第78話
「やっぱり、ラベンダーのバスボムが一番いいわね」
棚に並ぶカラフルなバスボムを眺め、まるで女子高生のように手にとっては鼻に近づけて匂いを嗅いでいく姿。
「んふっ......昔から、
にこやかに朗らかに。
そんな表情を浮かべる先輩を見ながら私も一緒にその匂いを感じていく。
この感じが昔そっくりで、脳裏に焼き付いていて、あの頃から何も変わっていない私には昨日のような出来事で。
「まぁね。あれ、でもどうして好きなんだったけ私?」
でも、そんなのは私だけ。
わかっている。
分かっているんだ、私は、とっくにもう。
「......っ」
「――あ、楓ちゃん。これもいい匂いするわよ?」
「............」
「ん......どうしたの、楓ちゃん?」
やっぱり、私じゃもう。
そんなこと分かって――。
◇◇◇◇◇
気が付けば
「あぁあぁ、こんな膝擦りむいちゃって......ほらほら、ここに座って見せてみなさい」
「い、いいですって」
「はいはい、いいからいいから」
昼休み。
たまたま落ちていたコーラ缶に足を滑らせて、膝を軽く擦りむいてしまっただけなのに。私の腕を引っ張ってベンチに座らせ、花柄の小さ目なポーチからガーゼと絆創膏、そして水が入った小さな瓶を取り出して処置をしていく。
本当に鬱陶しい。
最初はそんな感想しか抱かなかった。
というよりも、当時の私ではそういう感じ方しかできなかった。
「あ、いたっ......痛いですっ」
「仕方ないでしょ~~、でもしっかり水で流さないと化膿しちゃうわよ」
「しないですよ、そんなの」
「するする。そういうのは油断したときに来るんだから、なんでもね」
「......なんですか、なんでもって」
「なんでもはなんでもよ? 色々ね。楓ちゃんかわいいんだし、怪我したらもったいないもの」
「っか、かわいくなんてありません」
まったくもってお世辞が過ぎる。
色々と荒れていた時期で感性もひん曲がっていた私にとって、その誉め言葉や、なにより優しさが棘の様だった。
先輩に比べてあまりにも地味で、化粧なんかリップ程度のお粗末なもので、でも何か見つけるなり褒めてくる。
正直、疑った。
私を貶めようとしているんじゃないかと、そう思っていた。
今考えれば、先輩がただただこういうお節介焼きなんだっていうのは分かるけど。でも、そう思えなかった私は、それもあってか、だからこそなのか、その気持ちがゆがむのも早かった。
こっちの気持ちなんて気にせずにズケズケと近づいてくる先輩に大して、私はというと心の変化は速かった。
その変化が見て取れたのは多分、文化祭な気がする。
誰とも見に行く予定なんてなくて、ただただ休憩室でスマホでも弄ってようかと考えていた私を見つけてすぐに連れ出してくれた。
普段なら口だけでも歯向かおうとするはずなのに、その日だけは寂しかったからか、特別だったからか、はたまた告白してきた男子を振ったらその子が好きだった女子から嫌われたなんていう理由もあったからなのか。
「ねね、私まだ1-2のお化け屋敷行けてなかったんだよね~~。どう、楓ちゃんは怖くない? 何か噂とか聞いた?」
「え、いやまぁ......怖いとだけ」
「え、ほんと!? それなら行きたいなぁ~~」
「わ、私は怖いのはっ――」
「んふふふ、もしかして苦手なの? 安心して、頼りになる先輩がいるからさ!」
なんて豪語されて、行きたくなかったわけでもないけど敬遠していたお化け屋敷に入る私と先輩。
しかし、出てきた時には入った時とはまったく違う格好になっていた。
「あ、あの......頼りになるのはどの先輩ですか?」
「う、うぅ、ひどいよぉ、楓ちゃん。いじわるぅ」
「だって、怖いって聞いていきたいって言ったの先輩じゃないですか......」
「だ、だってだってあそこまで怖いとは思ってなかったんだし仕方ないじゃない! 足元捕まれたと思えば真っ暗になって今度は腕まで捕まれて......」
「腕掴んだのは私ですよ。迷子になりますし......」
「え、そうだったの!?」
といった感じで、お化け屋敷、のど自慢カラオケ大会、縁日で金魚すくいと射的、クレープにメロンパンアイスと普段の私からは思いもしなかった場所へ連れていかれた。
ともあれ、私はそんな先輩に徐々に心を開いていくことになった。
「それで、個人的にはどうしたらいいかなって思っていまして」
「ふぅん。それならいっそ言ってみたらいいんじゃない?」
「え、でも......」
「結局言わないと分からないよ。察して、それでこじれたら意味ないじゃない?」
「まぁ、確かにですね」
気になったことをよく相談するようにもなった。
真摯に聞いてくれて、落ち込んだらいろんなところに連れて行ってくれた。
昼は一緒にお弁当を食べたり、帰りは一緒に帰って、ゲームセンターに行ったり、カラオケに行ったり、勉強を見てもらったり。
乗り気じゃなかった先週までの私に言って聞かせたいほど楽しくて、嬉しくて、そんな優しい先輩に落ちるのはすぐだった。
その日から敬愛を抱き始めた私は、まるで逆転するように先輩のいる教室へ訪ねるようになった。
「......あ、あのっ! こ、ことり先輩はいます......か?」
目をつぶりながら言うとすぐに出てきてくれる先輩。
「楓ちゃん! ごめんごめん、お昼食べに行く?」
「はいっ! いき、たいです!」
先輩が受験勉強で忙しくなるまで、できる限り一緒にいて。
そんな敬愛が恋愛に変わるのは時間の問題で、一瞬で。
気づいたときには、雪降りしきる冬にその言葉を言っていた。
私だけに向けているものだと勘違いして。
私だけは特別だと思っていて。
先輩は私からは逃げないと信じてやまなくて。
「ご、ごめん......そ、そんなつもりは」
はぐらかされるように断られるように。
その結果を聴いて驚くと同時に、辛かった。
私への気持ちは嘘だったんじゃないかっていう絶望があって。
あれから話しかけるのも無理になって、先輩を見るたびに逃げた。
頑張って静かな子に声をかけて、一人になる時間を減らせるように頑張った。
結果逃げたおかげで友達もできたけど、酷いことをしている自覚もあったけど、それでも気まずさゆえに逃げ続けた。
幻想は幻想だったのだ。
でも、気が付くことはできたかもしれない。
その姿はまるでお母さんの様で、迷いのない手つきと彼女を遠目で見る上級生たちを見ればいつもやっているからなのかなとよくわかったかもしれないと。
薄々わかっていたからこそ、探して会いに行った。
大学で告白して逃げて、だからこそ私からきっぱりあきらめるために会いに行った。
男に現を抜かさない、カッコよかった先輩へ。
なのに、だというのに。
インターン先の先輩にあたる人と付き合っていた情報を聞いて、いざ見たらいろんな感情が沸いて、あきらめられそうにないと感じて。
こうして今、いるわけで。
「......」
当時はなんでここまでおせっかいなのかはわからなかったけど、インターン先の会社で藻岩哉から聞いたときによくわかった。
『出会い? まぁ......体育祭で膝擦りむいて、それでかな』
それを聞いてなんとなく察しがついた。
私は特別なんかじゃなかったんだって。
本当に私はひどいことをしている。
言ってることが滅茶苦茶で支離滅裂で、我が身可愛さで、最低だ。
なのに、おでかけを誘ってくれて。
昔きた場所を選んでくれて、気にせずいてくれて。
ここにきたのもそういう運命だと思えた。
だから、これで私の恋愛は終わりにしよう。
そう、そのために、来たんだから。
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