第2話 エドモンド男爵殺害事件

 ユラはエドモンド・タイラー男爵の屋敷に来ていた。

 ディクティブ王国軍の治安維持部隊から協力要請を受けたためだ。


「やっぱり貴族の家は慣れないな」


 ユラは学生服の上に黒いトレンチコートを身に着けていた。これは彼女が探偵活動をするときのスタイルである。

 彼女はまず、屋敷の正門で立っている治安維持部隊の男へ声をかけた。


「なんだ君は? ここは今、入れないよ」


 男はイライラを隠そうともせず、強気な口調でそう言った。

 これに対し、動じるユラではない。この手の扱いはいつものことだった。丁寧に事情を説明しようとしたら、別の隊員が待ったをかける。


「おい、ちょっと待て。この子はユラ・シグネントだぞ」


「この子があの天才探偵!?」


「天才については否定しますが、僕は探偵です」


 結果として、ユラはあっさりとタイラー邸へお邪魔することが出来た。

 治安維持部隊の数が多い。それだけこの事件に対するやる気が見て取れる。

 適当に治安維持部隊員へ事情を説明し、ユラは難なく事件現場へたどり着く。


「来たかユラ」


 黒髪の男はユラに気づくと、軽く手をあげた。ユラもそれに応える。


「フェノルさん、こんにちは」


「おう、こんにちは。来てくれてありがとうな」


 彼の名はフェノル・ローネン。治安維持部隊の隊長にして、早くから両親を亡くしたユラの面倒を色々と見てくれる人物だ。

 時には親のように、時には兄のように接してくれる間柄である。


「今回の事件について、ユラの意見を聞かせてもらいたくてな」


「分かった。状況を教えてくれる?」


「よし来た。じゃあまずは遺体を見てくれ」


 彼が視線を向ける先には、布で覆われた何か・・

 フェノルは部下に指示を出し、布をめくりあげる。

 そこには、既に絶命したエドモンドが倒れていた。


「心臓を一突きされて殺されている。凶器は不明だ」


 ユラはエドモンドに近づき、刺された場所を観察する。傷口は縦に長く、深い。刃物を使ったような傷だ。


(ん?)


 傷口をよく見てみると、何か糸のようなものが付着していた。

 気にはなるが、一度ユラは思考を固める。


「シンプルに武器を使ったか、攻撃魔法で殺されたかだね」


「そうだな。今、魔力紋が残っていないか調べさせているところだ」


「そうなんだ。僕もやって良い?」


「構わない。やってくれ」


 許可を得たユラは手を前に突き出す。生命力と精神力で生み出される魔力を鍵に、彼女は説明できない力を行使した。


「《魔力探査サーチ・マジック》」


 瞬間、部屋全体に光線が走る。これは特定の場所に存在する魔力の種別を分析する魔法である。

 魔力の質は人によって異なり、同じ質の魔力は存在しない。人はこれを指紋になぞらえて、魔力紋と呼ぶ。

 

「魔力紋は三つか」


「もう分かったのか。相変わらず早いな」


「うん。得意魔法だしね」


 《魔力探査サーチ・マジック》を専門とする治安維持部隊員は驚いた。自分よりも速く、そして精度の高い魔法を使うユラに。


「それにしても三つか」


「どうしたの?」


「いや、容疑がかかっているのが、ちょうど三人でな。今、連れてくるよ」


「お願い」


 その間、ユラは現場を調べることにした。

 先程はエドモンドを見たから、今度は部屋の全体を注目することにした。


「……よくある貴族様の部屋ってところか」


 豪奢な飾り付けの部屋、窓や扉には侵入者に反応して発動する魔法道具が用いられていた。


(暗殺の可能性は低そうだ。一苦労するだろうな)


 ふいにユラはエドモンドが倒れている場所に注目した。

 エドモンドはテーブルの近くで倒れている。近くには酒が入っていたであろうグラスとボトルが落ちていた。


「ユラ、連れてきたぞ」


 執事ロス・ターフォス。

 メイド長キャサリン・ベイカー。

 配膳人ゴルモ・ヴェス。


 この三人が、今回の容疑者である。


「話を聞いても良い?」


「あぁ、構わない」


 ユラは早速、己が感じた魔力紋と容疑者たちの魔力紋を照合する。全員、間違いなかった。

 あとはこの中の誰かがエドモンドを殺したということになる。


「みんな、エドモンド男爵と会っていると思うけど、どんな用事だったの?」


「それではわたくし、ロスからお話いたします。わたくしは旦那様と明日の行事について、打ち合わせをしておりました」


「行事?」


「えぇ、明日は旦那様主催のパーティーがあったので、その詳細の確認でございます」


「ふぅん……そこのメイド長さんは?」


「わ、私はその……叱られていました。私の部下が部屋の清掃を行ったのですが、掃除が甘かったようで、その件で……」


「なるほど。部下の失態は上司の失態、ってことか。配膳人さんは?」


「俺は決められた時間に料理を運んだだけだ。何だ? 毒でも盛ったと言いたいのか?」


「良いや、それはないよ。何せ、これは毒殺じゃなくて攻撃魔法を利用した殺人だからね」


 そう言いながら、ユラは再びエドモンドに近づき、傷口へ手を伸ばした。

 フェノルの眉がぴくりと動いた。


「ユラ、何をやっているんだ?」


「うん? 証拠の確保。あと三人とも、もう指一つ動かさないでね。証拠隠滅と受け取るから」


 その言葉に固まる三人。

 フェノルはユラが犯人を見つけたことを察し、部下たちへ三人から目を離さないよう指示を出す。


「僕に出会ったのが運のツキだったね。――お前が犯人だ」



 そう言って、ユラは犯人を指差した。

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