のれないブランコ  (キミちゃんサークル)

帆尊歩

第1話  キミちゃんサークル

さぎの宮二丁目公園は、とっても小さい公園です。

ブランコがあって滑り台、砂場、それだけしかありません。

午前中は、近所にあるいくつかの保育園のお友達が順番に遊びに来ます。

でも二つあるブランコの右は、いつも空いています。

誰も乗りません。

先生たちは乗って良いよと言います。

でも誰もそのブランコには乗りません。

なぜならそのブランコには、いつも女の子が乗っているからです。

いくら自分勝手なお友達も、女の子が乗っているのに乗れません。

でも、その子は先生には見えないのです。

「なんでブランコ乗らないの?」と、先生はとも君に尋ねました。

「だって女の子が乗っているよ」と、とも君が言いました。

先生はもう一度ブランコを見ますが、誰もいません。

「誰もいないよ」

「えー、いるよ。ねえ」と、とも君は、隣にいた公ちゃんに言います。

すると公ちゃんは、

「うん、いつもいるからブランコに乗れないんだよね」と言いました。先生は、二人が口裏を合わせて、先生をからかっているのかと思いました。でも、そんな悪い子ではないことも知っています。

先生はブランコから一番離れていて、今の会話を聞いていないだろう砂場にいる、ミッちゃんの所に行きました。

さらにミッちゃんは、とも君と公ちゃんとは違うグループです。

「ねえ。ミッちゃん」

「なあに先生」

「ミッちゃんはブランコ乗ったことある?」

「ないよ」

「なんで」

「だっていつも女の子がいて、乗れなの」

「その子は今もいる?」

「いるよ、ズーっといるよ。先生は見えないの?」先生はあわてて別の先生のところに行きました。

そして事情を説明すると、初めはそんなバカなという顔をしていた先生たちも、仕方なく手分けして全部のお友達に、ブランコの事を聞きました。

全部のお友達がその女の子が見えていました。

特徴も一緒です。

先生たちは、みんなで顔を見合わせました。

そしてもう一度、ブランコを見ました。

でもそこには誰もいません。

それから先生たちは、誰もブランコの乗って良いよとは言わなくなりました。

そして誰も、ブランコに近づく人はいなくなりました。



「あなたはだあれ」と五歳の陽菜ちゃんはブランコに近づいて、ブランコに乗っている女の子に声を掛けました。

陽菜ちゃんはもう五歳で、来年は小学校です。

ここのお友達の中でも一番のお姉さんです。

「久しぶりよ、あたしに声を掛けてきたのはあなたが本当に久しぶり」

「あなたじゃないよ。あたしは、陽菜っていうの」

「へー、ひなちゃんか。変な名前」

「変じゃないもん」

「そうか、ごめんね。でも、前にあたしに話掛けてきた子は、俊子とか、美枝子とかそういう名前の子ばかりだったよ」女の子はブランコを蹴って、ブランコを動かした。

「そうなんだ。私のおばあちゃん、俊子だよ」

「俊子、いっぱいいたからね」

「名前は?」と陽菜ちゃんはブランコに乗っている女の子に尋ねました。

「あたしの?」

「そう」

「さあ、何でしょう」

「ずるい。あたしの名前だけ聞いて」

「聞いてないよ、陽菜が勝手にに言ったんでしょ」

「それだって名前を言ったら。名前を教えてくれるでしょう」

「あたしには、名前なんてないもん」

「嘘」

「嘘じゃないもん」

「名前がないなんて、ぜったいにない」

「そんなこともないんだな、あたしには名前がないんだ」

「じゃあ、呼ばれるときは?」

「誰かに呼ばれたこともないし」

「家ではなんて呼ばれているの」

「あたしには、家もないから」

「嘘」

「本当よ」

「じゃあどこに住んでいるの?」

「よく分らない。でもあたしには家がないから、このブランコかな」

「かわいそう」家がないということが理解出来ないヒナちゃんでしたが、ブランコに乗っている子が、可哀想な子だということはわかりました。

「そんな事ないよ」女の子は否定します。

「でもどうしていつもそこに座っているの?家がなくても、他のところに行けるでしょう。そこにいると誰もそのブランコには乗れないのよ」

「そうね」

「分っているなら」

「だって、ここからあたしは離れられないの」

「なんで」

「さあ」

「でもあなたがここにいると、誰もこのブランコに乗れないんだよ」

「分っているよ、でもあたしはここからどけないの」

「なんで」

「陽菜は、あたしに聞いてばかりだね」

「分らない事はちゃんと聞きなさいって、パパに言われたもん」

「パパ?」

「お父さんのこと」

「ああ、おっとうのことか」

「何だ、パパいるんじゃない」

「何も覚えていない。あっ、でも思い出した。キミって呼ばれていた」

「へー、キミちゃんか、でも友達にはなれないな」

「なぜ」

「だってブランコを独り占めする子は、嫌い」

陽菜ちゃんがそう言うと、キミちゃんは急に泣き出しました。

時陽菜ちゃんは、先生から呼ばれました。

「陽菜ちゃん、何しているの、もう帰りますよ」

「はーい」陽菜ちゃんはブランコの所を離れました。

みんなの所に戻る途中、振り帰ると、キミちゃんがまだ泣いていました。

何だか悪い事をしたなと陽菜ちゃんは思いました。


次の日、さぎの宮二丁目公園に行くと、ブランコでキミちゃんがしょんぼりしていました。でも陽菜ちゃんを見つけると、ぱっと顔が明るくなりました。でも陽菜ちゃんはまだ怒っていたので、プイッとそっぽを向いてしまいました。するとキミちゃんは、さらに悲しそうに下を向いてしまいました。


「ねえ、パパ」と陽菜ちゃんは、晩ご飯の時にパパに言いました。

「なんだい」

「お家に帰れない子がいたら、どうしたら良いの」

「何で帰れないの」

「もうパパもママもいないんだって」

「そうか」

「今はどうしているんだい」

「いつも公園にいるの」

「寂しいのかな」

「凄く寂しいんだと思う」

「じゃあ、優しくしてあげないと」

「そうなの」

「そうさ。陽菜は優しくしてあげてないのかい」

「うん、だっていつもブランコにいて、他の子がブランコに乗れないの。だからキミちゃんは悪い子だから、優しく出来ない」

「そのキミちゃんは、みんなに意地悪しているんじゃないかもしれないよ。本当はキミちゃんはとっても良い子で、でも何か理由があって、ブランコを独り占めしているのかもしれないよ」

「じゃあ、陽菜は、どうしたら良いの?」

「じゃあ、陽菜が友達になってあげればいいんだ」

「私が」

「そうだよ。陽菜が遊んであげれば、ブランコにばかりにいなくて良いから、他の子もブランコに乗れるようになるんじゃないかい。そして、ブランコから離れられない理由を聞き出せるだろう」

「そうか」

「他の子にも声を掛けて、みんなで友達になれば良い」

「みんなで友達になればいいんだ」

「そうだよ」



ブランコの前に、陽菜ちゃんは立ちました。

キミちゃんは下を向いたままです。昨日陽菜ちゃんに無視されたのが、こたえるているようでした。

「キミちゃん」その声はとても優しく響きました。

その優しさに、キミちゃんは顔を上げました。

「昨日はごめんね。キミちゃんがそこを動けないことが分っていたのに、あんな態度をとって」

「ううん、本当の事だもん」

「あたしたちキミちゃんがそのブランコから動けるように、お祈りすることにしたの」

「お祈り?」

「そう」

「お祈りって?」

「みんな」と陽菜ちゃんが言うと、それぞればらばらの所にいたお友達がブランコの回りに集まって来ました。

あるお友達は砂場から。

あるお友達は滑り台から。

「キミちゃんて言うの、よろしくね」

「キミちゃんごめんね。いるのは知っていたのに、無視して」

みんな口々にキミちゃんに話掛けました。

「キミちゃんは嬉しそうにみんなを眺めました」

そしてみんなは手をつなぎ、輪になって、ブランコを囲みました。

そして目をつぶり、みんなで祈りました。

キミちゃんがブランコから立てるように。

そしてしばらくたつと、その輪はゆっくりと回転し始めました。

そして「キミちゃんが立てるように」と言いながらみんなで回転し続けました。

びっくりしたのは先生たちです。

いきなり意味不明な言葉を言いながら、みんなが回転していたのです。

それは怪しげな儀式のようでした。

そしてその怪しいげな儀式が気味悪くて、先生の誰もが何も言えなくなりました。


それから陽菜ちゃんたちは、週一回の頻度でブランコの回りを手をつないで回るようになっていました。

気味悪くて大人たちは、何も言いません。

実際には週一回の数十分でしたから、実害はあまりありません。


それを良いことに、陽菜ちゃんたちは小学校に上がっても、中学に上がっても続けました。

高校生になった陽菜ちゃんたちはもう大人なので、キミちゃんの姿はとっくに見えなくなっていました。

いい加減みんな止めたくなっていましたが、でもどうしても止めることが出来ません。

いったいそれが何故なのか、陽菜ちゃんたちにも分りませんでした。

止めたいのに止められない。

大人たちも止めさせたいのに、止めさせられない。


陽菜ちゃんは思いました。これってもしかしてキミちゃんの呪いなのかなと。

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