第76話



◇◇◇◇◇◇◇


「それであの、ここは基本文的に考えたらループ関数を使う感じなんですか?」

「詳しいな。まぁ、そうなんだけどそれだけだったらちょっと面倒くさくなるからこうするといいと思う」

「でも、さすがにそういうことしちゃうと後から分からなくなるんじゃないんですか?」

「別にラベル付けしておけばいい。コメント付けは必要だし、何よりも説明書としてあとで研究室全体にまとめる必要もあるから、面倒なところは省いたところがいい。それに、容量問題もあるからな」

「容量って、数バイト程度じゃないですか」

「その一バイトを争う世界なんだ。それにな、応用法は知っておいた方が勉強になる」

「うぅ……」

「まぁ、実際。気持ちは分かるけどな」



 芹沢楓こと、楓ちゃん。

 ちょうど、先輩と別れ、卒業し、私が三年生の頃に出会った後輩の女の子。

 気難しくて、真面目で、ちょっぴり強情な性格のせいかあまり周囲に馴染めず、声を掛けたことがきっかけで慕ってくれるようになった後輩でもある。

 私が大学生の頃のオープンキャンパスでも現れ、連絡先は知りつつも仕事に打ち込む途中であまり会わなくなった彼女が唐突に私の元へ現れた。


 その理由は私が先輩と付き合っているからというもの。

 所謂単純な独占欲、簡単に言うならば乙女心。

 過去、告白をしたように、諦めきれずに私を追いかけてくれている。


 

 そんな彼女が追いかけて、再会を果たして。

 私の心残りと、彼女の気持ちへの決着をなぁなぁにしからこそ、今まで頼ってばっかりだった私が自分でなんとかしたいと先輩へ言ったはずなのに。


 そのために今はどうするべきか考えている最中だったはずなのに。

 なんなら、「そういうときはガツンと振らなきゃだめじゃないの? 面白そうだけど」なんて純玲からアドバイスまでもらったところだと言うのに。



 なぜか、その張本人と言えば。

 私の目の前で鎮座していた。


 それもただ鎮座していたわけではない。

 彼女は哉先輩と一緒に鎮座しているのだから。

 二十二時を回るこの夜中に、並んでパソコンを見つめているのだから。


「……な、なんで、こんなことに」


 私は先輩の家のシンクからお茶を取り出しコップに注いでごくりと飲み込む。

 キュッと音を立てて流れ込む冷たいお茶はどの季節でも美味しいと感じるほどなのに、今日だけはあまりおいしく感じなかった。


 理由はもちろん二人だ。

 約束をしていたわけでもないけど、今日は一緒にゲームでもして気分を変えてみようかななんて考えていた。

 

 でも、こうなっている。

 だいたい、楓ちゃん。

 —―――――そのポジションは私のものだもん。



「っ」


 って違う違う。

 私、可愛い後輩に何を嫉妬してるんだろう。

 おかしい、おかしい。いや、先輩たちもおかしい?


 いや冷静になって見れば必然かもしれないのかな?

 二人の関係は今、教育係とインターン生。それも普通のインターン生というわけでもなく、二週間以上滞在する大学院のインターン生だ。かく言う私も去年、インターン生を受け持ったことがあるがかなりの質問を受けるし、実働時間もその分長くなるため解答するのは夜の場合もある。


 とはいえ、楓ちゃんはちょっと特殊でもあるけど。というよりか社員の家にお邪魔してまで聞きたいことがあるってちょっとやばい……気がしなくもない。


 未成年ってわけでもないから、大丈夫な気もするけど。ただこんなの噂になれば一発で立場が弱くなるものでもある。


 ろ、ろ、ロリコンって言われかねないし。


「おい、大丈夫かことり?」


 そんなことを考えて頭の中がぐるぐると回っていると目の前に先輩が立っていた。

 目を覗くように体を屈めて、私の瞼のそばで手を振っている。


「あっ、先輩。いいんですか? 楓ちゃんに教えなくて」

「あぁ、ひとまずこれで終わりかな。芹沢のやつ、結構がっついてくるっていうか。というか、俺嫌われてるんだよな?」


 嫉妬心を押し殺し、パソコンを開きカタカタと何かを打っている彼女の方を見つめながらそう尋ねると先輩は向き直って呟き、付け足すように不安そうな顔を浮かべた。


「嫌われてるには嫌われて……るとも言い難いですね、あの感じだと」

「……いやぁ、でも、やっぱり見られてるときは睨まれてると思うんだよ」

「(……ん)」

「え、なんでことりも睨むの?」

「い、いえ。別に何も」

「ほ、ほんとか?」


 逆恨みというのは分かっているけれど、やっぱり嫉妬してしまう。

 先輩が楓ちゃんに浮気だなんてするわけはないのは分かっているけど、ちょっとだけモヤついてしまう。


 ただ、それ以外にも自分で何とかしたいのに、何ともできない無力感からなのかムカッとしてしまうのもある気もする。


「はい……それじゃあ、その。先輩は何もしてないんですね?」

「何もって言うのは、あ。うん。別に俺たちのことを信じてもらおうっていうのはことりがなんとかするって言ってたし」

「そう――でしたか」


 改めて聞いてみるとやっぱり何かしたわけではなくて、楓ちゃんの方から来たようだった。


 なんで、一緒にいてくれるのか。

 あそこまで怒っているのに一緒にいてられるのか。


 距離感が図れないのか、真面目なのか。

 私怨と私情と仕事は別だからなのか。


 ただ、話が合ったからなのか。


 最後はありえないだろうけど。やっぱり不思議だ。

 今後、彼女と仲を取り持って、考えていくのならば、そこから考える必要もある。


「っとこれをこうして……」


 私のことは認められないけど、それでも立場上離れられないといった感じだろうか。


「それとも、やっぱり手助けしたほうがいいか? って言っても今回ばかりは俺が何かしても逆効果な気がするけど」

「ですね」

「なんとかしたいけどな」


 それとも……ただ、ただ、ただ。






「—―私への……なのかな」


「ん、何か言ったか?」


 ぼそっと聞こえない大きさで漏らした声。

 哉先輩は「すまん」と言わんばかりで聞き返すも、私は左右に首を振る。


「なんでもないです。ただ、ちょっと……考え事を」

「おぉ、そうか」

「はい。それじゃあ――楓ちゃん」


 そして、私は彼女へ声を掛ける。


「—―週末、二人でどこかに行かない?」


 振るも話すも何もかも、まずは私から声を掛けて見なければ始まらないのだから。




あとがき

 またまた遅れてしまってすみません!

 ここから仲直り&恋仲進み編も佳境?ですかね?


 


 


 

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