第4話 断頭台への誓い

 ユラがエドモンド男爵の屋敷を出る前、フェノルに呼び止められた。


「最後まで見ていかないのか?」


「まさか。既に犯人は見つけたからね。もう僕の関知するところじゃないよ」


「そうか」


 そう言いながら、フェノルは懐から煙草を取り出し、火の魔法で着火した。


「まだ追っているのか?」


「分かっているなら、大声を上げて欲しいものだけどね」


「ユラの言いたいことは分かるさ。何せ、この言葉を吐くにも、情けなさを痛感しなきゃならんからね」


「それはどういう意味での懺悔?」


 フェノルは一度、辺りを見回した上で、話を続けた。


「モニカ・デル・ウィザーレム。ユラの言うことはなるべく信じてやりたいが――」


「良いよ」


 そこでユラはあえて言葉を遮った。

 これ以上はフェノルの身に危険が降りかかる可能性があるからだ。


「僕はあいつが人を殺したのを見た。そして、僕以外には誰もこの事実を知らない。だったら、僕が見つけて、断頭台に送るしかないでしょ」


「分かっているとは思うけど、ウィザーレム家は一筋縄じゃ崩せないぞ」


「それも分かってる。下手な行動を起こせば、すぐに治安維持部隊がお出ましだからね」


「そうだ。ウィザーレム家はこのディクティブ王国のありとあらゆる事業に絡んでいる。それは、俺のいる治安維持部隊も然りだ」


「フェノルさんって馬鹿だよね。さっさと僕の首根っこを掴んじゃえば済む話なのに。そうすればあっという間に昇進だよ」


「そーいうの面倒だからいーの。俺はこの治安維持部隊の隊長辺りが一番ヌルくて好きなんだから」


「……そっか」


 もちろん、ユラは彼の言葉をそのまま受け取った訳では無い。

 彼の立場、そして自分との関係性。非常に微妙な立ち位置にいる彼にとって、ウィザーレム家に関する悪口は、一気に治安維持部隊長の立場を悪くする可能性がある。

 だが、それでも彼はユラに寄り添った発言をする。ユラにとっては、それだけで十分すぎた。


「あ、でも何度も言うが、ウィザーレム家全体が悪の組織とは思うなよ」


「分かってるよ。僕が見ているのはモニカだけだ。ウィザーレム家なんかじゃない。モニカだけが、僕のターゲットだ」


「そいつを聞けて、安心したよ。そんじゃ俺は事後処理に戻るわ。気をつけて帰れよ」


「うん、ありがとう。フェノルさん」


「……でも、そんな心配いらないか。何せお前、その辺のやつなんて拳一つでノシちまえるくらいには、鍛えてるもんな」


「乙女に向かってその言い草はないよ。ほら、さっさと行った行った」


 フェノルが去るのを見届けたあと、ユラは帰路につく。

 彼女が住んでいる家は王立ディクティブ魔法学園の近くにあるボロボロの空き家だ。

 以前ここの住んでいた人間が自殺してからは、誰も手入れをせず、放置されていた物件である。住むところがなかったユラは、フェノルに口利きをしてもらい、この空き家の管理者・・・に任命された。


「さぁてと。今日は早く寝るか」



「お帰りなさいユラ」



 純白の衣装を身にまとい、のっぺらぼうの覆面をした人間が立っていた。

 その覆面の下を、ユラは知っている。


「昼過ぎにその格好は目立つぞ。治安維持部隊に通報されたいなら、望み通りにしてやるぞ――モニカ」


 その名を口にすると、モニカはのっぺらぼうの覆面を外した。覆面内に収められていた薄い藤色の長い髪が露わになった瞬間、香水のいい匂いがユラの鼻孔をくすぐった。


「それは困りますね。まだまだ私、殺し足りないんですもの」


 優雅に微笑むモニカを見て、ユラは一瞬ここがお茶会の席かと疑った。それだけ、彼女の口から出る言葉には上品さがあるのだ。

 もし仮に、彼女が実際にお茶会の席で殺人について話したとしても、他の者は大して気にすることはない。清水のように、聞く者の耳を通り過ぎていくだろう。


「また殺してきたな」


「あら、分かるのですか?」


「服の裾、僅かに赤黒く滲んでいる。血に触れてないと、そんな色にはならないぞ」


「正解。貴方がエドモンド男爵に夢中になってくれたお陰で、楽でしたよ」


「ちっ。ロス執事は見事に使われたってことか」


「こののっぺらぼうの覆面は実に便利です。見ず知らずだろうが、何故か心を開いて話をしてくれる」


「誰か分からないからこそ生まれる安心感ってところか。だからこそ厄介だ。お前は、その僅かに生まれた隙間を潜ってくる・・・・・


 指摘されたモニカはいつの間にか取り出していた短剣をくるくる回して遊んでいた。


「言い方が不穏ですね。ただ私は相手の話を聞いて、誠実にアドバイスをしただけなのに」


 ユラが徐々に詰め寄る。彼女は懐に手を伸ばす。

 モニカはそれをじっと見つめるだけだ。


「殺人教唆が誠実なアドバイスだと、本気で思ってるなら、やっぱりお前は度し難い殺人鬼だよ」


「それならどうするのですか?」


「決まってる」



 次の瞬間、ユラとモニカは互いに刃物を突きつけていた。



「何回も言っているが、僕は必ずお前を断頭台に送ってやる。どんな手を使っても必ずな」


「期待していますよ。その時まで私は思う存分、人を殺してみせます。ぜひ最高の気持ちで断頭台までの道を歩かせてください」


 奇妙な運命のもとにいる二人。

 彼女たちの戦いは、いったいいつ終わるのだろうか。

 それは、神のみぞ知る。

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