14四話『書架にエロスとグロテスクの華が咲く』
当節の若者が好む洋装ではなく、大正時代を偲ばせる書生服だ。
辺鄙な地方の苦学生が纏えば一層貧しく見えるに違いないが、
「猟奇趣味とも呼ばれるらしく、まあ、僕も決して嫌いなほうではないのですが、ええと、この辺りの書籍や雑誌になります」
そう言って與重郎は屈み込み、暗い本棚の隅から三冊の書物を引っ張り出し、手近な台に乗せた。
前屈姿勢になった際、ひょこりと突き出した
店番の美少年が抜き取った書物こそ、禁書庫の
「
表紙に『
「これは発禁本の類いなのでしょうか」
「いえ、違います。一般に流通して各地の書肆で売られていた雑誌ですね。申し上げた通り、珍しくもなく、高値で取引されることはありません」
忠嗣は一冊を手に取り、頁を捲った。幽鬼か妖怪か、異形の者が裸婦に絡み付く絵は色褪せて古典のようにも見える。
大いに流行し、巷に氾濫した当時、エログロは悪趣味の代名詞として用いられ、
しかし、それらは淫猥な挿絵こそあれ、狂気を孕み、
「この雑誌は、表に
「事情を知る方に伺った話ではありますが、当時は発禁処分になったことが自慢で、それを
検閲と聞けば、労働文學の版元や著者が一方的に特高に狩られる印象だが、実情はやや異なる模様だ。追われる者も
猟奇雑誌の
「ええと、何処に隠したかな……いえ、失言です。何処に保存したんだっけ」
與重郎は這い
「発禁処分を受けて世に流れなかった水子の號が、こちらです」
忠嗣は慎重に携え、
「これは如何なる理由で発禁となったので有りましょうか。先の古本と大差なきものと見受けますが」
「風俗禁止との判定で刊行に至らなかったものと思われます。しかし特段、猥褻な内容ではなく、多分、専門家によれば表紙に、あ、ここです、女性の乳頭と、加えて隠毛が少々食み出していることが検閲の対象になった模様です」
密接し、表紙の一部分を示す與重郎の指がまた繊細にして艶っぽい。裸婦の乳首なぞ点描の染みに
「店の本棚から除外しているのも相応の理由ですか。それとも学童の眼に触れぬようにとの配慮とか」
「いえ、どちらも違います。この色里で未成年に気を配る必要はなく、特高の方が立ち入って重箱の隅を探るようなことも御座いません」
その言葉で、ふと忠嗣は自分が今、富士見花柳街の
<注釈>
*『獵奇畫報』『グロテスク』『エロ』=いずれも昭和四から六年にかけて発行された実在の雑誌。再三発禁処分を受けるも、編集者の
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