第2話 お母さんが異世界ファンタジー書いてんだけど
目を覚ますと、私は自室の床に横たわっていた。
「え? 夢オチ?」
立ち上がり、部屋を見回す。間違いなく私の部屋だ。ノートPCの画面上には、執筆途中の文章が映し出されている。
「勘弁してよ。ぬか喜びじゃんか」
私は失意の中デスクに向かうと、画面右上の保存ボタンをクリックして、ダッシュボードの画面へ戻った。
と、そこには衝撃的な数字が並んでいた。
処女作、二作目、最新作、いずれも星が1桁。PV数も3桁ほど。
「なんで!」
そんなハズがない。カクヨム運営がやらかしたのか?
「これがあなたの望んだ世界です」
部屋のどこかから例の声が聞こえた。女神様だ。やはり、夢ではなかったらしい。
「ちょっと! どうなってんの?」
私は怒りをぶつける先が分からず、とりあえず天井へ向かって吠えた。
「この世界ではカクヨムの実績で全てが評価されます」
女神様は平然と答える。
「だったら、私の作品だって数字が伸びてないとおかしいじゃん! これじゃ、無双できないよ!」
「私はあなたの望んだ世界へ転生させてあげただけです。誰も無双できるとは言っていません」
「ふざけんな! 詐欺だ!」
「どうぞ、勝手にほざいてください。では~」
そう言って、女神様の気配は消えた。
「クソババアが……」
私が悪態をつくと
「今なんと?」
と女神様の声がひょっこり戻ってきた。
「何も言ってませーん」
「ああ、そう。口を慎みなさいよ」
しっかり、聞こえてるじゃん。
とにかく、私はため息をついて、マイページを確認してみた。
すると、作品の評価数が激減している他にも変化が見られた。
フォローとフォロワーが共に3万ほどあったのだ。これだけフォロワーがいて、なぜ評価数が激減しているのだろうか。
時計の針は既に朝の7時を指していた。母は既に起きている時間のはずだ。私は情報収集のためリビングへと向かった。
リビングでは、いつも通り母がパートへ行く準備をしていた。
「おはよう」
「あら、おはよう。今朝は早いのね」
母は私が不登校になったことにもある程度理解を示してくれている。
「ねえ、お母さんってカクヨムになんか投稿してる?」
そう聞くと、母は一瞬呆けたような顔をした。
「そりゃ、してるに決まってるじゃない」
「どんなの投稿してるの?」
「どんなのって、普通に異世界ファンタジーとかよ。最近はもうずっと書いてないけどね」
まさか、韓国ドラマにしか興味のなかった母の口から異世界ファンタジーという言葉が出てくるとは。
「ちょっと、ユーザーページ見せてよ」
「いいけど。別に面白いもんでもないわよ」
母から、スマートフォンを受け取る。画面に映っているユーザ名は母の本名だ。投稿している作品数は25。代表作の欄に表示されているのは
『一児の母が贈る、ものぐさ日記』
というエッセイだった。星の数は8278。
「やば、お母さんのやつ、めっちゃ伸びてるじゃん」
「そうかしら?」
母はあっけらかんと答える。
「結婚してからはこれしか書いてないからねぇ。他のは全部、学生時代に書いたのだから」
学生時代は頻繁に投稿するが、大人になるとあまり投稿しなくなるのだろうか。世界観がいまだに掴み切れない。母が過去に投稿した小説をスクロールして眺めていると
『異世界転生した俺は女神から貰った神スキルを使って、悠々自適にスローライフを送ろうとしていたんだけど、王女から勇者に任命されちゃった! ~今頃、頼ってきたってもう遅い~』
というタイトルが目についた。タイトルから内容を推測できそうで、絶妙に分かりにくい。流行りを詰め込んだだけの印象で、もっと最適化できそうだ。
と、これまで培ったカクヨムメソッドで母の異世界ファンタジー小説のタイトルを評論してしまった。なんか、お母さんがこれ書いてるのやだな。
「でも、一番伸びてるのが日記なんだね」
「そうね。エッセイは案外伸びやすいから。あんたも学校で習ったでしょ?」
なんてこった。母が「エッセイは伸びやすい」って言ったぞ。しかも、それを学校で習うのか?
「私、今日、学校行ってくる。制服ある?」
学校で一体何が教えられているのか、強烈に気になった。私の言葉を聞いて、母は目を見開いた。
「だ、大丈夫なの?」
「うん。授業受けたい」
感動的な不登校の再起シーンのようにも見えるが、実際は単なる知的好奇心でしかない。
「そう。良かった……」
涙ぐむ母を見て、ふと前の世界のことを考えた。カフェイン中毒で死んだ私を見て、母は何を思うのか。あるいは、このカクヨム世界に上書きされて、元の世界はなかったことになっているのだろうか。
母が取り出してきた高校の制服はしわ一つない状態でクローゼットに掛けられていた。一年ぶりに袖を通すと、シャツのつるつるとした感触がこそばゆかった。
*
私が教室に足を踏み入れた瞬間、室内は静まりかえった。以前の私なら、途端に足がすくんで逃げ帰っていただろう。しかし、今の私は異世界転生者であるという自覚が、不思議な無双感を生み出していた。
私は、近くにいた女子生徒に自分の席を聞くと、そこに腰を下ろした。一限目の用意をしようと黒板横に貼られていた時間割を見て、思わず吹き出しそうになった。
月曜日から金曜日までの時間割にびっしりとあった科目名は
『異世界ファンタジー』から『創作論・評論』まで、カクヨムのジャンル名そのままだったのだ。
しかし、よく見ると違和感がある『詩・童話・その他』が存在しない。不思議に思い、隣に座る男子生徒に聞いてみた。
「『詩・童話・その他』って教科なかったっけ?」
突然話しかけられた男子生徒はぎょっとしたように身を引いた。
「それは、何年か前に義務教育からは廃止されたよ。大学に行けば、学べるらしいけど」
「へー、そうなんだ」
この世界でも『詩・童話・その他』はマイナージャンルなんだ……
*
それから、朝の会を終えると一時間目の『ホラー』の授業が開始した。
「何度も言うとおり、ホラージャンルは近年流行しているので、特に重要な科目になります。ほとんどの大学でも、ホラージャンルの比重は高くなっている傾向にあります」
パサパサの髪質をした、中年の女性教師が真剣な表情で語っている。教室にいる生徒たちはそれを、ある人は真面目に、ある人は眠そうに、聞いている。
ここは本当に異世界なんだ。
先生が黒板に
『近畿地方の』
と板書し始めたのを見て、改めてそう確信した。
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