第4話 私、なんかやっちゃいました?

 つい昨日まで死のうと思っていたとは思えないほどに、私は未来のことを考えていた。たった一つの応援コメントで、これほど勇気づけられるとは、我ながら単純な人間だ。


 悩みの種はいたってシンプルで「なぜ、私の作品が伸びないのか」に尽きる。その理由を解明するには、まず以前の世界とこちらの世界の相違点を分析する必要がある。


 最も大きな違い。それは、この世界の住人は一人残らずカクヨムユーザーであるという点だ。すなわち、カクヨム上での競争は前の世界とは比にならない。


 そして、もう一つの違い。それは義務教育としてカクヨムに関する知識が徹底的に教え込まれているという点だ。母に聞いたところ小中高、そして大学においても基本的にカクヨムに関するカリキュラムとなっている。


 私は、とにかくランキング上位の作品群をいくつか閲覧してみた。すると、それらの作品たちは星の数こそ前の世界の10倍から100倍という数字だったが、話のクオリティ自体はそれほど大きな違いはなかった。


 すなわち、私の執筆力が落ちた訳でもこちらの世界の人たちの執筆力が高いわけでもない。一言で言えば『埋もれている』のだ。


 では、なぜ母のエッセイがあれほど評価されていたのか。もちろん、エッセイは差別化しやすいために埋もれにくいという特性はある。しかし、それ以上に大きいのは実世界における人脈だ。『0PVの壁』のような現象がこちらの世界でも発生しており、そこを突破するには知り合いから最初の星を貰う必要がある。


 私は自宅と高校と近所のコンビニで世界が完結するような人間であるため、当然人脈などないに等しい。結果として、作品の内容の良し悪しに関わらず、誰の目にも止まらないのだ。


 そうなると、解決策は単純で、とにかく目立てばいい。かといって、前の世界で使っていた性的な小説で読者を呼び込む作戦は応用できない。

 なぜなら、その作戦自体が学校で広く教えられた結果、右も左も『性描写あり』の小説なのだ。そんなもの学校で教えるなよ…… とは思ってしまうが。


 と、そこでとある可能性に至る。この世界ではカクヨムで伸びる方法を国民全員が知っている。逆に言えば、誰もがその教えを忠実に守っているのだ。


 異世界ファンタジージャンルの上位を覗いてみる。一見して内容が分かる長文のタイトル。目を惹くキャッチコピー。


 次に新着小説の欄にも目を通す。案の定、新着小説も全てが長文タイトルに印象的なキャッチコピーに溢れている。前の世界のカクヨムで見られた、キャッチコピーやあらすじのない小説は存在していなかった。


 つまり、活路は


 『短文タイトル、キャッチコピーなし』


 ということになる。


 前の世界のカクヨムでは悪手も悪手。ほとんど最悪と言ってしまってよいレベルの愚策だ。しかし、この世界ではそういう作品の異常さが目立つ。平たく言えばバズるはずだ。


 私は、さっそく作業に取り掛かった。異世界ファンタジージャンルで使われがちな要素をあえて避けた硬派な世界観。含みを持たせた意味深なタイトル。すらすらと筆が進むあたり、私はこういう作品の方が適正があるのかもしれない。


 驚異的な集中力とともに、一晩かけて2万文字の短編を完成させた。一度筆を止めてしまうと、作中の時間を再開させるのに気力が必要なので、可能な限り途切れさせたくなかった。


 渾身の一作を投稿しようとして、思いとどまる。


 これは、定期考査の時に提出した方がいいのではないだろうか。成績がビリに近い生徒が突如、奇妙な激尖り小説でバズったら一目置かれるに違いない。


 *


 私は来たる時を待ち続けた。そして、期末試験の日がようやく訪れた。


「大学受験の前哨戦だと思って取り組むように」


 担任の先生の言葉を聞きながら、私は口元を隠して静かに笑っていた。様子は完全に中二病患者のそれだったが、気にすることはない。なんせ、私は転生者なのだから。


 *


 提出日の翌日、教室はざわめいていた。私の提出した回答短編小説は想定通り、とんでもない勢いで伸びていた。異世界ファンタジージャンルに投稿される膨大な量の小説の中で、私の回答短編小説は一際異彩を放っていた。評価数が学年内で圧倒的一位であることは目に見えていた。


「ね、ねえ。こんなの投稿していいの?」


 クラスメイトの女子生徒が困惑気味に話しかけてくる。学校で習った内容を一つも活かしていないのだから、こんな反応になるのも当然だろう。


「さあね。でも伸びてるからいいんじゃないの? 試験ってそういうことでしょ?」


 こんなにも不遜な態度で人と接したのは生まれて初めてだった。しかし、そういうある種の傲慢さをまとってしまえば教室という空間は案外なんでもないように感じた。


「ねえねえ」


「これって、どうやったの?」


 クラスメイトたちがわらわらと私の席へと集まってくる。皆、好奇心と戸惑いが入り混じった表情をしている。きっと、この人たちは私という存在の扱い方が分からなかったのだ。ようやく、話のとっかかりを見つけて我先にと集まってきた。


 教室に馴染めるか、あるいは友人を作れるかは、この瞬間の私の対応にかかっている。しかし、そのことに不思議とプレッシャーは感じていなかった。言えば、クラスメイトと良好な関係を築くことが不可能となるのは明白だった。それでも、私はただその一言を言うために転生してきたのだ。


「私、なんかやっちゃいました?」

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カクヨム転生! ~全てがカクヨムで評価される世界なら無双できるはず~ 秋田健次郎 @akitakenzirou

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