第3話 僕式・鎮圧魔法

 ユラが指し示す先には、執事ロス・ターフォスが立っていた。


「わ、わたくしでございますか?」


「そう、お前。困ったように笑ったフリをするお前が犯人だ」


「な、なぜわたくしが!? 一体、どんな根拠で!?」


「まず僕が気になったのはエドモンド男爵の倒れた位置だ」


 そう言って、ユラはエドモンドを指差す。

 彼はテーブルの近くで倒れており、近くには酒が入っていたであろうグラスとボトルが落ちていた。


「口から微かなアルコール臭がした。つまり、エドモンド男爵は殺される寸前まで、酒を飲んでいたんだ」


 ユラは無感情に執事ロスを見る。


「凶器を持った殺人鬼相手を前に、呑気に酒を飲む奴はいない。エドモンド男爵はリラックスした状態だったんだよ」


「ロス執事が殺したのと、どういう繋がりになるんだ?」


 フェノルが合いの手を入れた。

 彼としては、ここまで一切疑問はなかった。しかし、周りが疑問を抱くだろう。いわば、フェノルはみんなの代弁者だった。


「それは、他の二人じゃリラックス出来ないからだよ」


 ユラはまず、メイド長キャサリンへ顔を向けた。


「まずこの人は怒られたんだ。呼びつけてまで怒るってよほどのことだよ。酒なんて飲んでる場合じゃない。仮に飲んでたとしても、もっと酷い事になってたんじゃない?」


 次にユラは、配膳人ゴルモの方を向く。


「同じ理由で、この人も除外。何なら、この人は一番可能性が薄いよ。一応聞くけど、運んだ料理に酒はあった?」


「あ、あぁ。お気に入りの銘柄だ」


「最後に残るのはお前だ。ロス執事」


「憶測も良いところでございますね。貴方の発言は状況証拠ばかりです。それに、わたくしには旦那様を殺す動機がない」


「確かに憶測だ。状況を見て、僕はそう推理した。だけど、こいつは雄弁に語っている」


 そう言いながら、ユラはみんなのまえにエドモンドの傷口に付着していた糸くずを突き出した。


「ユラ、その糸がどうした?」


「――!」


「表情が強張ったね、ロス執事。お前の想像している通りの物だよ」


 トドメを刺すように、ユラはきっぱりと言った。


「これはロス執事。お前のジャケットの袖から出た物だよ」


 そう言いながら、ユラは手袋を着用し直し、部屋の隅にあった袖ボタンを拾い上げた。


「ロス執事。お前が着用しているジャケットの裾の一つ。妙に新しい袖ボタンだな。そして糸も他の袖と比べて新しい」


 そこで初めて、ロス執事のこめかみに汗が一滴流れた。


「見せてくれるね?」


 言いながら、ユラはロス執事の左手首を掴み上げた。皆の視線が、一気にロス執事へ注がれる。

 彼の袖ボタンは確かに真新しく、それでいて糸も新しさが感じられた。


「エドモンド男爵の殺害方法が至極単純、二人きりになり、酒を飲んでリラックスしたところを不意打ちで殺したんだ」


「殺害方法をまだ、聞いちゃいないな」


 フェノルの疑問に答えるように、ユラは先程拾った袖ボタンを見せつけた。


「ロス執事は風の魔法で袖ボタンを高速で射出し、心臓を狙ったんだ。糸くずはその時に巻き込まれた物だよ」


「……」


「フェノルさん、あとはお願いできるかな?」


「あぁ、任された」


 沈黙を貫くロス執事。

 ユラはただただ彼が、これから何を思い、行動するのかに注目していた。


「ろ、ロスさん! どうしてこんなことを!? 確かに旦那様は怒りっぽかったですが、何も殺さなくても……!」


 そう言いながら、メイド長キャサリンは泣き崩れた。

 だが、執事ロスは一切、彼女を見ることはなかった。


「――髭」


「髭?」


 ユラは彼の周囲に漂う空気が変わった・・・・と感じた。

 何も驚くことはなかった。これはそう、ある意味いつもの流れ・・・・・・


「髭がよぉ……プラプラプラプラプラプラ。が喋ってるときもプラプラさせやがってよぉ……」


 次の瞬間、ロス執事は豹変した。



「あいつが髭で俺を挑発したんだよ! なら喧嘩を買って、殺してやらなくちゃぁならねぇだろうがよぉおおおおおお!!!」



 いつの間にか、ロス執事の両手にナイフが握られていた。


「テメェラも皆殺しだ! 心臓にちょいとぶっ刺させてもらうぜ!」


 治安維持部隊員が取り押さえる前に、ロス執事はユラへ襲いかかった。


「まずはテメェだクソ女! 捕まえる前にテメェをバラバラにしてやるよ!!」


「やっぱりそう来たか」


 この展開はユラにとっては予想通り。

 探偵をやっている以上、この程度の荒事に対する備えは当然ある。

 ユラは内に秘める魔力を消費し、魔法を行使した。


「はぁ?」


 次の瞬間、ユラの指が伸び、ロス執事へ襲いかかる。その指先一つひとつが超高速回転している。


「僕にもお前ら犯人と戦う術はあるってことだよ」


 ユラの魔法行使は既に完了している。あとは、その結果を刮目するのみ。


「僕式・鎮圧魔法――」



 ――《風通しの良い穿孔工具アフェクション・ドリル》。



「ぎゃああああああ!!」


 総数十本の小型ドリルがロス執事のありとあらゆる箇所を貫いた!

 並の人間では即死確実。だが、それでもロス執事が絶命することはなかった。


「ァ……ア」


 ロス執事は全くの無傷・・で倒れ伏した。勝者であるユラは、ただ静かに見下ろすのみ。


「安心しな。僕の鎮圧魔法のバリエーションはいくつかあるが、特別に殺傷力のない魔法を使ってやった。ただし――」


 彼女はつまらなさそうに鼻を鳴らす。


「死ぬほど精神にダメージを与えるけどな」


 フェノルがすぐにロス執事を確保する。

 エドモンド・タイラー男爵殺害事件は、電光石火の速さで終わりを迎えた。

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