第50話
50話いきました~~。
というか、ここまで継続的に読んでくれる読者様がこんなにも増えてくれて感激です。
これからも、少なくとも二人がつながる未来まで読んでいただけると嬉しいです!
では本編へ↓
◇◇◇◇◇
「それじゃあ、うちは博也くんとディナー食べに行ってくるから、それじゃあね~」
翌日の仕事終わり、多忙だった時期を乗り越えようやく自由な時間が増えた中。
純玲はすぐさま予定を作り、私の前を足早に立ち去って行った。
それも、手を振り、心底楽しそうで嬉しそうな笑顔で。
きっと、彼女もまんざらでもないくらいに楽しみなんだろう。
いつもの彼女からは見て取れない殊勝な素振りで、乙女に去っていくその表情。
もしもこれが彼氏ができない独身女性にでも見られたりでもしたら、うっかり顔を殴ってしまうほどに幸せ満々であり、私の胸にも少しだけ堪えた。
勿論、私だって先輩との予定は元々決めていたつもりだった。
純玲やそれこそ久遠さんとも連絡を取り、飲み会を開いた後、そのままお持ち帰りされて――だなんて妄想までしたというのに、今やそれも叶わない。
神様と言うのは残酷と言うか、悪戯好きと言うか。
この数か月間でそれを呆れるくらいに感じてきたように。
彼は今、北海道ではなく仙台にいる。
理由は学会発表での出張。
当初は北海道会場だったらしい。
私でも知っている市民ホールで行う予定だった。
東日本地方の半導体開発に関わる研究者が集まり、その成果を発表する場だったのに、そうはいかなかった。
理由は色々。
冬の諸々だったり、ホテルの都合だったり、電車の工事だったり――それこそ神様の悪戯的な偶然が重なり変更を余儀なくされたとのこと。
その変更もひと悶着あったらしく、妥協策として他の研究の発表会に割り込ませる形をとったことで中々珍しい一週間という長い時間の学会になったとのことだ。
私もあまり詳しく聞いていないから分からないが、どうやらこういうことは初めてでもないらしく、先輩は嘆きつつもそこまで悲観的ではなかった。
どころか、仙台旅行もできるし、牛タンも食べれるとちょっと張り切っていた。
私的には腹が立った。こっちがどれだけ思っているか知らずに……なんて。
先輩はきっと「俺は大丈夫だから」と言うのを見せたかっただけなんだろうけど。
でも、一週間って言うのは元々の一日と比べると大きくて。
先輩の発表は最終日らしいし、終わってすぐ帰るわけにもいかないような日程でもある。
「……はぁ」
考えてみれば、社会人なんて予定外のことが起こるなんて普通のことでもある。
私の仕事だって、人数が少ない部署のせいか一人でも体調不良で休んだりするときつい日もある。
一度、私が熱を出して休んでしまった時なんて色々と迷惑をかけたことがある。
逢坂君の教育係として頑張っていた時に、それを教える人が休んだや否やすべてのしわ寄せは純玲に収束した。
おかげで、復帰後の仕事帰りはチャーシューマシマシのラーメンを奢らせられたし。
そうやって自己責任の社会で揉まれながら、私もそして先輩も互いに頑張っている。
「……せんぱい」
ただ、やっぱり。
その理由や理屈は分かっていても、こうして会えないのはとても辛い。
寂しい……と言えばいいのかな。胸がきゅっと引き締まるというか。
私たち、いつも大事な時に会えていなし。
このままずるずる進んだら、もしかしたらバレンタインデーもチョコを渡せず仕舞いで終わりそうだし、怖い。
「……生チョコ、トリュフ、うーん。やっぱりパウンドケーキなのかな?」
なんて、現実逃避と言う名のチョコ選びを頭の中で考えぶつくさと呟きながらいつもの地下鉄の駅まで歩いていく。
雪は少し。
ねちゃねちゃはしない、サラサラな雪。
いかにも北海道の雪と言った感じ。
雪と言えば、先輩とスキーに行くのもありなのかもしれない。
唯一できるスポーツはスキーとスケートだもんね私。
大学の時にいろいろやってみたけど、野球もサッカーもバスケもテニスも点でダメ。
極めつけにはキャッチボールも、ランニングだってままならない。
まぁ、シャトルランの最高が四十回だった女には無理な話だとは思うけど。
「なーんて」
こんなこと考えてるのは単なる気の紛らわし。
「……結局は、待ちよね」
長くて、辛いけど。
やっぱり一週間。
そのくらい待てなくて何が社会人だという話で、私は頬を少し叩き、そのまま家へ帰った。
地下鉄を降り、改札口を出て直進し、階段へ。
そこからまた数分間歩き、すっかり真っ暗になった薄暗い夜道を歩く。
やがて、マンションが見えてくると――誰かの影も一緒に映った。
「ん」
珍しい。
マンションのエントランス口の目の前に、見知らぬ車が止まっていた。
外には寄り掛かるように煙草を吸うシルエット。
おそらく影からしても男性のようで、私は少し歩くスピードを緩めた。
知らない顔、だと思う。
車持ちならそこまで十人の少ないマンションのせいかはっきり覚えているし、何せこんな風にエントランス口の目の前に止めたりはしない。
となると、客人。
誰かの彼氏、と言われれば納得も行くけど――若い感じはしなかった。
結局正体も分からず、ゆっくりと近づき……そして。
—―目が合った、その瞬間だった。
「……っ」
私の目はビリビリと振動した。
胸の内側から、真っ直ぐと伸びる背筋までが一気に凍り付く。
疑った、そこにいる人の正体を。
だって、もう会うはずのない人だったからだ。
先輩と会ってこれからと言うときに、母とも仲を取り戻してこれからというときに、家族だんらんを身に染みて感じた後に。
この仕打ちはいくら何でも腐っている。
もう会わない、会う理由もない、会いたいとすら思っていない。
顔なんか見たくない……でも、心のどこかでしこりの様に残っていた張本人。
母の後悔で、私自身の後悔で、決着をつけることすらできなかった相手。
先輩と私の、恋仲での間柄の話ではなく。
家族間の話。
嫌いで、顔も合わせる理由がないから会っていなかったわけではない。
母のためにも、私の未来のためにも……絶対に会ってはいけなくて、気を許しちゃいけない相手なのに。
声を掛けられて、何かできるのではなかったのかと思い出してしまうのだから。
そこには私の胸の内を小さくも深く蝕んでいた原因で。
その場に釘づけにされたように、動けなくなってしまう。
「……大きくなったんだな、ことり」
――栗花落
今の名を
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