第4話
夏が終わろうとしているとある日。
その日は遠足があった。
遠足の日だと言うのに、鐙治郎も寛子もその日は仕事で五子に付き添うことが出来ない。
代わりに付き添っていったのは当時高校1年生の長男、和人だった。
「和人兄ちゃん、早く早く。遅れちゃうよ。」
「全く、五子はいつもこうなんだから…。ほら、そんなにはしゃぐと…」
グラッ。
「キャー!」
「な、兄ちゃん流石に転んじゃうよ。」
自転車で10分。
幼稚園まではその程度の距離。
しかし五子の体力を少しでも消耗させたくない寛子はいつも自転車で、送り迎えをしていた。
和人も自転車で幼稚園まで向かっていたが、それは母である寛子を見習ってと言うだけではなさそうである。
「おはようございます。」
「おはようございます。遅かったですね。」
「…。ちょっと、寝坊しちゃって。」
「はははははははっ、まぁまぁ、間に合ったのだし良いではないか。ささ、和人君ここ座りなさい。」
一番後ろの席。
そこには近所に住んでいる石渡のおじさんが、その娘である乙葉と共に座っていた。
5人席の片翼に座っていたが、その片翼はまだ余っていた。
「どうも、おはようございます。」
「乙葉ちゃん、おはよう!」
「五子ちゃんもおはよう!」
子供達は暢気なものである。
お兄ちゃんの苦労も知らないで…。
(いや、知らない方がいい。知らなくて良い。)
和人は長男だからか、両親にかなり頼りにされている。
救急救命士である母寛子と、消防官である父鐙治郎は2人揃うことが殆どないどころか、2人とも仕事で朝も夜もいない日も普通にある。
その代わりに小さな下の子供たちの面倒を見るのは決まって和人と年の近い弟、次男の源二であった。
2人で4人の子供の面倒を見るのは中々大変だから、下の子達にはこんな大変な思いは味合わせなくても良い。
大変なのは自分位だけで良い。
そう思っている。
ただでさえ、五子は体が弱くて可哀そうなのだから。
「今日は、和人君なんだね。」
「そうなんですよ、両親とも仕事で…」
「部活は?」
「あ、俺部活は入らなかったんです。」
「そっかそっか。まぁ、大変だと思うけど、今日は保護者も楽しむ日なんだから。」
「ええ。楽しみましょう。」
とは言ったものの、責任感の強い和人はその肩の力を抜くことは出来なかった。
そのお陰で、五子をよく見ることが出来るから。
この辺りでは大きめの有料公園に入ると子供達は興奮気味に走り出した。
五子も興奮気味だったが、走らせてはもらえなかった。
五子の病気について流石に理解しきっている和人が、今にも走り出しそうな五子の手をずっと握っていたからである。
可哀そうな五子に同情してか、お隣に座っていた石渡の乙葉ちゃんも落ち着いて走ったりはしていない。
実に大人である。
顔面偏差値も良さそうだし、実によくできた子供である。
「五子ちゃんは、あたしと一緒にゆっくり行こう。」
ああ、本当に石渡家には感謝しかわかない。
「本当に…、ありがたい。」
「ん?なんか言った?」
「あの、本当にありがとうございます。」
「どうしたの?」
「いえ、何でもないです…。」
最初は乙葉ちゃん効果があったのか落ち着いて遊んでいた五子だったが、段々と気分が上がってきてしまったようだ。
普段付き合っていないような子供達とも仲良く遊びだした。
皆がガタガタ、ガラガラと大きな音のする滑り台に行きだすと、五子もそれを望んだ。
「和人兄ちゃん。私もあれやりたい。」
「いいよ、でも五子一人は危ないから兄ちゃんと滑ろうか。」
「うん。」
滑り始め、五子はそれは楽しそうにしていたが段々と険しい顔になっていった。
長い滑り台だったので、和人は心配になった。
半分に行きついた時、五子はついに泣いてしまった。
「和人兄ちゃん…、痛いの。痛いの。ねね、痛いの。」
「え、痛いの?ちょっと待って」
滑っている体勢で、五子を自分の膝の上に座らせるのは至難である。
どうにかして、五子を座らせて滑り終えることが出来た。
「どうした?五子。」
「あんね、あんね、お尻が当たっていたかったの。」
「どの辺?ここ?」
「ここ。」
五子が示しているところをさすっている時に、和人は少し違和感を感じた。
(こんなところに、凹凸あったっけ?)
自分の仙骨辺りを触ってみても、やはりない。
何かがおかしい。
その日の夜、夜勤明けの鐙治郎が帰っていたので、このことを報告した。
五子はまた病院に行くことになった。
他の子供だったらしばらく様子を見ただろうが、五子は前例が多すぎて心配になる。
その日夜勤もある寛子には電話だけ入れ、翌日鐙治郎が五子を、病院へ連れて行った。
五子は直ぐに入院することになり、検査を受けた。
検査の結果、五子は仙骨部ガングリオンだった。
大きさ的には大したことなかったが、ガングリオンができている場所が神経に近く、五子とガングリオンの成長に伴い、神経を傷付ける可能性があったので切除することになった。
藍 玉井冨治 @mo-rusu
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