことを想いながら彼の腕の中で泣き続けた。



「……ずっと一緒にいてよ」 


 目を瞑って、思わず零した本音。

 彼はそれに肯定も否定もなかった。

 わたしの背中を撫でてくれただけ。




 次の日のクリスマスは神社へいった。

 京都にはたくさんの神社やお寺がある。

 クリスマスには似合わないかもだけれど、この厳かで静かな雰囲気は安心できた。


 わたしの願い事。

 短い間で考え出たのは、『はやく前に進めますように』だった。

 目を開けて、横を見ると、真剣になにかを願っている姿が目に入った。


 このまま目を開けないでいてくれたら、ずっと視ていられるのに。


「なにを願ったの?」


 気になって訊いてみた。


「言ったら叶わなくなるんやで」


 内緒、と言わんばかりに教えてくれなかった。


「それもそうだね」


 気になったけど、これ以上の詮索はやめよう。

 わたしに関する願い事の可能性はゼロに等しいのだから。



 


「らん。あのさ……」


 別れ際、ふいにわたしのことを呼び止めた。


「あー昨日はなんかごめんね! 迷惑かけちゃって」


 あはは、と適当に誤魔化す。

 なにか言われる前にわたしが言葉を紡ぐ。



「俺のほうこそ、ごめ……」


「ちがうよ! 誘ってくれてありがとう。うれしかったよ。

 わたしはいまでもいっくんのこと想ってるけど、復縁したいとか言わないよ。安心してね」


「……」


 彼は、なんとも言えないような表情で見入っていた。


「じゃあ、また!」


 すべて、本心だった。

 はじめてだれかと過ごしたクリスマスが好きなひとだった。

 それは、幸せなことだと想う。


 言いたいことも言えたから、帰ろうと歩き出そうとすると、腕を掴まれる。


「まって!」


「ん?」


「ゆらんの気持ちはめちゃくちゃうれしいよ。

 クリスマス誘ったのは、友だちの中で過ごすならゆらんがいいなと思ったから。

 手は特別な日だから繋いだ。でも、それがゆらんを苦しめてたならごめん」


「……そんなことないよ!」


 精一杯愛想笑いをした。


 そんなことない。

 たしかに苦しかったけど、それはわたしの気持ちの問題。

 たのしかったのはほんとなんだから、たとえそら笑いでも笑顔で終わりたかった。






 クリスマスがおわり、彼のことは変わらず好きだけど付き合いたいとは思わなくなった。

 いまはこの関係が続いてほしい。

 お友だちでいるならもう別れることもない。




「結蘭ちゃんもなんか元気ない?」


 太陽くんと一緒に帰る途中、彼が話題を変える。

 萌奈は、珍しく風邪で休みだった。

 だから、わたしもと言ったのだろう。


「そうかな?」


「なんか無理してるようにみえる」


 べつに無理はしていない。

 でも、太陽くんを頼るのはちがう気がする。


「優しくていいひとじゃなくていいんだよ、俺の前だけは」


「え?」


「俺、結蘭のこと好きだから!」


 大きな声で、しっかりと届いた。

 彼からの明確な告白に吃驚きっきょうした。


 どうしたらいいのかわからず、戸惑う。


「俺、付き合ったら絶対泣かせない! さみしい想いだって絶対させないから!

 毎日ちゃんと想いを伝えるよ!」


 どんどん声を強調させていく。



 なんでこのひとじゃだめなんだろう。


 でも、言わないといけない。

 太陽くんは、こんなにも想ってくれているんだ。

 中途半端な態度をとって傷つけていいはずがない。


「……わたし、忘れられないひとがいるの」


 わたしがぽつりと零した言葉に彼は足を止める。

 同じように歩きを止め、真正面に彼を捉える。


「頭ではわかってる。そのひとがもうわたしのこと好きにならないことぐらい。

 痛いくらいわかってるの。なのに、心が追いつかないの」


 視界がだんだんと不鮮明になっていく。


「ごめ、ん。ごめんなさい。太陽くんの気持ちには応えられません。

 あと、好きになってくれてありがとう」


 深く頭を下げた。

 彼の想いに気づくような瞬間はあったはずなのに、見てみぬふりをしていた。

 もう友だちじゃいられなくなるのかな。


「顔、上げて?」


 ゆっくりと視線を元に戻す。


「なんとなく、わかってた。俺じゃ、だめなんだよな」


「……うん、ごめん」


「ほら、もう泣かないで。結蘭ちゃんには笑っててほしいよ」


 呼び捨てから、いつも通りの呼び方に戻り、安心した。

 

「あー俺、フラれちゃったか! はじめてだよ」


 いきなり大きな声を出す。

 通りすがりのひとたちは怪訝けげんそうに見ていた。

 なのに、太陽くんは、止まらない。


「顔は結構イケメンなほうだと思うけどなー、なんて」


 大きな声で自分でイケメンって言っているところがおかしくて自然と涙が引っ込んでいく。


「あ、よかった。笑ってくれた」


 もしかしてわたしが気まずい想いをしないようにわざとだったのか。

 うれしそうに笑い返してくれた。


「太陽くんはすてきなひとだよ。

 それに、わたしはイケメンだからって理由で好きにならないよ」


「俺も! 結蘭ちゃんのこと顔がかわいいから好きになったわけじゃないよ」


「うん」


「あ、もちろんかわいいとは思うよ!」


 イケメンと思うのと付き合いたいとか思うのは別物。

 かわいいも同じだろう。

 結局、中身のほうが大事なのだから。


 そのあとは、告白した雰囲気がうそみたいにふたりで雑談して笑いあった。


 よかった。これならいままで通りお友だちとして仲良くできそう。




「そっか。太陽の告白断ったんだ」


「……うん」


 萌奈に、報告として伝えた。

 どうやら太陽くんの気持ちには、気づいていたそうだ。


「じゃあまだ想ってるんだね」


「……うん」


「付き合ってたときあんなに傷ついたのに?

 クリスマスも思わせぶりなんじゃないの?」


 萌奈がこんな強い口調で言うのはわたしのことを心配してくれているからだ。

 彼女なりに優しさだってわかっている。


「でも幸せだったあの時間だけはうそじゃないよ」


 付き合ってた頃の時間は幸せだった。

 それだけは決してうそ偽りのないたしかな感情だ。

 その幸せだった過去は永遠に残り続ける。





『夢を見てさ、らんからこの先俺ともう付き合うことはないって言われる夢やって』


『嫌って思うってことは無意識に付き合いたいって思ってるのかもしれない』


 ふいに彼からこんなメッセージが届いた。

 やっとわたしは前に進めると思っていたのに。

 また気持ちがぐらぐら揺れた。


『直接話さない?』


 わたしがこういって公園で話すことにした。

 文章じゃ真の気持ちは理解しにくい。

 直接話すことで顔から読み取れることもあるだろうから。



「正直言ってわたしは付き合うことはもうないと思ってた」


 好きだけど、付き合いたいという想いは出てこない。

 また、おんなじことを繰り返しそうで怖い。


「らんがこの先だれかと付き合うのはやだ。

 でも、まだ好きの感情がよくわからない」


「好きじゃないのに付き合えないよ」


 ふたりの会話は噛み合わない。

 きっとそれが答えなのだろう。

 わたしたちは一度別れたんだから。また、おんなじことが起きても不思議じゃない。


「付き合いたいかって訊かれたら迷う」


 どっちにするべきなんて自分でもよくわからない。


「……そっか。でも、俺の中の優先順位はまだゆらんがいちばんだから」


「……っ」


 彼の言葉は、わたしの心にまっすぐ届いた。


 そんな、心をかき乱すようなこと言わないでよ。

 またドキドキしちゃう。


「俺も自分の気持ちちゃんと確かめてみるから、だから……らんも」


「わかった、よく考えてみるよ。

 優先順位がいちばんなのは特別に想ってるって勘違いするよ?」


 別れ際に少し意地悪な質問をしてみた。

 どうか、それは違うって言って。

 そうすれば、わたしの気持ちは決まってもう想い悩まないから。

 なのに、


「いいよ!」


 と満面の笑顔で期待外れのことをいう。





 彼と会った帰りに萌奈とお茶をした。

 今日あったことを相談したかった。


 その帰り際、彼女は大声を出して名前を呼ぶ。


「結蘭!」


「ん?」


「時間は有限。後悔しないようにね」


「……」


 それだけ残して彼女は去っていく。


 そっか。いまがずっと続くわけじゃないんだ。

 時間は限りがあるし元には戻らない大切なもの。

 このまんまで後悔しないって言い切れる?

 自問自答した。



 付き合うことは不安。また別れたくないから。

 でも、彼のことが好きなのは事実。


 全部、最初からやり直せたらと思ってた。

 でも、やり直すのが大事なんじゃなく、その事実を受け止めて前に進むことだ。

 過去を忘れるのではなく、受け止める。


 頭の中が少しずつ整理される。


 別れるのが怖いから付き合いたくない。

 それを恐れるのは間違っていた。

 人生には必ず終わりがあってどこかで絶対別れがくる。

 付き合っても付き合わなくてもお別れはあるんだ。


 だったらわたしの選ぶ答えは––––––





 「結蘭のことずっとすごいと思ってた」


 告白することを決めたわたしを、萌奈が駅まで送ってくれた。


「そんなことないよ」


 萌奈がいなかったら、きっと決断できなかった。


「失恋したのに、そのひとのことずっと想い続けれるのってすごいことだよ」


 彼女の言葉が胸を貫く。


「がんばれ! 結蘭の気持ちしっかり伝えておいで!」


「ありがとう! 行ってきます!」


 萌奈に手をふって、改札口にスマホをかざした。

 たくさんの勇気をくれた彼女には、感謝の気持ちでいっぱいだ。





 1月29日。


 わたしがはじめて彼とメッセージを交わした日。

 この日に返事こたえを言うと密かに決めていた。


 冬の真夜中は、まるで深海のように静かで暗くて音は絶え果てていた。


 こんな時間にごめんね、と前を置きながら、はやる鼓動を抑える。


「あのね、聴いてほしいことがあるの」


 だいすきなひとが手を伸ばせば届く距離にいる。

 これは決してあたりまえじゃない。


「まだ不安がないといえばうそになるけど、もうわたしは前を向こうと思います。

 いまから人生において最初で最期の告白をします」


 声が震える。

 目を合わせるのもやっとだ。


「好きです! わたしと付き合ってください!」


 目を瞑ってその手を取ってくれることを祈る。


「お願いします」


 その声とともに顔をあげると、思いっきり抱きしめてくれた。

 そして、耳元で「だいすき」と囁いてくれた。


 すごく安心したのをいまでも鮮明に憶えている。


 喪う前に伝えることができてよかった。




 水族館は、わたしたちのはじまりの場所だった。


 そして偶然なのか、必然なのか。

 2回目のはじまりも水族館だった。

 ほんとは別日にいく予定だったが、天候で延期され今日、告白した日にずれ込んだ。

 あのときとおなじような観覧車が隣にある。

 くるくる回る観覧車の中、再びキスを交わした。

 あのとき、感じたドキドキをまた感じた。


 なにか縁のようなものを感じ、運命って本当にあるのかもしれないと舞い上がった。


「これから末永くよろしくお願いします」


「こちらこそ」


 まるで、はじめて付き合ったかのような感覚だった。

 ここからわたしたちの関係がリスタートした。


 恋人じゃなくなった日から209日。

 今度こそ、適度な距離感を大切にお互いを支え合えるように過ごして生きたい。




 萌奈に復縁したことをいちばんに伝えた。

 彼女は自分のことのように喜んでくれた。


「結蘭の想いがちゃんと届いてよかった!

 結蘭が悩んで出した答えが正解だよ」


「それは……萌奈がいてくれたから。ありがとう」


 萌奈はいつでもわたしのことを考えて、適切な言葉をくれた。

 いつまでもだいすきな親友だ。



 太陽くんとは変わらず友だちとして仲良くやっている。

 ふったのに友だちでいたいなんて、わたしの自分勝手な想いを酌みとってくれたのだ。


「水族館、たのしそう!」


「たのしかったよ! ほら、これみて!」


 スマホをみて、この前の想い出を語る。

 次々と写真を共有していく。

 

「結蘭ちゃんが幸せなら俺もうれしい」


「ありがとう」


 太陽くんは、いつでもわたしを想ってくれた。

 優しくて、大切なお友だちだ。

 





 前のような大きく言い合う喧嘩はないけど、たまにイライラが溜まってすれ違うことがあった。



 不満はぶつけるのはではなく、想ってることを優しく伝える。

 それができなかった昔のわたしはどんなに子どもだったのだろう。


「わたしのせいでイライラするなら別れたほうがいいのかなって考えちゃう。

 けど、わたしは……別れたくない」


「ひとついわせて」


 なにを言われるのだろう。

 また別れ話を言われるのかもしれない。そう思ったら自然と視線が下がる。


「ゆらんのせいでイライラしてもそれが理由で別れたいなんてもう思わないよ」


「え?」


「離れるの考えなくていいよ!

 もうこんなんで離れる程度の気持ちじゃない!

 一生大切にするって約束する」


 ゆらんがだいすきだから、と照れくさそうに笑う。


 あぁ、彼も変わっているんだ。

 わたしだけが変わったんじゃない。

 なら、大丈夫なのかもしれない。

 足りないところがあれば、補っていけばいい。


「約束?」


「約束!」


 小指をお互い出して誓いを交わす。

 この約束がずっと続いたらいいな。





「ねえ、あの頃別れることを選んでくれてありがとう」


 こんな言葉さえいえるほどわたしは強くなれた。

 自分の気持ちを前より伝えることができている。


「そして、また好きになってくれてありがとう」


「俺、もういっかいゆらんのこと好きになれてよかった」


 彼の言葉にまた幸せを感じた。


 別れるという決断はあの頃のわたしたちにとって正解、いや最善だったといまなら思える。

 そのことがあったからお互い変わろうと思うことができた。

 

 そして、わたしはいつかは必ず別れるということを常に脳裏に置くことにした。

 それは恋人としての別れじゃなくとも。

 その分、相手を想える気がするから。




 あなたと出逢ってからわたしの景色せかいは大きく形を変えた気がする。

 たくさんのはじめての感情を教えてもらった。


 恋愛なんて興味がなかった。

 けど、恋愛のたのしさ、難しさに気づかせてくれた。


 人と深く関わることをしなかった。

 けど、狭すぎたわたしの視界はいま、こんなにも広く幸せで溢れている。

 そしてその中心にはちゃんとあなたが映っている。


 これは全部あなたのおかげなんだ。

 あなたがいたから鮮明になった世界なんだ。



 これから泣いたり笑ったり。

 どんなことがあってもふたりで一緒に乗り越えていこう。



 ひとつの空を見ながら思いふける。

 同じ未来をずっと一緒にみられるように。



 「ゆらんがいてくれるだけで幸せだよ」


 となりには彼が穏やかな表情で柔らかく微笑む。

 つられて笑顔が溢れる。




「ねぇ、あなたのことほんとにだいすきだよ!」


 いつまでも笑ってこの言葉を伝えられるように。

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