魔法探偵ユラは親友を断頭台に送りたい
右助
第1話 探偵と殺人鬼
時間は正午。王立ディクティブ魔法学園の食堂は賑わっていた。
女生徒ユラ・シグネントはいつも通り、たっぷりの野菜をトレイに乗せ、机に座る。
「頂きます」
ひたすら口に詰め込む。生野菜のみずみずしさと甘さが口いっぱいに広がる。一生この感覚に溺れていたい。そう、ユラは思った。
「ごきげんよう。こちら空いていますか?」
ユラは顔を上げる。その際、短い赤髪が僅かに揺れた。
声の主を確認するなり、ユラは不快感を表情に出した。彼女の赤い瞳に、嫌悪の色が浮かび上がる。
「空いていない。他を当たれ」
「空いていますね。それでは失礼いたします」
「僕の声が聞こえなかったのか? 他を当たれ、と言ったぞモニカ」
「私の耳は、確かにユラの快諾を聞きましたよ」
女生徒モニカ・デル・ウィザーレムはそう言って、優雅に笑った。その笑顔の魅力に、どれだけの生徒がやられたことだろう。
薄い藤色の長い髪、大きな紫色の瞳。
その整った容姿は、男女問わず全ての人間を夢中にさせることだろう。
モニカはそのままユラの真向かいに着席する。
彼女のトレイには、たっぷりの肉料理が乗せられていた。
「ユラは相変わらず野菜ばかりなのですね。たまにはお肉を食べないと……。体を壊しますよ?」
そう言いながら、モニカは骨付き肉にかぶりつく。淑女にとって、それは下品な所作のはずだ。
しかし、何故かモニカが行えば、酷く美しい食事に見えてしまう。
「お前こそ野菜を食え、野菜を。栄養バランスが終わってるんだよ」
「うぅ……ユラは意地悪ですね」
「言ってろ。あとさ、お前――」
二人のやり取りを見れば、誰もが友人……もしくはそれに近しい関係に見えるだろう。
しかし、違う。違うのだ。
彼女たちは決して、
「また
「あらあら。もう死体が見つかったのですね。今回は治安維持部隊の動きが早くて嬉しいです」
何故ならユラは探偵であり、モニカは殺人鬼だからだ。
「それで、また協力を求められたのでしょう? 証拠は見つけられましたか?」
「物理的にも、魔力的にも無し。でも、お前がやった」
「ええ、間違いなく私です。ですが、誰もそれを信じない」
ユラはちらりと周りを見た。
道行く生徒たちは皆、モニカへ憧れと尊敬の眼差しを送っている。
これは精神操作魔法を使っている訳では無い。単純に、彼女の品行方正さと人望が理由だ。
モニカはこのディクティブ王国内でトップクラスの力を持つウィザーレム公爵家の一人娘だ。
彼女は人格、知力、武力、魔力といったおよそ貴族に求められる全てを持っている。
「そうだな。僕がどれだけ声を上げても、誰も信じない。それどころか皆、僕のことを変人呼ばわりする始末だ」
ユラが睨む。対するモニカはニコニコと笑顔を浮かべ続ける。
「皆さんは見る目が足りていませんよね。ユラはとても聡明な方なのに」
「殺人鬼のお前に言われても、何も嬉しくないぞ」
「殺人鬼、なんて心外ですよ。これは趣味なのに。……話を戻しましょうか。私は貴方のことを本当に褒めているのですよ?」
そう言いながら、モニカは指折り数えだす。
「『ヴィンダル城大量殺人事件』、『ドムニカ村井戸の毒混入事件』、あぁ『ギルコ盗賊団追撃作戦』にも一枚噛んでいましたよね? 私が思いついた限り、大事件の解決には必ず貴方がいる。それがどれだけ素晴らしいことか、分かっているのですか?」
モニカが羅列したのは、ユラが関わった事件である。
ユラの観察力、魔力感知能力、そして勘の良さが導いた結果だ。
だか、今のユラにとって、そのような事件など、何も自慢にならない。
目の前にいる人間の罪を証明出来ていないのだから。
「分からないな。ともかく、僕が今やらなければならないことは、たったの一つだよ」
「それは何ですか? 興味があるのでお聞かせ願えないでしょうか」
すると、ユラは親指で首を切るジェスチャーをした。
「お前を断頭台に送る。それが僕の役目だ」
「待っています。血溜まりの向こうにいる私を、ぜひ見つけてくださいね」
二人は同時に食事を終え、立ち上がる。
「そのうちまた、人を殺そうと思います。時間も場所も教えませんが、見つけてください」
ユラは食事に使っていたフォークを強く握り締める。
「僕が今、この場でお前を殺して止めるという選択肢もあるぞ」
「その通りです。ですが、それは
「……ちっ」
殺してでも止める。
そんなこと、とっくの昔にユラは考えているし、実行もした。しかし、モニカは単純に強い。彼女を殺すとなれば、相応の用意が必要となる。
「それではごきげんよう。またお話しましょうね」
「御免だね。僕はお前が大嫌いだ」
「そうなんですか……。私はユラが大好きなんですけどね」
「吐き気がする。二度とそんな言葉を口にするな」
「はぁい。本当に怒られそうなので、行きますね」
モニカの背中を見ながら、ユラは呟いた。
「お前は必ず僕が捕まえる。絶対にな」
三日後、エドモンド・タイラー男爵が殺されたとの報せが王国内を駆け巡った。
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