もう流れ星にはなれない
尾八原ジュージ
友だち
夢の中で自由に空を飛ぶにはどうしたらいいかって、昔友だちが教えてくれたことがある。当時一番仲良しだった彼女は「簡単だよ」とのたまった。
「夢の中で高い場所に行って、そこから飛べばいいんだよ。高いところから思い切って飛んだら、途中で空気抵抗がぶわってなって宙に浮くから、そこで上を向くとギュイーンってなるよ」
って、全然簡単じゃなかった。夜風を切って流れ星みたいに暗闇を駆ける夢は楽しそうだけど、そこに至るまでの過程は私には難しすぎた。
「無理だよ、夢の中でそんな自由に動けないもん」
そう言うと友だちはなぁんだと笑い、コーヒーショップのスツールに腰掛けたまま、ボア付きのブーツを履いた足をぶらぶら揺らした。その日は寒かった。クリスマスが近くて、街中がきらきらしていた。
「今度誘おうと思ったのに。冬は星がきれいだよ」
「そんなこと言われても」
どこまでが冗談でどこまでが本気か判然としない会話を交わして、別に可笑しくもないはずなのに我慢できなくなって、ふたりで吹き出した。それから店を出て、イルミネーションが輝く通りを歩いた。友だちは手が冷たいと言い、私のダッフルコートの大きなポケットの中で手を繋いで暖めた。
十代後半、今思えばクリスマスじゃなくたって何もかもきらきらしていたような時代に、私は彼女と流れ星になれなかった。そんな魔法みたいな時期にできないのならば、そんなことはもう、二度とできない。
それから十五年が経ち、夫と二歳になった息子を連れて帰省した日の夜、その友だちが亡くなったことを親づたいに知った。住んでいた団地の屋上から飛び降りたらしい。
「まだ若いのに、よっぽど辛いことがあったのかね」
そう言って母はため息をつく。
でも、私はすぐにあの日のことを思い出す。ボアのついたブーツ、暖房の効きすぎた店内、甘すぎるカフェモカ。そしてすぐに考える。彼女は自殺なんかじゃなくて、空を飛ぼうとして失敗しただけなんじゃないかって。代わりに浮かんだその考えは、ほんの少し私を慰める。彼女に死ぬほど辛いことがあったなんて思いたくなかった。
後日、別の同級生から「遺書があったんだよ」って話を聞く羽目になるのだけど、このときはそんなこと考えもしなかった。代わりにあの寒い日、夢の話をして笑ったことや、コートのポケットの中で手を繋いだことを思い出して、泣きそうになるのを堪えていた。
もう流れ星にはなれない 尾八原ジュージ @zi-yon
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます