第77話
◇◇◇◇◇◇◇
「ふぅ……」
この感覚はいつぶりだろうか。
哉先輩と再会してすぐの頃、ご飯でも食べに行かないかと誘われて胸を襲う高揚感と共にクローゼットを眺めていた時にもあったようななかったような。
いや、少しだけ気持ちの方向性は違うのかもしれない。
なぜなら、今日は先輩とのドキドキワクワクなデートではなく。
過去に告白されたこともある――決着をつけるべく相手、彼女なのだから。
待ち合わせは駅前のオブジェ。
電車を降りて、その方向へ向かう途中何度かガラスに映る自分を見て変なところはないかと確認して歩いていく。
時計を見ると待ち合わせまで残り10分ほどで、さすがに先に着くだろうと高を括ってたが私がオブジェの前に来た時にはすでに彼女はその場に立っていた。
先輩の家で見せていた物騒な、というか真面目そうな顔は何処かへ行ったのか。
私を見つけるや否や颯爽と駆けよって来てくれたのはちょっとだけ驚いたと同時に少しうれしかった。
「先輩っ!」
「楓ちゃん、まだ10分前よ? こんなに早く着て大丈夫なの?」
「だ、だって、楽しみでしたし……早く会いたかったでしたし」
「会いたかったってねぇ。別にこの前も会ってるでしょ?」
「あ、あれは仕事のついでというか……藻岩さんいましたし、全然違います」
すると少しモジモジしながら、哉先輩の名前をどこか腑に落ちない顔で呟ききっぱりと言い捨てる。
「ず、随分と哉先輩の事が嫌いなのね」
「当たり前です。仕事だから、付き合ってるだけです」
「そ、そう」
あの熱心に教わる姿勢はポーカーフェイスなのか、それにしてはすごいなと感心しつつ。
彼女に私と先輩との関係を大丈夫なものと認めさせるためにはまだ少しばかり溝があるのかと不安がやってくる。
「あ、そんなことより今日はバスボムのお店行きたいです!」
「バスボム? なんか懐かしい響きね。そう言えば高校の時に流行ってたわよね」
今ではお店もそこまで見なくなって、わざわざ買いに行こうなんて思わなくなったけど高校生の時は追いかけてたような気がする。
受験期、勉強で疲れた体をお風呂の湯船の中でだるんとさせるのが好きで。
でも何か刺激が足りなくて、下校中に立ち寄ったお店で買ったバスボムに感動したんだっけ。
「今もあるなんて驚きね。最近は駅のデパート見て周ることなかったし」
「先輩、あんまり遊んでないんですか?」
「まぁ、仕事が忙しくてね……」
次期主任というのもあながち間違えじゃない気がしてくるくらい、最近は重要な仕事も任されつつある。
ただ私の答えとは裏腹に彼女はどこかムスッと頰を膨らませる。
私とは違って、可愛いなと感じつつ頭をポリポリとすると彼女は覗き込むようにして尋ねてきた。
「先輩……本当に大丈夫ですか?」
どうやら心配してくれているらしい。
そもそも社会人にもなると大抵の人が疲れてる顔をするから気にも留めてくれないけど、やっぱり大学院生からしてみれば分かったりするのだろうか。
いや、そもそも大学院生は忙しいかな。
私は学位までしかとってないし、なんて言ったって文系だから分からないけど国際会議に学会があるらしいし。
この前、先輩の大学生時代について知るために大学院の関連動画を見てたら、ショート動画で出てきた動画でちょっと驚いたし。
「……気にしないで。一応これでも哉先輩よりも社会人歴長いんだから」
「それはまぁ、そうでしょうけど……なんかムカつきますね」
「え、どうして?」
「だって、先輩の先輩ならもっと……シャキッと、彼女……として。あぁもう、イライラしてきました! いきましょう?」
「……あははは」
先輩の事が、やっぱり嫌いらしい。
この彼女をどうやって説得するか、どうやったら認めてくれるか、どうやったら諦めてくれるのか。
難儀だなぁと考えながら、私は引っ張られた手を握り返しついていく。
昔と一緒だ。
この関係は、懐かしい。
ちょっと楽しい。それでも言わないとだめなんだ。
そんなことを頭の中で考えながら私は彼女についていくように、脚を動かした。
「……っ」
でも、その一瞬。
横顔から見えた暗くも切なそうな表情は気のせいだろうと見て見ぬふりをした。
☆☆☆☆
本当は……もう、分かっている。
私じゃ、先輩を幸せに出来ない事なんて。
あとがき
お久しぶりです。
またしても遅れてしまい申し訳ありません。
小出しにはなっちゃいますが、なるべく更新して三章終了まで書いていきます!!
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