第5話



それがきっかけで兄に心から美味しいと思ってもらえるものを食べさせたいという気持ちが芽生え料理に興味を持った。


何度も練習してようやく自分でも美味しいと思えるものが作れるようになり、リベンジよろしく具沢山うどんを兄に振舞うと満面の笑みで『めちゃくちゃ美味しいよ、陸斗!』と言ってもらえた時はすごく嬉しかった。


そんな気持ちを抱き続けた僕は今、一端の料理人として割烹料理店に勤めている。


一応料理のプロになったわけだからなんでも作ってあげられるのだが、兄は具沢山うどんがいいと言った。


昔から落ち込んだ時や悩んでいる時、調子が悪い時には僕が作った具沢山うどんが食べたいと言った兄。


だから具沢山うどんをリクエストするということはそういうことなのだろうと分かるのだ。


キッチンに立って湯を沸かしながら出汁の支度をする。兄に食べさせるのだからいつも以上に丁寧に下ごしらえをして最高に美味しいものを手早く用意する。


(本当はフルコース並みのもの、出したいんだけどな)


しかし今はそういったリクエストはないし時間もないので諦める。


うどんの支度をしている最中、兄は携帯をずっと触っていた。もしかしたら千夏さんと何かしらのやりとりをしているのかもしれない。


もしかしたら離婚回避のためのヒントを探して検索をかけているのかもしれない。


いずれにしてもこの瞬間、兄の頭から僕のことは1ミリも存在していないだろう。


(いいよ、別に)


そんなこと今に始まったことではない。一緒にいても兄が僕のことを考えない瞬間、時間があるのなんてとっくに知っているし、それがどうしたって話。


兄はそうであっていい。僕だけが他の誰よりも兄のことを想っていれれば、想っているのだと自負出来ているからいいのだ。


「お待たせ」と言いながらテーブルに器を置くと兄はすぐに携帯から目を離した。


「おー! 相変わらず美味そう」

「美味しいよ」

「だな」


今までの陰鬱としていた表情から一転。昔からよく知っている心の底から嬉しいと感じている表情を浮かべながら箸を取って食べ始めた。


美味しい、美味しいと呪文のように繰り返しながらうどんを啜る兄を見ているだけで幸せな気持ちになった。


兄から恋愛に繋がる甘い感情を注がれなくても家族として、兄弟としての淡泊な愛情をもらえれば幸せだった。


恋愛に付随する濃い感情は失ったり消えてしまった瞬間、彼女や妻という濃厚な肩書から一瞬にして他人という素っ気ないものへと変わる。


だけど家族や兄弟という肩書は一生消えて無くならないし、最後の最後まで一番近しい関係でいられる。


勿論それは僕が兄に告白しなければという前提での話。


仮にうっかり僕の気持ちを知られてしまった場合、きっと今までのような無防備かつ生温い幸せは一瞬のうちに崩壊するだろう。




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