第65話
◇◇◇◇◇
「ねぇ、ことりちゃん。梅酒とカシオレどっちがいい?」
「んぁ、わ、私はどっちでも大丈夫です。お姉さんは?」
「ん~~そうね、梅酒がいいかな?」
「じゃ、じゃあカシオレにします。ありがとうございますっ」
すっかり夜も更け、哉先輩のご両親とお話もした後。
哉先輩がお風呂に入っている間に暇そうにしていた私に声を掛けてくれたのはお義姉さんのえりかさんだった。
梅酒缶を開けて、私の手にあるほろ酔いのカシオレ缶にぶつけて片目をパチリと閉じて呟いた。
「かんぱいっ」
「か、乾杯っ」
慌てて言い返すと笑みを溢して一口含む。
その何気ない仕草でもとても画になるように思える。
きっと、私が美大に進んでいたら懐からペンを取り出してキャンパスに書き始めているところだろう。
先輩は色々と言っていたけど、やっぱりえりかさんはかっこいいというか綺麗で美しかった。
上品さ、というか。
私にはまだまだない大人の魅力が詰まっていて羨ましくも思ってしまう。
そんな尊敬と嫉妬を込めて彼女を見つめていた。
すると、彼女は目を見開いて私の方をちらっと見つめてきた。
パチリと開いた目と私の目が合う。
真っ黒な瞳。
そして、その瞳孔。
所謂日本人の瞳。
大和撫子のようにお淑やかで優美で思わず見惚れてしまいそうになる。
瞳でこんな風になるのだから、もしも
「背中流してあげよっか?」
という誘いに乗っていたらどうなっていただろうか。
引き込まれて取り込まれてしまう――なんて、異界に行ってしまう西洋風の昔話でも始まってしまうかもしれない。
そんな風にえりかさんの顔を見続けていたら、その美しい瞳と目がぱっちりとあった。
「っん?」
「あっ……いや」
すぐさま気づいて顔を背けたが時はすでに遅かった。
目の色が移り変わり、口角がやや上がる。
悪戯な笑み。
先輩はあんまりしてこないけど、どうしてかやっぱり哉先輩の顏が重なる。
ちゃんと家族なんだなと感じる。
そんなことを感じていると、えりかさんが再びいじめるように尋ねてきた。
「そんな見つめてどうしたの? 私これでも恥ずかしがりやなんだけどな」
「す、すみません。ちょっとだけ……」
「ちょっと?」
梅酒缶を唇に付けながら首を傾げる姿に私はまたしてやられる。
少し考えて、結局嘘をついても見抜かれてしまうだろうと思って上下に振って頷いた。
「……綺麗だなと、見惚れちゃって」
すると、彼女は目を見開いて固まったのち、ゴクリと喉を鳴らして笑みを溢した。
「っはは……何々、お世辞?」
「お、お世辞なわけないじゃないですか! 本心ですよっ、本心!」
「えぇ~~、ほんとに? 私から見たらことりちゃんの方が可愛いと思うけどなぁ」
「わ、私は……そんな、別にまだまだっていうか」
「ふぅん……まだまだねぇ」
私が首を横に振って否定すると目をじっと細めて身をググっと寄せてくる。
「あっ、えっ……んっ」
くんくんくん、と。
まるで飼い犬が家に入ってきた人を確認するかのように鼻を近づけて私の方を確認してきて、身が硬直する。
「な、なんですかっ!」
さすがに耐え切れなくて肩を掴んで身を離すように促すと、えりかさんはニヤニヤと口角を上げながら私をまじまじと見つめてくる。
「いやぁ、別に確認してただけだけど?」
「か、確認って……別にそこまで近づかなくてもいいじゃないですかっ」
「えぇ~~だってほら。匂いとかもさ?」
彼女は私の反応を見ながら楽しそうに再び近づいて耳元で呟いた。
直後、ゾワッとする感覚が背筋を襲い、体がピンッと背伸びして硬直する。
「っな、何をするんですかっ!」
「んはははは! 面白いね、ことりちゃんは! あんなにお母さんとお父さんとは仲良く話せるのに私とはできないのかな? 電話口ではいっぱい話してくれたのにっ」
「っあ、あれは別に……というか、お義姉さんが変なことしてくるからじゃないですか!」
「んふっ。だっていじめがいがあるし?」
「……こんなことされたら嫌いになっちゃいますよ?」
「そ、それは困るかも」
「じゃあやめてくださいっ」
真面目に嫌がってみると彼女はむすっと頬を膨らませて呟いた。
そして梅酒缶を唇に付け離し、テーブルの上にコツンと置く。
「……なんか、ちょっとお義姉さんのこと勘違いしてましたよ。私」
「勘違い?」
「はい。もっとこう、優しくてかっこいい方なのかなと」
私がそう言うと彼女はまたもや笑みをこぼして言う。
「実際そうじゃないかな?」
「そうじゃないですよ……半分くらいは」
「半分認めてるじゃん」
「たった半分ですよ。なんかこう、かっこいいけど案外意地悪して来たり子供っぽいところがあるなって」
「子供ってねぇ……まぁ、ちょっとだけ分からんでもないけど」
「そうなんですか?」
「……綺麗って言われる割には彼氏一人もできないし」
そこまで意味を込めて言った言葉じゃないんだけど、えりかさんの方は深刻な声音で呟き溜息をついた。
「そ、そういうわけじゃなくて……」
「ん……さすがの私も、弟の彼女さんに慰められるなんて惨めな話」
「なんでもないです」
「あぁぁぁ~~ねぇ、ことりちゃん? 私に男紹介してくれない? ねね、いないかな?」
すると、ついさっきまでの余裕しゃくしゃくなお姉さんな雰囲気がどこかに去っていった。
というか、さっき以上にこれじゃあ子供な気がするけど。
ていうか、お義姉さんってこんなにも女々しい感じだったっけ?
あ、でも女々しいって女性に使う言葉じゃないんだっけ。
「ねぇ、いいでしょ? ねぇ~~私も早く結婚しない取ってお母さんから言われててさぁ~~」
「わ、分かりましたから! そのくらいはしますから!」
「え、ほんと⁉」
「は、はい……ほんとですっ」
「うへへへ~~これでこそ義妹よねぇ! かわぃいぃぃ!!」
すりすりと身を寄せてくるこの感じにも慣れてきた頃。
ちょうど廊下の方から音がして、タオルがぼとっと落すような音がした。
「……ことり、姉ちゃんとくっついて何してるんだ?」
「あ、哉ちゃん! お姉ちゃん彼氏見つかりそうかも!!」
なんだか、色々と話がこじれてしまいそうです。
◇◇◇◇◇
「……いでっ! な、なんで頭チョップするのよ!!」
「当たり前だろ、弟の彼女に男なんかねだるんじゃねえよ!」
お風呂上がりのかっこいい哉先輩と負けず劣らずの綺麗なお義姉さん。
そんな二人のこの雰囲気がちょっと心地よく感じてきた私はおかしいのかな。
「—―っぷははは」
思わず零れる笑いに我慢できずにいると二人が不思議そうな視線を向けてくる。
「……おもしろい、ですねっ」
この感じ。
私の思春期になかった、ほしかった家族像が重なって……より一層この輪に入りたいなと実感した瞬間だった。
あとがき
遅れました!!
これからも頑張ります!
新作も仕上げなければ!
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