第70話
「じぃーーーーー」
時刻は夜七時過ぎ。
会わない予定だった彼女との逢瀬に舞い上がっていた俺の胸の内は唐突な出来事によって、早くもぐちゃぐちゃに壊されていた。
「そ、そんなに鋭い目で睨まないでくださいよ……」
「……どことなく、どこかで見たような…………」
ギラリと輝く、まるで闇に乗じて獲物を狩るハンターの様な目で俺を見つめることり。
そんな目を意にも介さず何やらぶつぶつと分析を始める芹沢。
両手に花。
非の打ち所がない二人。
そんな二人に挟まれてる状況は羨まれるのかもしれない状況でもある。
しかし同時に、修羅場と化していた。
過去、ことりにこんな感じで詰められたことがある。
確か、俺の家でご飯を食べていた時にかかってきた電話。
相手は普通に姉からではあったものの、誤解を解くのは一苦労した。
今では姉もとい母親とも良好な関係を築いていけてるが、正直冷や冷やしたものだ。
ことりって案外、睨むと怖いし、怒ると怖いし。
高校の頃は気づかなかったけど、濁点が付いた声、まじで恐ろしい。
ただ、その時とは話が違う。
姉でもなく、家族でもなく、ましては仲のいい友人っていう枠でもない。
言わば赤の他人枠に等しい。
本当に、最近知り合った――
もっと言えば、今朝知り合った――会社の後輩、インターン生なのだから。
そんな間柄をどう説明すればいいのかと悩んでいると彼女からの視線はより一層棘を増す。
さすがにヤバいと思いつつも、まず話すことから始めて見ることにした。
「あっと、その。彼女は色々ありまして……俺の下に配属になったインターン生で」
「いんたーん……へぇ」
「へぇ⁉」
「どうかしたんですか、哉先輩?」
「い、いえ、なんでも」
今、心なしか、ため口だったような?
というか、俺を下に見るような冷たい視線がすごく胸に突き刺さって痛い。
「あ、あの……藻岩さん。この綺麗な方は一体?」
「綺麗な方って……彼女だよ、俺の」
「あ、彼女さんっ。だから私にもこんな目を」
「そうだよ。なんとか誤解を解いてくれないか?」
「……仕方ありませんね。というか、私はこんなことをしに来たわけじゃないって言うのにです」
当たり前だとも。
俺もこんな修羅場にするために帰ってきたわけじゃない。
何よりも、ついてきてほしいなどと頼んでもないし、浮気したいわけがない。
そんな愚痴を噛みしめつつ見ていると、芹沢は一歩前に出て俺の横に並ぶ。
そして、自分の財布の中から一枚の学生証を取り出して前に出した。
「—―あれ?」
ことりが受け取り、学生証を見つめながら呟く。
一瞬、眉毛がぴくんと跳ね、何かに気が付いたのかという動作をしたが芹沢は続ける。
「この度、○○株式会社の研究課第一研究室に配属になりました。インターン生の芹沢楓です。藻岩哉さんの部下を一か月間させていただきます。よろしくお願いします」
「……」
なんでもない普通の自己紹介。
しかし、学生証をチラチラと眺めていたことりの瞳孔はみるみると大きくなっていくのがよく分かった。
「ことり?」
流石に気になって彼女の名前を呼ぶとことりは目を見開いて、俺、ないし芹沢の方を見つめる。
じっと見つめ、そして自分の顔を指さし言った。
「……かえでちゃん?」
「え?」
「私だよ、私。栗花落ことりだよ、かえでちゃん?」
パチパチと見開くエメラルドグリーンの瞳。
後ろで結えた亜栗色の髪の毛がひらりと揺れ、下へと伸びる。
指にはさっきまで髪をまとめていた黒ゴムが挟まれ、最近は見ない姿が露わとなる。
ついさっき、あんなにも怒りの表情を浮かべていたはずのことりが今度は嬉しそうな笑みを浮かべつつ。
芹沢の手を取った。
「……あ、ぇ」
何が起きているのか。
鈍感ではないと自負する俺にはよく分かった。
「せ、せんぱいっ」
それは、芹沢が俺の名前を呼ぶ時よりもラフで。
それでいて、甘く、穏やかな、慣れた声音が響き渡る。
「せんぱい、会いたかったです‼‼‼‼」
新たに、あの日を思い出す様な。
二人の再会が始まったのである。
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