愛の風
遥か上空へと連れ去られたエリスはワイバーンの群れに囲まれていた。
高度はゆうに三〇〇メートル。東京タワーの高さに匹敵する。
そんな高所に連れてこられた春賀はもう失禁寸前。プルプル震えて動くことすらできない。
まさにまな板の上の鯉。オタクの前の美少女フィギュア状態。数匹のワイバーンがエリスをローアングルから妙な飛行姿勢で覗き込んでくる。
「ひ~ん今度こそおしまいだあぁ~~~~」
泣き言もいつもに増して力がない。
ついでに口の中が酸っぱくなってきた。極度の緊張と恐怖が三半規管を刺激。機体の中がゲロまみれになるのも時間の問題だった。
「そこまでです!」
ワイバーンたちの意識が一斉に下へ向いた。
それはものすごいスピードで彼らの領域まで昇ってくる。駆け上がってくる!
「天才巨乳美少女魔法使い、フィアーナさん! ここに見参でーす!」
箒に跨ったフィアーナが高らかに名乗りを上げた。
その後ろには彼女にしがみ付くサリアリットの姿。胸には碧色に発光するボトルをしっかりと抱えている。
「サリー! このままかっ飛ばしますよ!」
「はい!」
ニケツした箒はジェットの限り、急速にワイバーンの群れへとぐんぐん迫る。
ワイバーンたちは無作法な侵入者に牙を剥いた。
しかし、空間を超高速で直進するジェット魔法は、そんな彼らをものともしない。
「遅い遅い! まったくもってトロっちいですね! ヒャッハー!」
ハイになったフィアーナは自慢のドラテクで襲ってくるワイバーンをすれすれでやり過ごす。
躱して、抜き去って、すり抜けて、ぶっちぎり、かっ飛ばす。
目標は当然、死に体でぐったりしているエリスのもとへ。
春賀のもとへ!
「ハルカくん!」
「………フィーさん……」
ジェット魔法が魔導人形まであと十メートルの距離まで接近する。
「ギャオース!」
エリスを掴んでいたワイバーンが大きな翼を羽ばたかせ、急旋回した。こちらに突っ込んでくる箒の軌道から素早く遠ざかる。
ジェット魔法は最高速度こそ彼らを凌駕するが小回りが利かない。しかもフィアーナは二人乗りが絶望的に下手だ。実はその制御は彼女の手からとっくに離れていた。
「後はお任せしますよ~~~~~~~~~~―――――――――…………………」
キラーン。
フィアーナは空の彼方に消えていった。
「ギャ、ギャオ………」
ワイバーンもちょっと引いていた。
だから、反応が遅れた。
ワイバーンたちの目が一斉に空中を跳ぶサリアリットを捉えた。
彼女はワイバーンの群れを通過する間際、箒から飛び出していた。
当然命綱などない。地表に叩きつけられれば確実に落下死する。
しかし彼女はその身を顧みることなく、ただ春賀にボトルを届けるためにその身を空中に投げ出したのだ。
サリアリットは、怖かった。
箒から身を乗り出す瞬間は手足が震え、意識を失いそうだった。
だが彼女はここで何もできないことの方が、もっと嫌で、怖かった。
「ハルカ様!」
サリアリットは大声で叫んだ。
耳元で風が暴れる。風圧でろくに目も開けられない。それでも必死に声を張り上げ、ぐったりする魔導人形へボトルを思いっきり投げた。
「サリーさん……」
春賀は力の入らない手をどうにか伸ばす。
そうはさせぬとワイバーンが翼を広げた。素早くその場から移動し、ボトルは的外れな方向へ行ってしまった。
「届いて! わたくしの魔法!」
ボトルが、その軌道を曲げた。
Uターンし、まるで吸い込まれるようにエリス目掛けて空中を飛翔する。
「ギャギャッ!?」
その不可思議な光景はワイバーンを仰天させた。常識外の現象は彼らを唖然とさせ、その間にボトルは無事に春賀のもとへと到達した。
「…………よかった……」
地表へと落下するサリアリットの手から、扇子が離れる。
彼女の魔法―――《
それは扇子で扇いだ羽根を自在にコントロールすること。
そしてボトルには一枚の羽が張り付けられていた。
つまり、そういうことである。
彼女の魔法を受けたボトルはあらゆる常識と物理法則を無視し、正しく作用した。しかもその精度は必中である。百発百中である!
「………ありがとう」
サリアリットは重力に体を掴まれながら、満足そうに微笑む。
自分の役割をまっとうできたことが嬉しかった。
この国の危機を救いたい。
愛する民を守りたい。
その手助けができて本当によかった。
だから、後悔はなかった。
《―――魔力カラー確認。モード切替。インストール開始―――》
サリアリットは安堵の表情を浮かべ、そっと瞼を閉じた。
そのまま眠ったかのように、地表へと吸い込まれていった。
「マジカル☆コンプリ―――ト!!」
閃光が青い空を碧に塗り替えた。
レイブルノウ王国上空に突如発生したその光は、防戦で精神をすり減らす兵士や、その兵士に狡猾に襲い掛かるワイバーンからすらも、戦いの意識を忘れさせた。
人も、人以外も、すべてが見入っていた。
まるで時が止まったかのような空間を、風だけがその自由を謳歌した。
「お待たせ」
まるで涼風のような甘い声。
サリアリットが目を開けると、そこには碧の光に包まれた神秘の姿があった。
彼女を抱きかかえる両腕、両足からファサ☆っと伸びた四枚の純白の翼。シャラン☆とお仕着せが鋼鉄の肢体を包み込み、流れる風がフリル付きのエプロンとヘッドドレスをフワ☆っと揺らした。
《―――インストール終了。ドレスコード・ペガサス、展開完了―――》
夢でも見ているのかと目をぱちくりさせるサリアリットに、その存在は窺うように小首をかしげ、穏やかに囁く。
「デートの時間には間に合ったかな?」
風が謳う魔法の旋律。
碧に輝く天空の踊り手。
純白の翼を広げるロボットメイド。いや、天使。
いや―――魔法少女!
「愛の魔法少女マギアギア☆エリス。ここに完成さ☆」
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※数ある作品の中からこの作品を読んでくださり、本当にありがとうございます。
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次回更新は、12月22日(金)PM18:00を予定です。
もしよろしければ、完結済みですが私の他作品【宇宙が繋いだ in ベイダー】もお目に通していただけると超絶嬉しいです!
よろしくお願いしますm(₋ ₋)m
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