神は経済紙を見ない

飯田の治療の甲斐あって会田は思いのほか早く退院が決まった。


「治療とは言っても大した事はしていないがね

リハビリと妄想症パラノイアの治療だけだよ」


喫煙室で一緒になった飯田と和田は何気なく会田の事を話題に出した。


妄想症パラノイア?」

「異世界で勇者をやっていたとか何とか」

「確かに会田はそんな事言ってましたね、 それの治療ですか」

「まぁそっちの方は早く終わった、 彼は思い込みが激しいが切り替えも早いね

そして強かだ」

「強か?」


飯田はニッ、 と笑って煙草の火を消した。


「彼は自分の体験、 いや夢を小説にして売り出すらしい」

「あぁ、 彼が事故った2013年にはもうなろう系は有りましたからね

アリとは思います」

「バイタリティが有るのか知らんが、 元気な事だ

兎に角今日彼は退院する」

「それは良かったですね、 受け入れ人は誰になりました?」

「妹さんだね、 両親は離婚して父親は再婚

母親は結婚詐欺で金を騙し取られて蒸発したからね」

「そうですか」

「じゃあね」


飯田は喫煙室から去って行った。


「・・・・・」


和田はぷかぷか紫煙を曇らせていた。


「一本貰えるか?」

「!?」


喫煙室に会田が入って来た。


「会田・・・」


既に以前会った時とは違い、 体付きが良くなっていた。


「煙草」

「・・・・・」


一本を手渡しして火をつけた、 会田はむせていた。


「無理するから・・・それよりも今日退院だろ?」

「迎えが遅れるから時間潰しさ、 けほ・・・」

「そうかい」


煙草を消す和田。


「ジュースでも奢るよ」

「良いのか?」

「人にジュースを奢れる位の稼ぎは有るよ」

「そうか・・・」


食堂でコーラを飲む二人。


「ふぅ・・・懐かしい、 あの爺さん・・・何教授だっけ?」

「飯田教授か?」

「あの人はコーラを飲むなって」

「そりゃあ不健康飲料の代名詞だ、 あんまり患者に飲ませたくはないだろう」

「そんなもんかね・・・」


溜息を吐く会田。


「・・・俺さ

異世界で勇者やってたけどアレが夢なのか本当なのか疑わしくなっている」

「俺は何とも言えんよ、 専門家じゃないしな」

「だが逆にだよ、 ここが夢なのか本当なのか疑わしいと思わんか?」


会田の問いかけに首を傾げる和田。


「だからこの世界も夢かもしれないって事だよ」

「そうかい」

「・・・・・真面目に聞いてないな?」


ジト目になる会田。


「要するにこの世はコンピューターの中のシミュレーションとか

小説や漫画とかそういう物かもしれないって事だろ?」

「・・・まぁそうだな」

「そんなモン、 俺達が分かる訳無いだろうが

もしも俺達が架空の存在でも『じゃあ生きるの止めます』ってならないだろう」

「それはそうだが・・・だがもし神様が居て」

「神が居ようが居まいが俺達は生きねばならん

神は経済紙を見ない、 人間社会に生きていないからな

だが俺達は人間社会に生きているんだから経済紙を見ない訳には行かない」

「・・・そうなの?」

「新聞位読んでおいた方が良いぞ、 ネット記事でも良いけどさ

現実を知る為のアンテナは準備しておいて悪い事は無い」


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神は経済紙を見ない @asashinjam

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