第42話
久遠から三澄さんとの出会い話を聞いたのち、なんだかんだで境内を歩いていると新年までの時間が残り数分を切っていた。
「そろそろ時間もやばいっすね~~いきます?」
「ん、まぁ人も多いし、行くか?」
「よしっと、二人呼んできます~~」
◇◇◇◇
そして、人波に揉まれながらも随神門のほうへもう一度戻り、俺たちはまず手水舎へ向かう。
少し並び、俺たちの番が回ってくると右手で柄杓を持ち、左手を清めていると横からやや大きな鼻息が聞こえてきた。
顔を向けると栗花落は柄杓を持ったままぼーっとしているようだった。
それにしても、綺麗な横顔だなやっぱり。
「……っ」
なんて見惚れているばかりでもなく、さすがにこんなところで立ちすくんでいるのは邪魔になる。
少しちょっかいでも出してみることにした俺は、清め終えた柄杓に水を入れて栗花落の出していた両手に掛けてみた。
「……つめた! あ、あの先輩いきなりかけないでくださいよ!」
すると驚いて肩を跳ねさせて、よろめいた。
加えて、俺に対して睨みつけるように目を向ける。
「違う違う、後ろに人いっぱい並んでるから早く終わらせないとってこと。それに栗花落が余所見してるからだ」
「……べ、別に余所見じゃありませんっ。ちょっと考え事を」
「それを余所見って言うんだろっ」
何か言いたげで考え込むような顔をする彼女を俺は清めた手でポンっと軽く叩いた。
すると、彼女はぐすっと揺れてしかめっ面を見せた。
「うぐっ。い、痛いです」
「そんなに痛くしてないよ……どう、ちゃんと清められる?」
「できますっ。そのくらい」
まるで反抗期の子供みたいな顔で柄杓を持ち、手を清めていく。
手の甲から指へつたり落ちていく水の流れ。
指の先から、腕まくりした白く柔らかそうな手首まで水が触れて、そこに反射する彼女の着物姿に少し見惚れてしまう。
「先輩っ」
「……ん」
「全く、せんぱいは……とりゃ!」
と睨みつけはただのブラフだったかのように今度は彼女が洗って間もない手を俺の頸にくっつけてきた。
「っ!? お、おい、冷たいって!」
「先輩こそ、よそ見してます。何してるんですか? 後ろ、怒ってます」
「ん、あっ……すまんすまん」
後ろへ指さされ顔を向けると、並んでいた男グループの人たちがぎろりと睨まれる。
時計を見ると、新年まではもう残り数分と言ったところで、すぐに列から離れた。
「二人とも、遅いっすよ。もう時間っす」
「まぁまぁ、イチャイチャしてたんだしいいじゃん博也くん」
何がイチャイチャしてただ、まったく。
まぁ、実際してたのかもしれないけど、神社の境内で腕組み合っている二人の方がイチャイチャ度は高い。それに、くっつかれてる三澄さんのレベルの高いことやら、周りからの視線も痛かった。
「はいはい。ひとまず、参拝行きますか?」
「そうっすね。並んでたら年越えるかもしれないですし、行きましょ」
「あぁ、だな」
そんな痛い視線の中、俺たちは随神門を潜り抜け、参拝までの列に入り込み……やがて、新年までのカウントダウンが始まった。
◇◇◇◇
「「「っじゅう!」」」
横にいた着物姿の栗花落はなんだか楽しそうに始めの数字を口に出した。
唐突に始まったカウントダウン。
流れるようなカウントの中で、思い出す長い一年。
栗花落に会うまではただただ、繰り返していた年の瀬が残りの数か月でここまで彩られるとは思っても見なかった。
会社に行き、研究をして、時には鮎川さんに怒られたり、時には後輩に色々と教えたり、定時を過ぎても研究を続けて、陽が沈んで夜になってようやく退社する。
帰り道では久遠とくだらないことを話しながら、悪態をつきながらもなんだかんだ居心地が良くて歩いていく。
「「「っきゅう!」」」
時にはご褒美と称していいご飯を食べたり、時にはゲームをやって心を落ち着かせたり。
それなりに余裕のあるお金で温泉に行ったり、ドライブしたり。
色々試すこと大学の頃を含めると八年間。
しかし、どんなに新しい生活を始めても消えることのなかった栗花落との縁。
消えるどころか、切れてすらいなくて。
久遠の一言で始めた家政婦ではそんな切れてすらいない再会を果たし。
一目見たときは心臓が口から飛び出るかとさえ思っていたけど、なんとか掴んでつなぎとめる。
「「「っはち!」」」
それから始まった濃い二か月と少し。
一緒にご飯を食べに行って、一緒にラーメンを食べたり、一緒に通勤したり、時には家政婦も挟みつつ。
「「「っなな!」」」
家に来てもらって、ご飯を作ってもらって。
「「「っろく」」」
飲み会を開いて、カラオケに行って、そして相合傘までして。
「「「っごぉ!」」」
看病までしてもらって、家に泊まってもらって、懐かしい律儀さを感じて。
「「「よん!」」」
一緒に映画を見て、ゲームをして。
「「「さんっ!」」」
お弁当を作ってもらって、鮎川さんにアドバイスまでされて。
「「「にぃ!!」」」
そして、やがてクリスマスが来て、でもうまくいかないことがあって。
「「「いち!!!」」」
お互いがお互いの生活に絡んで、それがどんどん普通の生活に溶け込んでいく時間。
慣れないながらも、そしてぎこちないながらも寄り添おうとした結果。
些細なことから徐々に積もり積もって、クリスマスをきっかけに大きく発展して、決壊した気持ちのダム。
溢れ出したその累積の結晶にお互いが目を向けることになる。
長い八年間が、そして短くもあった再会からの二か月と少しが俺たちを形どって、結果つながっていく。
でも、それすら乗り越えて今があって、今日があって――俺は愛華さんに宣言すらできた。
十から一まで流れていくように始まっていったカウントダウンはすぐに終わりを迎え、俺たちは一月一日を迎える。
「「「「はっぴーにゅーいやぁーーーーー!!!!」」」」
そして、俺たちの八年間はついに九年間に。
いや、新しい一年間の始まりに彩られていくのだった。
「あけましておめでとぉ~~二人とも、そして博也君!」
「うぃっす、あけおめ~~哉さん、今年は色々助けてもらいますからね~~」
うるさい二人にはいはいと返事しつつ、俺は隣に目を向ける。
そこには頭一個分ほど小さい栗花落の姿。
綺麗で花のような着物に身を包んだ彼女が、俺の方をまじまじと見つめながら立っている。
まるで、何かを待っているかのように。
自分でも何か言いたげに。
そこまで重いものでもないって言うのに、どこか重いと感じ取ってしまって、口をすぼめる彼女の肩に手を乗せる。
「っぁ」
「栗花落、あけましておめでとう。今年もよろしくな」
「……は、はいっ!」
新年初笑顔。
冬の夜に輝く姿を前に、胸がきゅっと引き締まった。
◇◇◇◇
二拝二拍手一拝。
あまり勝手の分からない作法を先に行った久遠と三澄さんから真似して、手を重ね、思いを込める。
「……」
「……」
二人並び、目をつぶり、静かに口を閉じる。
神様に何を願うか、何を込めるか。ここにくるまでは考えてもいなかった。
毎年、願うことなんてなくて、適当に作法だけ真似ていただけだった。
正直な話、神様はあまり好きではない。
何度も話したと思うが意地悪ばかりされてきたからだ。
意地悪ばかりして、いろんな難しい選択肢を出してくるやつに願っても届かないような気がしてならないと感じていた。
でも、最近はそんな考えも変わった。
栗花落と会えたから、栗花落と会うきっかけというものをくれたから。
だからこそ、たまには信じてもいいのかもしれないと思っていた俺は今年は願ってみることにした。
『うまく、いきますように』
何かとは言わない。
でも、俺の、俺たちの選択がどんなものであっても……いい方向に迎えるようにと思いを込めて目を開ける。
すると、ちょうど同じタイミングで栗花落も目を開けて、一礼したのち聞いてみることにした。
「何を願ったんだ?」
しかし、俺の質問にそう簡単に答えてくれるはずもなく。
栗花落は満面の笑みと、少しいたずらみに溢れた指先を唇につけて――呟いた。
「先輩だけには、な・い・しょ……ですっ」
分からない、何を願ったのかは理解できない。
ただ、これだけは言える。
栗花落ことりはとても綺麗で――それでいて、ものすごく可愛いということを。
あとがき
昨日は投稿できずすみません_(._.)_
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