第63話
◇◇◇◇◇
そんなバレンタインもあっという間に過ぎ、カレンダーの日付はあっという間に二月も下旬に変わっていた。
お互いに仕事は安定してきて、以前よりも二人きりで会うことも増えてきた。
家でことりが作ってくれたご飯を食べるのはもちろん。
休日は街に出かけに行ったり、ウインドウショッピング。
最近気づいたことだが、ことりってかなりお洒落に興味があるらしい。
再会した時にも垢抜けたなって思ったけど、今はもうそれ以上って感じで、この前たまたま開きっぱなしのクローゼット覗いてしまった時はザッと百着はあった。
俺なんかいつも同じような服を着まわしているし、購入先も大体は駅前の◯ニクロや◯Uばかり。
ただ、そんな彼女を見ていると刺激になってとてもいい。
他にも色々した。
オスカーを獲った日本のアクション映画を見たり、たまにはホラー映画を見たり。
怖いシーンでことりが思いっきり腕にしがみついてきたのはちょっとびっくりしたけど高揚感があった。
そんな帰り道には一人ではあまり行かないオシャレなカフェに行ったり、パンケーキを食べたりと食事も楽しんだ。
久々に行った穴場のあのカフェでは店主のおじさんに「おぉ~やっぱり付き合ったんか」と茶化され、我ながら中高生みたいな数週間を過ごしたと思う。
まぁ、いつになったらすることするんだって思うかもしれないけど、この状況がお互いに心地良いし、いずれ一線を越える時期がやってくる。
それまでは、足踏みでも良いから今の甘い状況を楽しみたい。
そんな日々の中、俺の家でことりが作ってくれた夕飯を食べている時に一通の電話がかかってきた。
着信音はいつも使っているLINEのものではなく、デフォルトの電話アプリのものだった。
「哉、電話きてますよ?」
「あ、うん」
ポケットから取り出して、画面を見ると着信元は「母」と書かれてあった。
だからかと安心してほっと肩を撫で下ろすと、向かい側に座っていることりがジトっとした目で見つめてきた。
「こ、ことり?」
「…………」
しかし、ことりはまだ無言のまま圧力を向けてくる。
相手は母、別に何も怒られるようなことはしていない。
すると、彼女がぼそっと呟く。
「……浮気ですか?」
盲点だった。
まさか、そんなことをするわけがない。
ただ、思い返してみれば今までも彼女のそういう言動はあった。一度、姉から着信が来た時なんて俺が色々と焦りすぎてむしろおかしな反応になってしまっていたし。
流石に普通に言えばわかってくれるだろう。
「あ、いやいや、普通に母さん、母親だよ」
「え、お母さん?」
「うん。ほんと、ことりは嫉妬深いよな」
「し、嫉妬深いって……だって哉が分かりづらい取るんですもんっ」
「いやぁ、そこまでは……というか浮気しないから安心してくれ」
「だって、職場は女性が多いと」
「そうだけど、みんなそういう感じで仕事はしてないよ」
「……でも、女は……変態ですし」
「……気にするな。少なくとも俺はないよ」
そう言って、今にも切れそうなスマホの画面を押して電話に出る。
しかし、その瞬間。
小鳥が直前に何を言ったかを思い出した。
“女は……変態ですし”
え?
マジ?
てことは……。
『あぁもしもし、哉ちゃん?』
「も、もしもし、どうしたの母さん?」
しかし、間に合うことはなく……結局話が始まった。
◇◇◇◇◇
「あぁ、うん。それで何そっちの方に行けばいいの?」
『そうそう。だって食べ切れないもの、お土産以外にも知り合いからもらったジャガイモとか人参とかも段ボールで五箱くらい置いてったし』
「ま、マジか」
流石、おじいちゃんおばあちゃんだ。
うちの祖父母は田舎出身。
北海道の中でも太平洋側に接していて海にも恵まれ、近くには湖もあるという中々の観光地で、休日は人で賑わう田舎に家がある。
そんな場所だからこそか、さすが野菜だけは無限にある。
と言っても流石に俺だけじゃ、いやことりに頼んでも食べ切れないだろ。
まぁ、貰えるだけ貰うのはありだけど。
ことりの芋料理、普通に気になるし。
「でも貰えるならもらっておくよ、彼女に作ってもらうわ」
『いいわね、それじゃあ来週あたりに頼むわね』
「うん、いいけど。土日だよ?」
『それで大丈夫。あ、というか彼女さん? うちには来ないのかしら?』
すると、途端にことりの話を母さんは振ってきた。
一度、顔を上げて目を合わせるとことりはボーッとした様子で首を傾げる。
「どうして?」
『いやぁ、結婚でもするのなら挨拶をと。哉ちゃん、いい歳じゃない?』
「ま、まぁ……」
認めるけど、流石にいい歳って言われるのは早くないか?
でも、確かにことりの家にも挨拶とか考えてたけど案外済ませてしまってるからな。
うちには来てないし、いいタイミングかもしれない。
『それに、えりかが毎日言ってるわよ。義妹に会いたいって』
「姉ちゃん……」
『どう、大丈夫なの?』
「あぁ、今聞く」
そうしてスマホから口を離し、ことりの方を見つめる。
すると、再び首を傾げた。
「ことり、来週末。うちに来ないか?」
「え、実家の方、ですか?」
「あぁ……」
「っ」
そう言うとことりは頰をほんのり赤くさせ、目をパチパチとさせると逸らした。
「いいん……ですか?」
「いいも悪いも、今更な。当たり前に決まってるだろ?」
「っ!」
何も、ここまでの中になって今更何を気にしているんだか。
俺がそう言い放つとことりは虚を突かれたかのように肩を揺らす。
「大丈夫か?」
「はいっ……すみません」
すると、彼女はより一層顔を隠そうと横顔を向ける。
全く隠しきれていない耳は真っ赤で照れているようだった。
「お、お願いします……」
「お、おう? それじゃあ言っておくわ」
そして真っ赤なことりから目を離し、スマホを再び耳にくっつける。
「来るって」
『おーそれは良かったわね。じゃあ頼むわよ! 私もしっかりお化粧しなきゃね』
「もうおばさんなんだからいいだろ、別に」
『な、何言ってるのよ! 淑女の嗜みでしょ?』
「淑女って……」
電話の先からバタバタする音が聞こえてくる。もう五十代も後半、今更な気もするけどまあいいだろう。
「とにかく、それじゃあね」
『えぇ、彼女さんによろしくね』
「あいよ、姉ちゃんにもよろしく」
そして電話を切り、スマホをテーブルの上に置く。
顔を上げると目の前のことりと目が合った。
「あっ」
「ん?」
と思ったらすぐに視線を逸らされ、結局その日はそこで解散となった。
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