魔法少女は風に踊る

 空を埋め尽くしていた光が止んだ。

 この不可思議な現象が起きた青い空の中心で、一人の乙女が浮かんでいた。


「「「「「………………………」」」」」


 空の暴君たちは鳴き声一つ上げない。

 きっと変身したエリスの神々しさに感動しているのだろう。

 しかし、ワイバーンたちはすぐにギャーギャー喚き出した。


「まったく、嫉妬とは嘆かわしい。サリーさんも罪だね」

「まあ、そんな……ポッ」

「ギャギャオース!!」


 なにやら抗議めいたものを感じるが真意は不明。

 痺れを切らし、攻撃を開始した。


「やれやれ。デートは暫しおあずけかな」


 エリスはサリアリットをその胸に優しく抱きしめ、急速落下した。

 風を切り、空気を裂き、地面に到達するギリギリのところで再び翼を展開。

 ゆっくりと着地した。

 跪き、サリアリットの手を取って紳士的にエスコートする。


「……ありがとうございます、ハルカ様」


 頬がほんのり赤い。

 心なしか瞳も潤んでおり、とろんとしていた。


「礼には及ばない……と、言いたいところだけど、そうだなぁ」


 乙女は周囲に漂う魔力の羽根を一枚手に取ると、サリアリットが着ているドレスの胸元の隙間にそっと差し込んだ。

 もちろんバストに触れない素敵ぶりである。


 そしてサリアリットの意識の隙間を盗み取るように、そっと彼女の美しい金髪をかき上げ、露になった耳元で囁いた。

 まるで愛の告白でもするかのように。


「これが終わったら、あらためてキミをデートに誘ってもいいかな?」

「―――っ!? ぜひ!」


 サリアリットは即答した。

 乙女は、なんか近づきずれーなー、と待機していたミノタウロスに彼女を任せると、踵を返し四肢の翼を広げた。


「ああ、それと……」

「?」

 戻ってきた。

 再びサリアリットの前で跪き、いつの間に拾っていたのか、空中で手放してしまった彼女の扇子を差し出した。


「もう落としてはいけないよ、お姫様」


 ずきゅーん!


「………はい」


 目がハートだった。

 受け取った扇子をその胸に、ぎゅっと抱きしめる。

 乙女は夢見心地のサリアリットへ軽く手を振り、大空へと羽ばたいていった。


「ぶ、ぶも……」


 ミノタウロスは、ちょっと引いてた。







 白き翼が大空の舞台へと舞い戻った。

 なんか待たされたワイバーンたちから、ギャーギャーと非難めいた鳴き声が沸き上がるも、魔法少女はどこ吹く風。


「キミたち、この辺で良いデートスポットを知らないかな?」

「ギャオース!」

「ああ、ごめんね。キミたちには縁のないことだったね」


 ブチぃッ!


 ワイバーンらの怒りが頂点に達した。

 刺すような鳴き声の意味は言わずもがな。

 このいけ好かない奴を八つ裂きにして庭の畑の肥料として捲いてやる、だ。


 しかし、意外にもすぐには襲い掛からない。

 確実に獲物を狩るために、ワイバーンの群れは統率された陣形を組み始めた。

 そんな状況を興味深そうに眺めていた魔法少女は、ふっと微笑み、


「マジカルいこうか」


 腰のステッキを手に取り、碧の魔力を流し込んだ。


《―――OK。ウィッチクラフト、発動―――》


 ステッキは光と共に姿を変える。顕現する。

 現れる。それは両手に携えた一対の扇子だった。


「ギャオース!」


 陣形の中から三匹のワイバーンが飛び出した。

 牙を剥き、鋭い鉤爪の先端を向けて魔法少女に突っ込んでくる。


「さあ、パーティの時間だ」


 魔法少女は上方へと飛んだ。

 逃がしはしないと、三匹もその後を追う。

 さすがは空を根城にするモンスター。みるみるエリスとの距離を縮めていく。獲物をなぶるようにやかましく追い立てる様は、まるで一昔前の暴走族のようだ。


「……フッ」


 後方で調子づく三匹に、魔法少女は余裕の笑みをこぼした。翼を傾け、左へと軌道を変えた。

 オラってたワイバーンたちも後に続く。


 だが、スピード勝負から機動力勝負へ変わると、その差が歴然と現れた。

 ワイバーンは大空を自由に疾け回る魔法少女の縦横無尽の動きにまったくついていけなかった。

 エリスはまるでそこに足場でもあるかのような、生物には絶対できない機動力で、必死に食らいつこうとするワイバーンを優雅に引き離す。


「……ギャースッ!」


 一匹が意地を見せたか。愚直に後を追う二匹とは別に、エリスの動きを読んで最短距離を移動していた。

 ついに目と鼻の先まで距離を縮める。


 ざまあない。これでお前はおしまいだ。まずはそのお上品な四枚の羽を一本一本丁寧に毟り取り、剥製を作って巣のリビングに飾ってやるぜ!

 そんな思惑を抱いている数秒の間に、牙がエリスの左手の翼に到達する。


「!?」


 しかし、それは空を切る。

 比喩じゃない。まさしくだ。


 エリスの両手で舞う一対の扇子。それは空間に漂う葉のように揺れ、寸前まで迫っていた凶刃を、まるで風が流れるかのようにそっと受け流したのだ。


「「ギャギャースッ!」」


 動きを止めた魔法少女に残る二匹が襲い掛かる。

 しかし、そのどれもがかすりもしない。

 エリスは二匹を円舞曲を踊るかのように華麗にやり過ごし、ついでにちょっぴしいじわるに足を引っかけるなどして姿勢を崩させる。

 途端に飛行姿勢を維持できなくなった三匹を強い気流が飲み込んだ。


「キミたちの相手はもう結構。ステージからお引き取り願おうかな」


 魔法少女は扇子を扇ぎながら墜落していく三匹を眺める。

 その間隙を突くように、今度はさらに多数のワイバーンが一斉に仕掛けてきた。先の三匹はあくまで囮。

 こちらが本命だった。


 これが彼らの恐ろしさ。個での狩りより群れの狩りこそその本分。

 しかも司令塔であるボスが、三匹と空中劇を繰り広げていたエリスを観察。その機動力が発揮できないように、四方八方十六方から囲む陣を敷いていた。


 そして統率された一糸乱れぬ全方向からの同時攻撃。

 さらに迎撃班を三つに分けた三段構えの保険付きだ。

 これで仕留められない獲物はいない。


「やれやれ。人気者はつらいと言うが、この数はさすがにお相手できないな」


 魔法少女の余裕は崩れなかった。

 純白の翼が大きく開き、魔力を帯びた金属の羽根が周囲に舞った。


「キミたちのような無作法者は、これがご所望かな」


 乙女はその場で回転を始めた。

 扇子から生み出された魔力の風が周囲の無数の羽根を掴み、全方位へ撃ち出した。まるで散弾銃のような全方位射撃は、飛行のために極限まで軽量化したワイバーンの薄い鱗を容易く貫く。

 無数の羽根を全身に浴びたワイバーンが次々に撃墜され、虫のように地に落ちていく。

 瞬く間に第二陣までもが餌食となり、被弾を免れた第三陣は嫌でも警戒を強めざるをえなくなった。


「さて、これくらいでお帰り頂けると、こちらとしては助かるんだけど?」

「ギャオース!」


 乙女の申し出は怒りのもとに却下された。

 こうなったら最後の手段。

 すでにかなりの数を減らしていたワイバーンが、距離を置いた位置取りでエリスの周囲を猛スピードで旋回し始めた。

 翻弄し、次の一手を慎重に。確実にキメるために隙を伺う。


「一二時の針まであとわずか。そろそろ魔法が解ける頃合いか」


 乙女の体が碧の輝きを放ち始める。


「それじゃあ最後の一曲といこうか。優雅なる風の、愛の魔法!」


《―――OK。HISSATSU・フォーメーション、起動―――》


 魔力が活性化を始めた。

 右手から外れた翼が左手と合体し、まるで弓のような形状へと変化する。


 巻き起こる、碧色の風。

 それは凪のように穏やかで、嵐のように激しいエメラルドの輝き。

 乙女を包む魔力の風が鋼鉄の柔肌を優しく撫で、恥ずかしがり屋のレース生地が慌ててスカートの下に隠れた。


 魔法少女は静かに両手の扇子を弓を引くように構えた。

 前に突き出した左手の扇子に魔力の羽根が収束していく。


 さあ、始まるぞ。

 この国を。この空を。

 この世界を愛で包み込む、慈愛で満ちた風の舞踏会が。

 選曲はもちろん魔法の輪舞。魔法少女のエスコートだ!


「ギャギャッ!?」


 ようやくワイバーンたちが間違いに気付く。

 様子見なんてやめておけばと今さら気付く。

 急速反転。その翼をはばたかせ、一目散に退避を始めた。


 しかし、もはや逃れることは許されない。

 魔法がこの世に舞い降りた時点で、この空に彼らの領域などどこにもない。

 大空の舞台でライトを浴びるのはただ一人。

 魔法少女だけだ。


「マジカル☆アーチェライ! 一閃必中!」


 右手の扇子が、左手の扇子に収束していた魔力の羽根に息吹を吹き込んだ。

 刹那、弓から放たれた無数の羽根が光となった。

 螺旋を描き、まるでレーザービームのように、すでにかなり遠ざかっていたワイバーンの群れへ疾風の如く直進する。


 そして、追う。

 わき目もふらず逃げる。躱そうと軌道を変える。宙返りしてやり過ごそうとする。

 そんな小細工を労するワイバーンを、追尾ミサイルのようにどこまでも追う!


 ドレスコード・ペガサス。

 それはサリアリットの魔力によって編まれた聖なる姿。


 彼女の魔法―――《絢爛操扇風ホーミング・フェザー》は扇子で扇いだ羽根を狙った場所へと誘う大道芸染みた魔法。


 実はエリスの飛行能力は、この魔法を四肢の翼に纏わせ空中制御する副産物的なものであり、扇子で発生させた風で羽根を扱ってこそ真価が発揮される。

 そしてこれは、ロックオンした対象をどこまでも追跡する、脅威のオールレンジ攻撃。しかも精度は必中。おまけに付けるにしては、なんと凶悪なことか。


 放たれれば必ず命中する回避不可能の魔法の矢。一撃の威力と瞬間速度はドレスコード・イフリートには及ばないものの、ドレスコード・ペガサスは広域射程と精密性と機動力に特化した姿。

 ワイバーンすら手玉に取る。


「ギャオ―――――――――――――スッ!!」


 遠い空でいくつもの爆発が起こった。

 遅れてきた音と衝撃が風となり、地上からこの戦いを見守っていたサリアリット。

 そして、彼女が愛するこの国を通り過ぎて行った。


 天空に浮かんだ純白の翼。

 魔法少女が、きゅぴ☆っと勝利のポーズをキメた。





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※数ある作品の中からこの作品を読んでくださり、本当にありがとうございます。

 少しでもいいな、と思っていただけたなら、応援していただけるとものすごく励みになります!


そして、マギアギアはこの第二章を持って、勝手ながら一旦休載させていただきます。

再開は未定ですが、第一章からストーリはそこまで変えるつもりはありませんが、展開に大幅な加筆修正をしていく予定です。

ぶっちゃけプロットから練り直します。

なので再会の際は、リニューアルした第一章から順次投稿させていただきます。


いつになるかはわかりませんが、再開は遠い未来ではないと思いますので、もしよろしければ、新しくなった【魔法少女マギアギア☆エリス】もお目通しいただければ幸いです。

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魔法少女マギアギア☆エリス おきな @okina-kabushiki

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