20二話『博愛の精神と慈悲心に充ちたる斷頭臺』
交尾する蛇の激情に似て、反れた小指ふたつ絡み合い、互いを慈しみ、愛を語り合って未来を契る……
望外の指切り
與重郎は悪戯っぽい表情で、それはそれで妖美であったが、
「誰しも子供の
美少年が何を言いたいのか、どうにも理解しかねた。二人の間に置かれる奇妙な工具との関わりが見出せない。
拳万とは、拳で万度殴ることを意味し、契りを破った場合には針を千本も呑ます。制裁や懲罰の域を越え、残忍冷酷にして、相手を死に至らしめるものだ。
「元は遊女の
「ほう、何とも酷たらしい」
忠嗣は大袈裟に感心したが、半ば演技だった。昔読んだ捕物帖に吉原か岡場所の逸話として描かれていた。気味が悪いと感じつつも、女とは言え、宿命を背負った者の激情に、憧れに近い感覚を抱いた記憶がある。
そんな読書の感想を言葉にすることは粋ではない。ここは知識をひけらかす少年の心意気に寄り添う場面だ。
「売れっ子の
同時に、
「この界隈、富士見花柳街に限ったことではありませんが、禁忌扱いの
指切り拳万から博徒の禁忌事項へと話しが飛躍した。忠嗣は訝しむも礼儀を弁え、相手に分かり易い仕草に努め、ふむふむと頷く。この際の感心感服は小芝居に
「惚れた男への贈り物、遊女の誓文が
急に本題へと舞い戻った。板の丸い穴は矢張り、指を挿入する部分で、上の刃は切り落とす為にある。忠嗣は諒解するや、断りもなく中指を突っ込んだ。穴ぼこと見れば問答無用で
「ああ、駄目です。危ないです。これ、留め金の調子が悪く、しかも刃は丁寧に研がれたようで、誤って落ちたら指が飛んでしまいます」
見た通りの物騒な古道具だった。木枠は汚れ、全体的に古惚けているが、刃は新品のように鋭く光り、葉切包丁と同様に厚みも重みもありそうだ。全体に点々とある汚れは、吹き飛んだ血の痕かも知れない。
「実物だったのか。留め具がいかれているとは知らぬもので……いや、危うい、危うい」
「実際に指詰めの儀式に用いられていた物です。小倉だか筑豊だか、炭鉱を仕切る任侠さんが開発した道具とされます。巡り巡って当家にやって来たのですが、実物と申して良いのやら、
そんな忌まわしい代物を模倣して指詰め専用の道具にするとは、酔狂極まりなく、何処まで本気で何処からが洒落なのか、判別付かない。
「斷頭臺ならぬ
「実物であれば相当に重いこの刃が振り下ろされて、すぱんと首根っこを
真摯な表情で、美しい
白布の面を被った咎人、いま正に一刀を振り下ろさんとする打首役。それは決して残虐な図ではなかったが、刑吏の面相は怒りに満ちて歪み、慈悲の欠片も見当たらぬものだった。
「刀による昔の
愛の機械とは、これまた妙な物言いだ。渠の口から愛という言葉が飛び出して、忠嗣は色めき立ったが、本能の赴くままに亢奮している場合ではない。美少年は終始真面目に物語る。
「この新しい機械を国民議会に提案したのが、ギヨタンという博士です。旧時代の死刑執行を拷問だと批判し、罪人の苦痛を少しても和らげるべきだと訴えました。革命勢力の掲げた慈善と博愛の精神に因んだものと申せましょう」
執行の時間が極めて短いことには同意する。
本邦、
博愛は皮肉か、反語か。忠嗣は先ごろ禁書庫で感銘を受けた支那の
一瞬と三日三晩を比べれば、大悪党も小悪人も前者を選ぶ。だが、そうなると、肉を削がれ血に塗れた青年の恍惚とした面持ちが、一層、解らなくなる。
「ギロチンは英語読みらしく、元々はギヨティイヌという名前です。聞き慣れませんが、淑女の名とも想像します。あれ、ギヨタン博士との繋がりは何だっけかな。訛ったのか、さて……」
「それはギヨタンの女性形だよ。ジョゼフとジョゼフィイヌみたいなものさ。我が国で言えば、富夫と富子だね」
突如響いた低い声。忠嗣が薄暗闇の奥に眼を凝らすまでもなかった。声の主は、ゆっくりとした歩調で照明の光溢れる中に姿を現す。この仄暗い書肆に別の人物、第三の男が潜んでいたのだ。
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