第5話 モニカの高度な交渉術

 今日も一日、無事に学園での日々が終わった。さっさと帰ろうとしていたユラは肩を叩かれる。

 振り向くと、そこにはモニカが笑顔で立っていた。


「ユラ、私に付き合ってくれませんか?」


 盗み聞きをしていた生徒たちはどよめいた。ユラ・シグネントといえば、あろうことかモニカに対し、『人殺し』とのたまう危険人物。

 害でしかない人間に対し、なぜ声をかけるのか。教室内は混乱に包まれる。

 対するユラは、そんなことを一切気にすることなく、中指を立てた。


「絶対嫌だ」


 更に教室内にどよめきが広がる。

 下劣なジェスチャーに対し、生徒の一人が諌めようとする。


「おいユラ・シグネント。今のは何だ? モニカ様に対し、不敬だろうが」


「不敬だぁ? 世間に対して、不敬なことをしているのはモニカだろうが」


「訂正しろ! しかも呼び捨てなどと、どういう神経をしているんだ!」


「神経を疑うのはこいつにしてくれ。というか、僕は好きでこいつと話している訳じゃない」


 舌打ちと共に、ユラは言い捨てた。


「あらひどい」


 そう言いながら、モニカはユラに顔を近づける。その表情は、どこかいたずらっ子のようだった。


「でもそう言って、ユラはいつも私のことで頭がいっぱいですものね」


「そうだな。僕はいつも、お前を断頭台へ送ることで頭がいっぱいだよ」


 右手で首を切るジェスチャー。左手は中指を立てる。

 侮辱フルコースをもって、ユラは返答した。


「うふふ。さぁ皆さん、私はこれからユラと分かり合うためにお話をしたいです。なので、色々と察して頂けると嬉しいです」


「も、モニカ様がそう言うのなら……」


 カリスマ性という概念を具現化させると、モニカ・デル・ウィザーレムになる。

 それはこの王立ディクティブ魔法学園の全生徒と教員の共通認識だ。ただ一人、ユラを除いては。

 だからこそ、ユラ・シグネントという存在は、周りから悪く思われている。

 だからこそ、モニカはそんな彼女にも別け隔てなく付き合える聖人だと思われているのだ。


 吐き気がする。


 ユラはこの学園に対し、そんな感情しかなかった。


「ユラ、私に感謝してくださいね?」


「僕が? 何の冗談だよ。感謝なんて一瞬だってすることはないぞ」


「もう強情ですね。……ひとり言を呟きますね」


「どーぞ。僕が興味を持つなんて、思うなよ」


「分かりました。私がこれから話すのは怪死事件です」


「……」


 ユラはぴくりと反応してしまった。職業柄、こういった話に対する感度は人一倍高い。それを悟られぬよう、彼女は必死で隠した。

 モニカはユラの反応を見て、笑いを堪えるので精いっぱいだった。目論見通り、彼女は興味を持ってくれた。それが、モニカにとっては嬉しいのだ。


「つい先日、レルピオ侯爵家から相談を受けたんですよ」


 レルピオ侯爵家とは、自分の領地で栽培したハーブを販売し、富を築く貴族だ。

 ハーブは料理を始め、様々な用途で重宝されており、一目置かれている存在である。

 正直、ユラは大物の名前が出たなと思っていた。


「最近、特定のハーブ生産地域に勤めている人間が不審死をしているようです」


「不審死って?」


「あ、興味を持ってくれましたね!」


「ちっ。僕としたことが、それじゃあさようなら」


「待ってください! 待ってください! 話を聞いてくださいよ!」


 モニカがユラの腕を掴み、すがるように言葉をかける。

 これにはすっかりユラもやられてしまった。掴まれた手を振りほどいてしまった日には、永遠に皆から敵視されてしまうだろう。

 別に仲良しこよしでいたいわけではないが、無駄に居心地を悪くするのは、望むところではない。


「分かった分かった。続きを聞かせろ」


「ありがとうございます! それでは話の続きですが――」


 そこからユラは思考を切り替え、探偵として、客観的に話を聞くことにした。

 一通り話を聞いたユラは、思考の整理がてら、自分の言葉で事件の概要を整理する。


「――事件発生は三週間前から。場所はムース村。被害者は村のハーブ生産に関わる人間。死に方は、窒息のような死に方。突然、首を押さえ、泡を吹き、そしてそのまま息を引き取る、か」


「えぇ、レルピオ侯爵も最初はたまたまかと思ったら、それが続いてしまい、いよいよ不安になって私に相談をしたという流れですね」


「治安維持部隊は知ってるの?」


「報告はしていないかと。レルピオ侯爵は面子を大事にします。だから、まずは私に相談をしてきたのです」


「面子を大事にするなら、真っ先に治安維持部隊へ相談すると思うけどね」


「その辺りは私にも分かりません。ですが、私は困っている方が伸ばしている手を掴みたいのです」


「よく言う」


「だからこそユラに頼みたいのです。ちなみに報酬も出ますよ?」


「報酬……?」


「無論です。結果を出した者には然るべき報酬を。これは常識ですよ」


「……ちなみにどれくらい?」


 すると、モニカは指でそのを提示した。

 まずその本数に驚き、桁を確認するユラ。

 正確にその金額を把握した上で、ユラはおもむろに立ち上がり、こう言った。


「僕は人助けに命を燃やしている。モニカ、すぐに現場へ案内しな。僕が解き明かしてやる」


 ユラの目はお金の形になっていた。

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魔法探偵ユラは親友を断頭台に送りたい 右助 @suketaro07

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