第66話
そして、髪を乾かし、軽い晩酌を終えた後。
◇◇◇◇◇
「……やられたな、これは」
リビングと廊下を挟んで向かい側。
子供の頃から誰の部屋でもなく物置と化していた客間を掃除してもらってから寝ることになったのだが……。
なぜ、俺とことりが立ち尽くしたままでいるかというとそこに無造作に置かれたベッドが原因だった。
普通のベッドなら別にいい。
今更ことりと一緒に寝ることが嫌だとか、そんなことは言わないし、そろそろそういうことをしてもいい時期なのかなとも思っている。
ただ、これはあまりにもだ。
許容を超えている。
だって、そこにあるのが。
なぜなら、
「……シングルベッドはないだろ」
端に寄せられ、この家ではおそらく使わなくなった家電や呼びのテーブル、そして椅子たち。
そんな物に囲まれて部屋のど真ん中で異彩を放っていたのはただのベッドではなく、シングルベッドだった。
セミダブルやダブルでもなく、シングルベッド。
いや、確かにシングルベッドなら特にことりの家で寝泊まりするときは同じようにシングルベッドだ。
俺はなんとなく余裕をもってセミダブル以上のベッドを買ったが、普通の一人暮らしなんてシングルで十分だし当たり前のはずだ。
しかし、場所が場所だ。
ここは実家で布団くらいあると考えていた。
それにシングルベッドなら壁際に寄せたりしてなるべく落ちないようにするだろう。なんなら俺が床で寝るように来客用の寝袋か布団を下に敷いてくれてもいい。
ただ、目の前の現状は違っていた。
シングルベッドがそのまま。
さも当たり前かのように枕が二つ、ベッドの上に並んでいて、「ここで寝てね」という言葉が聞こえてくる。
ただ、俺が内心動揺している隣でことりの方はと視線を向けると彼女は彼女でまんざらでもなさそうだった。
「し、仕方ないですねぇ……えへへ」
「お、おい、ほんとにこれで一緒に寝るのか?」
「はい、もちろんですよ~ぉ?」
ちょっと酒臭い。酔っぱらっているのか。
ことりは俺よりも酒に強いはずなんだけど、雰囲気につられて酔っちゃったとかなんだろうか。
ほろ酔いしてるみたいだ。
なんて考えているとことりがぎゅっと身を寄せた。
「っふふ」
俺が立ち止まっていると彼女は袖先を掴んでぎゅっと引っ張って先導する。
「……哉せんぱい、どうしてそんな嫌がってるんですか?」
「い、嫌がってるわけじゃないんだけどっ。って、おい――――押し倒っ」
バタンッ。
静かな七畳間の部屋に音が響く。
「せんぱいは……私のことが、嫌いなんですか?」
「っ別にそういうわけじゃなくて」
「わけじゃなくて……なんなんですか?」
「……ぁあ」
いやいや、どういう状況だよ。
普段受け身なことりがおかしいくらい積極的だった。
俺の目を見つめ、まじまじと答えを待っている。
むしろ、答えづらい。
この状況自体別に嫌なわけでもない。ただその、ことりはこんな狭い場所で寝てもいいのかなっていう心配があるだけだ。
これじゃあ落ちそうで、お互い抱きしめ合わないと寝れないわけだし。
「はじめせんぱい?」
「っ――」
俺が答えを言うことを渋っているとますますことりの顔が近くなっていく。
まっすぐと目を合わせ、まるで覗き込むように顔を近づけてくる彼女。
唇と唇が振れそうになる位置まで近づけてきて、俺の理性のブレーキが過重に耐えきれなくなって動き出してしまいそうになる状況へ陥れてくる。
「っん」
「はぁむ……」
カシオレのお酒の残り香が鼻をつんとさせ、そしてすぐに俺の唇を彼女のそれが覆うように重なった。
キス、というよりも吸い貪ると言ったほうが近いかもしれない。
固まっている俺に対して、どんどんと近づいてくる彼女は肌を重ねて覆いかぶさって、さらにこっちの身動きを封じるように力を増してくる。
柔らかい。
そして温かい。
最高な心地よさが身を襲い、余計に力が入らなくなってくる俺をいい事に彼女は次のステップへと進み、誘おうとしてくる。
ここで、なのか。
そんな考えすら及ぶ中で、彼女は深く唇を重ねてきた。
「んぅ」
「んっ」
温かくやわらかいそれを乗り越えてくる何かが俺の中へと侵入して、頭の中が真っ白になってくる。
何年ぶりだ。
いや、初めてかもしれない。
失敗した初めての日でもこんな口づけはしたなかった。
もっと柔らかい、ソフトなもので、高校生らしいもので。
「ぁっ……んぅ」
「っちゅ……ん!」
少なくとも俺の唇を吸い込もうとしてくるような感じではなかった。
「しぇ、はじ……め……しぇんぱいっ」
「っこ、こと、り……っ!」
やばい。
引き込まれる。
二度目は……絶対になぁなぁで済ませたくはなかったからこそ、慎重に選んでいた。
愛華さんからも託されたし、ことりの人生設計だってある。今日はそういうものは用意していないからこそ、これ以上越えてはいけない。
しかし、我慢する俺を追い込んでくることりのせいで頭が真っ白になっていく。
その、いつもと違って切れがない”はじめせんぱい”が理性を奪い去っていこうしようとする。
我慢できなくなった腕が空に伸び、ことりの肩を掴んだとき。
まるで見計らっていたかのように彼女はするすると顔を離していった。
「っぷはぁ……せ、せんぱい、顔赤いですよぉ?」
「だ、誰のせいだよ……っ」
「えへへ、好きですぅ」
満面の笑み。
だが、どこか蕩けているような淫靡な笑みだった。
喉をなぞり落ちていくどちらのものか分からなくなった唾液が喉をぎゅっと鳴らして、音が響く。
ここから始まるのか、そうドギマギとしていると彼女はゆったりとベッドへ倒れていく。
俺を優しく引っ張りながら倒れ、そして抱きしめて、すぅすぅと寝息を鼻から鳴らす。
「……眠たく、なりましたぁ」
「えっ、お、おい」
「せん、ぱい……好き、です」
「こ、ことり?」
戸惑っている暇さえなかった。
そのまま抱きしめようとすることりにつかまったままだった。
「んっ⁉」
身を寄せる、寝ながら寄せられる。
引っ張られた顔は不可抗力に彼女の豊満な胸の隙間へ挟まった。
パジャマごしとはいえ、ふぁさりと顔を包み込み……。
「こ、とり……」
最大級のお預けを……ん?
ただ、体温が冷たい。
思い返してみれば、そうだった。
彼女の胸はパット入りだったのだ。
「っふす……」
俺の母親に見栄張らなくてもいいのに……。
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