第53話
◇◇◇◇◇
「えっ、ほんとですか? うち、そんな様子はまったく……」
「いや、俺も別に確信があるんじゃないんだけどさ。ちょっと気になって」
アポなしの電話。
しかも、こんな何かありそうな夕方に掛けたのでそれこそ賭けだったが、彼女は三コール後にすぐに出てくれた。
奥から、何やら男の声が聞こえてくるのだが、おそらく聞き慣れた
最近は俺と帰ることもなくなり、仕事終わりはすぐに
まぁ、これがもしも違う男だったら、俺は関わりたくない修羅場に居合わせたことになるんだろうけど。
とりあえず、万が一にもないだろうからこっちの話を始めた。
一通り話すと三澄さんは少し驚いていた。
「でもね、いつも通りきびきびしていただけですし……結構、顔に出ますからねあの子」
三澄さんは少し難しそうに唸る。
彼女から聞いた話では今までとは変化はなかったらしい。
俺がいない間の数日間。
最初こそ、寂しそうな顔をしていたらしいけど仕事に戻ったらすぐさま次期主任の顔に戻り、繁忙期を超えた雑務を拾っては三澄さんにも渡していたという。
いかにも律儀な彼女らしい行動だが、それだけ聞けばそこまで異変はないように感じた。
実際、俺も確信が完璧にあるわけではない。
これだから、なんだというものがあるわけでもない。
ただ、三澄さんから聞いたことと俺の感じたことを繫げたらちょっと現実味が増してくる。そんなような気がした。
「栗花落、急に電話かけてきたんだよ。夜にさ。電話しないからって言ってたのに。寂しそうに『話がしたいって』言って」
「惚気……ですかって言っちゃいたくなりますね、それは」
「いや、まぁ否めないけど。でもあいつならあんなことしないんじゃないかって思うんだよ」
なんだかんだ言って、栗花落は律儀だ。
守ると言ったことはきちんと守るし、決めたことはしっかりとやり遂げる――方だったと思う。まぁまだ高校生だったから多少なりサボることもあった気がするけど、できることはちゃんとしていた。
「俺への電話と、そして終わったのに仕事を持ってきて忙しくするってさ。それぞれならそこまでじゃないんだけど……両方同時にしているって考えるとおかしくないか?」
二つ合わせると見えてくることがある。
俺がそう言うと、三澄さんは喉を鳴らして声を出した。
「っ――あ、でも。確かに」
「ん?」
「その、昨日のことなんですけど。うちが昼に誘ったら断ったんですよ。何か重要な電話があるって」
「電話?」
「はい。上司と話してるのかなって思ってたんですけど……あっ」
そして再び、三澄さんは何かに気が付いたかのように声を出す。
「な、何かありましたか?」
「えっと……確証はないですけど、なんか一昨日誰かと話してるところ聞いちゃったような気がします」
「誰か、と?」
「はい。いつもはそうそう電話なんてしないのに、最近に限っては良く席を外しますし……一昨日はたまたま居合わせちゃって」
「それは――どんな話だったんですか?」
すると、三澄さんは少しだけ間をあけた。
言っていいのかなと言う不安が垣間見えたが、俺はそれでも尋ねた。
「…………お母さんには、会わせたくないとか……?」
「お母さんに、会わせたくない?」
意味を考えた。
「いや、うちもよく分からなくて、でも……そんなことを言っていた気がします。あっ、藻岩さんじゃないと思うんです。一度会ってるって聞きましたし」
「ま、まぁ」
聞いてみても、一瞬だけじゃよく分からなかった。
ただ、ふと思い返してみる。
今までの栗花落の言動。
高校時代、俺を絶対に家には入れようとしなかった。
家の前まで送っても、何かと理由をつけて上がらせてもらえなかった・
最近では、母の愛華さんがストレス性の病気で入院していて、クリスマスの日にいち早く駆けつけたり、思いが爆発したり。
そして、一件が終わり、愛華さんに挨拶しに行ったあの日。
俺は栗花落への質問をされた。
どうする気なんだと、まるで世間一般で言う義父との顔を合わせのときの様な圧迫感で尋ねられた。
栗花落は、今、父がいない。
正確には離婚している。
それは前から聞いていた。
つまりじゃあ、そんな母に会わせたくないというのは……誰だ?
「っ三澄さん」
「な、なんですか⁉」
点と点がつながったような気がした。
まだ確信じゃない。
でも、あの栗花落が何もないのにあんな風には言ったりしない。
「彼女の父親、知っていますか?」
質問をする。
そして、俺が思い描いたように三澄さんは反応を見せた。
「—―えっ。あっ、まさか」
「多分、そうだと思います……あくまで推測ですが」
俺の推測も、そんなことはないだろうと言われることを覚悟していたが三澄さんはまるで分かっているかのように呟いた。
「ま、また、あいつ……いや、多分そうですよ、あいつなら」
「知ってるんですね」
「えぇ、これで二度目三度目ですからね」
「それは……そっか」
何を、昔もあったのか?
すぐさま聞きたくなったが今はそれよりも重要なことがある。
この後、どうするか。それだけだった。
「うん分かった。ひとまず、愛華さんに連絡できますか?」
「もちろん。でも、そいつがいつ現れるかとかって」
「今日、栗花落ってどうしてたかわかります?」
「んと、お母さんのお見舞いに……はっ⁉」
「やっぱり。それならきっと栗花落の背中を追ってきてる」
いつもの栗花落に限って、あからさまな墓穴を掘るようなことはしないだろうが。
あくまで、今は状況が状況だ。
焦っていて、それどこらじゃなかったのだろう。
だから、十分にあり得る。
「でも、それじゃあもう」
「いや、栗花落は面談時間ギリギリによく行ってるだろ。それに気づかないほど馬鹿じゃないはずだ。仕事はできるって栗花落から聞いたこともあるし、時間にはシビアな筈だ」
「ていうことは――」
「多分、明日の、土曜日の……時間は分からないけど、向かうはずだ」
ガバガバな推理だけど。
理系の端くれにも置けないほど、因果関係が曖昧だけど。
ただ、可能性はやはりゼロではない。
むしろ、回りくどいやり方をしなければ栗花落は会わせてくれないと分かっているはずだ。
「それじゃあ」
「ひとまず、愛華さんに連絡をしてくれると助かる」
「分かりましたっ。でも藻岩さんは、出張中じゃ――?」
切羽詰まる。
正直、そこまで考えてはいなかった。
ただ、想い人のピンチに指をしゃぶって見ていられるほど馬鹿じゃない。
愛華さんに宣言した以上、そして栗花落に対して抱いている以上。
無視はできない。
だから、俺は。
「気にしないでくれ。今から、そっちに向かう」
「っ――それでこそ、ことっちの彼氏ですね!」
そんなこといいんですか? なんてヤワなことは聞いてこない。
三澄さんは文字通り、自信気に言い放つ。
「まだ、違うけどな」
「まだって……満々ですね」
「あぁ、とにかく。頼むわ。それじゃあ!」
そうして電話を切り、俺は急いで支度をし、隣の部屋へ移動する。
二人分の部屋をノックし、出てきたオフモードの鮎川さんと田中さんへ一言告げる。
「単刀直入に言います。一度、北海道へ帰ります」
「……え?」
「はい?」
「明日の夜には帰ってくるので、すみません! 始末書とか諸々は絶対に書くので、お願いします‼‼‼‼‼」
二人の驚く表情を背に、俺は開けたワイシャツ姿で、一月の仙台の街を走り出した。
肺が凍るほどに寒い外気に触れながら、それでも止まることはできなくて。
◇◇◇◇◇
—―――ぶるぶる。
朝、部屋に射し込む冬の陽の光にやられて目を覚ますとスマホが通知を知らせるバイブを鳴らした。
「ん……こんな時間に、誰?」
完全オフモード。
これから朝ごはんを作り、それからと言うときに――またしてもあの人からの宣告だった。
”愛華のやつ、市立病院に入院したんだね。これから会いに行くよ”
「えっ」
どうしてバレている。
一瞬思ったが、考えてみれば当たり前のことだった。
あの人とお母さんの間に立ち、壁になっていたはずの私が考えなしに、月一回行う面談をしに行ってしまったのだから。
つけられていて、その位置がバレたんだ。
赤の他人なら、どうにもならない。
ただ、あの人は元家族。
今、仲がいい看護師は去年からこの病院に転勤してきた人で関係性を知らない。
だからこそ、もしかしたら言い包められて、鉢合わせになる可能性もある。
ベッドから起き上がり、時計を見ると九時半。
面会時間の開始時刻は十時。
残り三十分。
支度をして、どんなに急いで向かったとしても確実に二十分はかかってしまう。
しかし、だからと言って何もしないわけにもいかない。
「っ――‼‼‼‼」
私は、ダメ元でも急いで準備を始め、家を出た。
「っはぁ、っはぁ」
走る。電車乗って、残り十分。
メールが来てることからして、もうその場所にいるはず。
「っはぁ……っく」
電車を降りて、残り五分。
このまま改札を抜けて、そのまま出口を抜けて、数分。
間に合わない、やばい。
走って、走って、走って。
そして、市立病院が見え―――中へ。
「それじゃあ、こちらです」
「うん。ありがとうね」
看護師さんと話しながら、病室へ向かうあの人が見える。
いつもの会談ではなく、エレベーターへ乗り、残り数秒。
しかし……エレベーターの扉が閉まり。
「っ」
つまり、私は間に合わなかった。
◇◇◇◇◇
「—―あなたが、小野寺雄太郎さんですよね」
「っ――だ、誰だね、君は?」
「すみませんが、あなたを通すことはできませんよ」
間に合わなかった。
そう思い、エレベーターから降りるとその場所には……いるはずのない先輩が立っていた。
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