第3話 絶望、そしてあなたへの感謝

 教壇で先生が教える内容はとても学校のそれとは思えなかった。


「投稿時間は19時から22時の間がベストです」


 だとか


「エッセイや近況ノートで自己開示をしてフォロワーを増やしましょう」


 だとか、さながらカクヨムの創作論だ。


 そして、私はそんな授業を受けて確信した。これなら無双できる!


 なんせ、教えられる知識の大半は前の世界ですでに身に着けたカクヨムメソッドなのだ。同級生と比較しても、そのアドバンテージは相当なものだろう。


 なぜか、既に投稿されている作品は評価数がやたらに少ないが、今の私が新たに執筆した作品であれば100万PVは固いだろう。


 *


 この奇妙なカクヨム世界に転生して、早1カ月。当初抱いていた自信は猛烈な勢いで瓦解していった。私の書いた小説は1週間に2~3PVほどで、それすらも先生の確認によるものだった。


 試験期間が始まり落ち着かない雰囲気の教室で私は一人、死んだような目をしていた。


 この世界の定期考査では各ジャンルの短編小説を執筆し、一定期間内についた星とPV数で評価される。ちなみに、クラスメイトや家族からの評価は対象外となる。自主企画内での相互評価がランキングに反映されないのと同じ感じだ。


「毎回言ってるけど、『S高校3年2組・中間試験・異世界ファンタジー』に登録するの忘れるなよ~」


 授業の終わり際、教師は手元の資料を整えながら言う。生徒が提出する答案短編小説は用意された自主企画に登録することで、提出とみなされる。


 私は気落ちする精神を奮い立たせて、答案短編小説を執筆した。SFやミステリーこそ自信はないが、少なくとも異世界ファンタジーの出来に関してはそれなりの自信があった。


 しかし、試験期間明けに返却された結果は無残なものだった。全ての科目で下から数えた方が速いレベルの順位。それは異世界ファンタジーも例外ではない。


「これなら、転生しない方が良かった……」


 自宅への帰路を歩く最中、虚ろな気持ちで独り言ちる。じんわりと世界から色が失われていく。心根から湧き上がってくる怖気を振り払うように足を速める。


 新作のアイデアは一つたりとも浮かんでこない。書いたところで、誰も読まないし、評価もされないのだから。私はカクヨムという唯一の居場所すら失ってしまったのだ。


 無双なしの転生ものはウケないのに。


 もし、私がWEB小説の主人公なら話数を経るごとにPV数は右肩下がりだろうな。そんな妄想を繰り返していた。


 *


「ただいま~」


「おかえり…… って元気ないじゃない。大丈夫?」


 私の今にも死にそうな声と態度を見て、母は不安げに眉をひそめる。


「ああ、大丈夫大丈夫」


 そんな母の様子を後目に猫背のまま、自室へと逃げ込む。私と世界の唯一の繋がりだったノートPCからは、禍々しいオーラが溢れているように錯覚してしまう。


 もう一度死ねば、また転生できるんじゃないだろうか。


 引き出しからカフェインの錠剤を取り出して思った。こんな悲惨な私を見て、女神様も憐れんでくれるに違いない。


 プチプチとカフェインの錠剤をケースから取り出していく。黄土色のテカテカとした粒が机の上に転がる。


「そうだ」


 私はふと、新しい小説の作成をクリックした。タイトルは『遺書』。ジャンルは『エッセイ・ノンフィクション』


 なぜ、こんなものを投稿しようと思ったのか自分でも判然としない。強いて言えば、私をこんな世界に転生させた女神様へのやつあたりだろうか。しかし、それも見当違いな話だ。この世界を求めたのは私自身なのだから。


 作中では、私が唯一、人に自慢できる小説執筆という居場所を失った心情を思いのままに吐露した。架空の人物ではなく、自分自身の気持ちを言葉に書き起こしていくのは初めての経験だった。溢れ出してくる思考に一切のフィルターをかけることなく、そしてろくな推敲もせずにそのまま公開した。


 さて、準備は整った。しかし、いざ山のように盛られたカフェインの錠剤を手にすると、尻込みしてしまう。


 もし、女神様が現れなければどうするのか。そう思うと同時に、それでもいいやと心のどこかで感じていた。


 一度深呼吸をしてから、意を決して口をあんぐりと開けたところで、ノートPCの画面が目に入った。画面右上のベルのアイコンに付いた赤い点が通知を知らせている。


 通知設定の『フォローしているユーザーの近況ノート』の欄にチェックを入れたままだったせいで、通知欄はほとんど機能していない。しかし、通知欄を開くとそこには予想外の文字があった。


『エピソードに応援コメント』1分前


 ついさっき公開した『遺書』についたコメントだ。こちらの世界に転生してから初めて貰ったコメントだった。


“私もうまく小説が書けません。クラスでも成績はずっとビリで毎日死にたいと思っていました。これを読んで、世界に私と同じ気持ちの人がいるんだと思って、安心しました。あなたと同じ気持ちの人間がこの世界にいることを知ってほしくて、コメントしました。できれば、死んでほしくないです。不快になられたなら申し訳ありません。”


 私はそのコメントを5回くらい読み返した。そして、初めて応援コメントを貰った時のことを思いだした。


 *


 あれは、私が高校に馴染めなくて登校頻度が下がりつつあったころだ。元々、ライトノベルを読むのが好きだったのもあって、カクヨムにアカウントを作った。小説家になろうではなく、あえてカクヨムを選択した理由はサイトのデザインが良かったからという適当なものだった。


 初めて投稿した小説は思いのほか多くの人に読んでもらえた。PV数もぐんぐん伸びていって、四六時中あたふたしていたのを鮮明に覚えている。


 最初の応援コメントは処女作の3話目を投稿した時だ。


『主人公のキャラクターがすごく好きです! 続きを楽しみに待っています!』


 そんな短いコメントを私は何度も読み返した。


 応援コメントには返事が出来るんだ。どうしよう。


 私は感謝を伝えるだけの文面を書いては消して、書いては消して。何か失礼なことを言っていないだろうか、と文章に穴が開くほど推敲した。


 そこから、連続で応援コメントやレビューを貰った時は天にも昇る気持ちだった。スマートフォンを祈るように握って、一文字一文字の全てを脳に焼きつけてから登校した。そうすれば、温かい言葉たちが私を守ってくれる気がしたから。


 結局、学校に通い続けることは叶わなかったけれど、フォロワーさんからの言葉が私の命を繋いでいたのは確かだ。


 打ち切りを決断した小説に送られていた応援コメントのことを思いだす。あれは初めて私に応援コメントを送ってくれたフォロワーさんではなかったか。私はいつしか数字だけを追うようになっていた。私を救ってくれたあなたたちへの感謝の気持ちを忘れたことはなかったはずなのに。


 *


 私は今、あの頃とは全く異なる世界で生きている。何もかもがカクヨムで評価されるへんてこな世界だ。しかし、私はあの時と同じように、ドキドキしながら返信を書いた。丁寧に推敲を重ねて。あなたへの心の底からの感謝を込めて。


 自ら命を絶とうとする黒々とした感情はいつの間にかどこかへ消え去っていた。

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