第46話
◇◇◇◇
昨夜、結局俺と栗花落はお酒による強烈な眠気により特段何をすることもできず、風呂にも入らず、リビングで寝てしまった。
翌朝、目が覚めると勿論のこと栗花落に頭を何度も下げられて、なんとか彼女を説得して風呂に入らせ、そして着替えてから数時間。
すっかり陽も上り、落ち着いた栗花落はキッチンで正月と言えば――で浮かんでくるお雑煮を作っていた。
「先輩、お餅は何個食べたいですか?」
「うーん、二個にしようかな?」
「そうですか、それなら焼いてくださいっ」
「じゃあ、聞くなよ……」
「寝顔を見られたお返しですっ」
今朝の慌てようはどこに行ったのやら、栗花落はキッチンから顔を出し悪戯に笑みを浮かべてそう言った。
寝顔を見られたというのは少し語弊がある。
だいたい、俺の膝で栗花落が寝落ちしたのが事の始まりなのだ。
焼酎を何杯も飲み、念のため買ったチューハイまで二缶飲み干した彼女はそれはもうべろんべろんの泥酔状態。
もはや、再会して感じた垢抜け清楚――とも呼べる印象はどこかに消えていったんじゃないかと思えるほどだった。
もちろんそんな姿を見た栗花落は昨日の夜のことを執拗に聞いてきた。
私変なことしてませんでしたよね? 大丈夫でしたよね?
と真っ赤な頬を抑えながら一生懸命に。
覚えているんじゃないかと思ったが、どうやら本人はしっかり覚えてはいないようで俺も少し安心した。
それに正直、あの姿の栗花落を知っているのは俺だけしかいないと言う背徳感がちょっとたまらん。
「かわいかったぞ、寝顔」
「……やっぱり、お雑煮も先輩が作りましょうか?」
「じょ、冗談」
「冗談なんですか、そうなんですか、それじゃあ先輩のは作りません――」
「あーいや、冗談じゃないって!! 尋常もないくらいに可愛かった、ほんと、すっごく!」
「し、ししし、仕方ないですねっ~~」
どっちをとっても外れしかない二択を迫られ、寝顔を見たという情報で有利には立てず。
栗花落は耳の先を赤くしながら、どこか嬉しそうにニマニマと鍋を見つめていた。
そんな彼女の背中を通り、オーブントースターにパックで買った餅を三つ置いてボタンを押す。
「栗花落は一つでいいのか?」
「ま、まぁそうですね。餅はちょっと、太っちゃいますから」
「ほぉ、そうか」
ピッと音が鳴り、ブーとヒーターが音を立てて赤く光り出した。
実際、餅も米からできているわけだし炭水化物なんだろうけど、そこまでかとふと思った。
別に、栗花落の体からして体重を気にするほどとは思えない。
昔からそうだったけど、栗花落はスタイルがいい。今や偽乳で持っているせいもあり、余計にスタイルの良さが際立っているし、お腹周りなんて細すぎて心配なくらいだ。
むしろ、運動不足で椅子に座り続けるばかりの俺の方が肉がついてきているし。
「—―でも栗花落が気にするって、意外だな」
ただ、念のため地雷を踏まないように、そっと呟くと彼女は指を立ててちっちっちと横に揺らす。
「一応、私だってこの体型を維持するために頑張ってるんですよ」
「具体的に何をしてるんだ?」
「毎週、ジョギングに行ってますね。あとは毎日軽い筋トレもしてます」
「ほぉ、ちなみにどれくらい?」
「十キロほど」
ふつうにえぐい。
もはやジョギングの域を超えている気がする。
まだお腹とか見たことはないけど、きっとあの頃の面影もないんだろう。
「あ、あの……どこ見てるんですか、変態ですか」
「へ、変態だなんてっ。マジで見てないぞ、何も」
「目を逸らしておいてそれは無理がありますっ」
跳ねる語尾と一緒に栗花落の指が俺の額へとピンっとぶつかった。
「いてっ」
「寝顔のお返しも込めてですっ。あ、先輩、お餅焼けたらお皿に入れておいてください」
「お、おう。分かったよ」
ほんと、栗花落のデコピンは高校時代と変わらず結構痛いんだよな。
結局のところ、俺からの反撃は全く持ってできず仕舞いで、颯爽と焼きあがった餅をお椀に置き、朝を少し過ぎた十時頃に食卓に着くことになったのだった。
◇◇◇◇
日中から少しだけお酒を嗜んだ俺たちは、適当につけた駅伝の番組を眺めながらぼーっと過ごしていた。
お酒を飲んだと言っても、昨日からの反省なのか何も覚えていないはずの栗花落はあまり口にしなかった。
昨日みたいに泥酔されるのは少し嫌ではあるものの、なんだかんだ言いつつべろんべろんの栗花落も可愛かったのも事実で俺の心の中はどっちつかず。というよりかは少し残念だった。
「栗花落は毎年雑煮とか作ってるのか?」
「まぁ、一応そうですね」
「さすがだな、手際がいいのは結構やってるからなんだな」
「高校時代から手伝いとかしてましたからね。何より大学上がってからは純玲が家に上がり込んでくるので……むしろ彼女がいない元日は初めてです」
「……面倒見が良すぎて心配になるな」
「私も色々手伝ってもらっていましたからね」
どこか恥ずかしそうに呟きながらも、こうして手際よく後片付けをしてくれているのは一種の職業病とでもいうべきなのだろうか。
とはいえ、シチューの時もそうだったけど。
栗花落が作る料理は端から端まですべて美味しい。
お雑煮も特段変わった具材があったわけでもないけど、一つ一つの味付けが優しく、それでいて薄くもなく。丁度いい甘さとしょっぱさで味付けされた餅が柔らかく、嚙み切りやすくとても食べやすくもあった。
なんて、少しだけ舌についた味を思い出していると栗花落は得意げに言ったにもかかわらず、今度は心配そうに上目遣いで見つめてきた。
「ちなみに、どう――でしたかね?」
どこか物欲しそうな目でじっと俺を見つめてくる。
まじまじと見てくるその視線で少しやられつつ、栗花落がどんどんと近づいてくるので俺は彼女の両肩を掴んで答えた。
「ぁ……えっと、うん。美味しかったぞ」
「……っふふ、あ、ありがとうございます」
割と真面目に、そしてお世辞抜きで褒めると彼女は顔を伏せて笑みを溢し、ぺこりと恥ずかしそうに一礼した。
——なんて、戯れの時間は過ぎ去り。
近づいた栗花落の脇からブーブーとスマホのバイブが鳴り始めた。
「っと、あれ」
「……先輩の、ですかね?」
「あぁ」
音の正体は俺のスマホ。
ポケットから取り出すと、画面には着信の通知が映し出されていた。
そして、名前もばっちりと書かれてある。
その送り主は「えりか」。
「ね、ねぇさ――」
俺がその正体を告げるよりも先に、目の前に座り、一緒に画面を見ていた栗花落が目の色がすぅーーっと音もたてずに変わっていた。
「—―あの先輩」
そして、嫌な予感は的中する。
ガシリ。
手をぎゅっと掴まれ、そして強引に身を引っ張られる。
変わった目の色のまま、いつもとは変わった低い声で彼女はこう尋ねた。
「その女、誰ですか?」
「—―っひぃ⁉」
「ひぃ?」
目が笑わない、そして俺の動きを逐一追ってくる。
別に何も悪いことなんかしていないのに警察車両を見つけたらドキドキしてしまうあれだ。
「—―ね、ねぇ、なんで逃げるんですか先輩?」
ぎろりと、今度は目つきがさらに鋭くなり、がっちりと目が合った。
やばい、否定しないとヤバい。
否定と言うよりも、しっかり言わないとやばい。
危機感を感じ、俺は首を真横に振りながら呟く。
「っち、違くて……」
「はい?」
「—―こ、これは、その! ね、姉さんだよ、俺の」
「え……?」
目を見開き、今にでも殺しにかかりそうだった体の動きがぴたりと止まった。
「先輩の姉?」
「あ、あぁ」
その正体は。
何を隠そう、俺の姉—―藻岩えりかその人なのだから。
あとがき
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