第6話



それが解るから、それを知っているから気持ちを伝えたりしない。


一生兄の【たったひとりの弟】という最高に幸せで尊い肩書を死守し続けるのだ。


「そういえば陸斗は彼女とはどうなの」

「え?」

「前に付き合っている子がいるって言ってたじゃん」

「あぁ……残念ながら別れたよ」

「は?! なんで」

「んー……なんか僕、彼女が思っていたような感じじゃなかったみたい」

「それどういう意味だよ。詳しく話せ」

「別に話すほどのことじゃ──」

「あぁぁ! なんでおまえの良さが分からないんだよ、世の女の子たちは!」

「いやいや。僕、兄さんが思うほどいいところなんて」

「あるんだよ、陸斗にはいっぱい!」

「……」


(ははっ……始まった)


僕は兄への気持ちを悟られないように必要最低限な嘘をついていた。それは僕の恋愛に関することに特化した嘘。


兄以外好きになれない僕は一定期間ごとに彼女が出来た、彼女がいるとうそぶいた。それは兄に余計な詮索、心配させないための嘘だった。


兄に嘘をつく罪悪感を覚えながらも、その流れで兄が僕を慰めてくれる過程で発せられる優しくて嬉しい言葉の数々に密かに胸を高鳴らせた。


そんな些細な幸せが兄に対する抑えきれない獣じみた醜い感情を鎮めてくれた。


だから今現在、兄の僕に対する評価は恋愛しても上手く行かない可哀そうな弟という感じかもしれない。


もし仮に、このまま兄が千夏さんと離婚して、また誰かと恋愛して結婚しても今回と同じような不幸な道を辿り、もう結婚はこりごりだと独り身になった時、言ってみようか。


僕と一緒に住まない? ──と。


兄弟が一緒に住むなんて珍しくも変でもない。特に今の世の中では結婚しない男に対して特に訝しんだりはしないだろう。


兄に関していえばバツがいくつかついているわけだし。


(そうだよ、全然変じゃない)


もしかしたらそういう未来があるかもしれないと思うと今の兄との関わり方、距離感、なれ合い具合が丁度いいとさえ思った。


だからこの関係を崩さない意味でも僕は一生この想いを抱えたまま生きて行く。


「なぁ、今度知り合いの女の子紹介しようか?」

「いいよ、そういうの。僕は兄さんと一緒でちゃんと自分が好きになった女の子と恋愛したいから」

「……ったく。そういうところ兄弟だなぁって思うよ、本当」

「うん。僕は兄さんのたったひとりの弟だからね」

「だな」


僕の答えに満足したのか兄は機嫌よくうどんを食し続けた。


(はぁ……こういう時間、ずっと続けばいいのに)


僕の願いは昔も今もそんなささやかなものなのだった。





(終)




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LikeじゃなくてLoveなんだ。 烏海香月 @toilo

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