13三話『革命的美少年の名は杜若與重郎』
通りを渡る自動車の前照燈が映えたのか、奥の
俄かに膨らんだ下半身、
「何かお探しでしょうか」
声も澄み、冷ややかにして美麗だが、容姿と比べれば修辞に欠く。新聞の寫眞で瞥見した歌舞伎座の女形を聯想させる端正で、艶っぽい目鼻立ちに、優雅な弧を描く蛾眉。頬や顎の辺りはつるりとして、学童に似たあどけなさも残る。
そして髪の毛も長く、耳朶に掛かる程だ。畦道を闊歩する洟垂れ小僧共とは違い、洒落た都会風のモダンなボオイ。角刈に
「いや、何を探しにという訳でもなしに、ここに古書店があると聞き、ふらりと確かめに来たような
どう言葉を紡げば良いのか。精神は混乱を越えて錯乱し、血の巡りは偏ったまま、忠嗣の頭は真っ白に色が
「はい、書籍のほうですか。済みません、これでは暗すぎますね。今、明るくします」
店番の美少年は、そう言って背後にある装置を
「あ、間違えました。これじゃないですね。本棚の辺なら一番右か」
「本ではなく、貴殿に会いに来たのです」
想いも寄らぬことを口走り、忠嗣はそんな自らに驚愕して眼を泳がせた。嘘八百、窮余の出鱈目であるが、大幅に事実と異なるとも言えない。ここを訪ねた問理由が、頭の
侵入した夜盗が奪い去った書物、謎めいた
「杜若文庫。いえ、図書の寄贈主だったかな。風変わりな苗字だけれども、杜若さんという奇特な方がいらっしゃるようでして、その、取っ掛かり、いえ、少々、お話を伺えれば幸いと存じ……」
「杜若ならば、僕のことです。変わった名とあって覚えていてくれる人も多いのですが。あのう、それでは買い物にいらしたのではなく、もしや税務署の方でしょうか」
要らぬ心配をさせてしまった。パナマ帽に鞄も下げぬ姿だが、地味な色の背広の着こなしが、木端役人を聯想させたのかもしれない。
忠嗣は大袈裟に面の前で手を振り、直ちに否定すると、美少年は安堵したのか、瞳に宿した警戒感を拭い取った。その切れ長の双眸もまた上品で麗しい。
「父に会いたいと、そういう御用向きでしょうか。申し遅れましたが、僕は息子で、與重郎と申します」
世にも美しき少年の名は、
「特段、父上殿に用件はあるとも言う風ではなく、勿論、面織がある訳でも……ああ、そうだ。小職の名刺を渡しておかねば。特高のおっさんのものではなく、こっち。本物の、新しいほう」
「おや、図書館にお勤めの方なのですね。僕は九段の図書館にしか寄らないもので詳しく存じ上げませんが、上野にもあるのですね」
そう呟くと美少年は紙片を暫し眺め、
忠嗣というファアストネエムは、そこそこ難しく、請負業者の面々などは必ず質問を投げて来るが、
「それで、上野にある図書館。まあ、大した施設でもなくって恩賜公園の附属物というか、動物園に毛が生えた程度、いや、珍獣の毛が抜け落ちたような殺風景な場所です。そこに
大見得を切るかの如く、芝居掛かった口調で述べたが、正面に座る美少年、與重郎の反応は鈍かった。良く言えば泰然自若、意地悪な表現を用いれば、全くの無関心で、渠の
「寄贈本と申されましても、それは随分と昔のことでしょうか」
「比較的近年と話していたかな。大正や明治の時代ではなく、多分、十年くらい前になるはず。で、息子さんと伺いましたが、父上殿は今、留守にしておられるのかな」
「父はこのところ、病いに伏しておりまして面会は難しく、寄贈した本について照会することも
この際、父親は関係ない。忠嗣は口を滑らすことで若干、落ち着きを取り戻し、無断早退して書肆を訪ねた動機を思い出した。猟奇に残虐、触った手も穢れる淫本。内務省の女性官吏が漏らした罵りの言葉、低い評価に強い関心を抱いたのである。
一年余り、その芳しき文庫の棲家に陣取りながら、背表紙すら拝みもしなかった。酷く後悔し、実物を鑑賞する機会を探っていたのだ。古書店なれば類似の書籍が並ぶに相違ない、と心当たり、九段富士見町まで足を伸ばした次第である。
「惨たらしい寫眞や
「残忍な風味の絵草紙ということでしょうか。確かに、当主らしい趣向と申せましょう。相応の古書は僅少ながら、後ろの棚に御座います」
そう言って與重郎は席を立った。貌が急接近し、幻聴か気の迷いか、息遣いも聴こえる。隣に並ぶと、渠は幼さの遺る容貌とは裏腹に、すらりと背も高く、やや撫で肩で、甚だしい色香を散らす。
忠嗣は急激に酔いが回ったような感覚に陥り、
<注釈>
*哪吒(なた)=インド叙事詩のナラクーバラに源する少年神の意。
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