第41話 番外編①(蛇足)
番外編です。
純玲と久遠の出会いを描いていきます。
本編にはそこまで関係ありません。
繋がってはいます。
◇◇◇◇
十二月上旬から中旬にかけてのとある平日。
職場に残り、
正直、ことっちもそうだけど、そのさらに上。
経理部の部長さんと言えばそれはもう、人使いが荒い。
そこまで人数が多いわけでもない経理部の部員を仕事ができるからとこき使ってくれるし。
何よりもことっちよりも仕事ができて、誰よりも残業するし、その背中ばかり見せられてしまえば何も言うことが出来ない。
故に、ことっちも責任感じてるのか仕事沢山引き受けてきちゃうわけで……この繁忙期時期をより一層忙しくしてくれるわけで。
もう十二月も半ばだというのに……彼氏一人出来ていないウチも、チャンスを掴む機会なくこうして夜まで仕事しているわけだった。
「うぅ~~~~まったく次期主任は人使いが荒いんだからぁ」
「っ……」
そんなどこにもいかないこの気持ちを隣のデスクでパソコンをカタカタと鳴らしている同期でもあり、来年には上司にもなりそうな親友に対して、いつものようにくだらない悪態をつく。
「な、なによ。悪いかしら?」
すると、彼女はちらりとうちの方を見て、むすっと顔を顰める。
悪いも何も、この子。いつもいじられる側の癖にいい男がいるんだから。
最初の頃はこの子の受け身な姿勢は少し嫌いだった。
ウチとことっちが初めて出会ったのは大学一年の春。
誰もが新しい生活にうつつを抜かす中、私は遠方にある大学に入学してきた。理由はくだらない、ただの地元を離れたかったということだけ。
何よりも嫌な思い出が濃かった高校時代を思い出したくもなくて、嫌で嫌で苦手だった勉強までしてやってきた北東の大学の経済学部。
特に何の志もない中、新入生説明会に参加して、重要書類を忘れていたところに話しかけてきたのが始まりだった。
「悪いよ、ウチだって忙しいのに……こんなに仕事持ってきて。の割に逢坂くんには帰らせちゃうんだもん」
「いいじゃない。先輩なんだからこそ、後輩をいたわるものでしょ?」
初めて会ったときはなんてかわいくて優しい女の子なんだろうと思っていた。
どこに行くときも周りの人の顔を伺って、誰に対しても優しい顔を振りまき、それでいて美しい。何よりも胸も大きかった。
ただ、仲良くしていく中で蓋を開けてみれば本心はずっと違っていた。
どこか、自意識過剰というか、トラウマと言うか――ウチと同じように何かを胸の内に抱え込んでいるような人だと見えてきた。
その優しいところは誰にも悪い気をさせない様に取り計らい、何でもかんでも受け入れる姿。
外見はウチにも負けないくらい可愛いから寄ってくる男はたくさんいて、それで色々と受け入れて。
――まるで、高校の時の自分を見せられているようで苦しかった。
中学の時に両親に捨てられて、高校の時はとにかく人に好かれることばかりを考えていた。そのせいで悪いこともあって、こうなってしまったけれど。
まったく、その女の子がいつの間にか色々と学んで――未だ抜け出せていないウチを超えていることに嬉しさと同時に腹立たしさもある。
「後輩後輩って……同僚のウチはいいの?」
「そういうこと言って、学生時代私よりも勉強できたでしょ? 仕事も得意だし」
「うわぁ、そうやって」
「何より、次期主任のポストは純玲の方が先に来てたじゃないの」
—―それはあくまで、部長がのらりくらり躱していたウチの気を向けたかっただけで合って本意じゃない。
なによりも、仕事はことっちの方ができる。
この前ことっちに聞かれた質問は本当に芯を食っているし、どんなに叫んでも助けてくれない人に身を許したくなんかはない。
もう二度と。
「んふふふっ。それは、愛しのことっちに花を持たせてあげようかなってねぇ~~」
「花って……ていうか、いつから私は純玲の愛しの人になったのよ!」
「えぇ~~だってぇ、最近ことりちゃんがウチのこと裏切っちゃうんだもん」
裏切ってはいない。
むしろ、少し嬉しかった。
昔の自分を重ねていた人が、こうやって好きな人を作っているのだから。
色々聞いたけど、この子のトラウマと言うのは昔の好いていた人のことだった。
それが忘れられなくて反省して、処女と言う嘘をついているウチよりも幼稚臭くて、いい人で。
何よりも、今その相手が目の前に現れて、また恋していると言うのだから少しムカつくけど、やっぱり嬉しい。
「裏切ってないし……それに、後は私がやっとくから帰っていいわよ」
「いいの⁉」
「うん。これ以上いじられたくもないし、何より仕事持ってきちゃったの私だし。自分で何とかするわ」
「ほぉ」
頬を赤らめてそっぽを向くのを見ていれば、今のはブラフできっと本音はその人と会うとかその辺だろうか。
まったく、嘘をつくのが下手な子だ。
「まぁ、それなら任せるね! それじゃあおっさき~~」
「うん。じゃあまたね」
手を振り返し、目を瞑る。
未だによく分からない、自分がどうしたいのかと。
◇◇◇◇
一足先に会社を出たウチはコンビニで適当なココアを買い、地下鉄のホームで座って待っていた。
時刻は二十一時。
夜も更けて、もはや帰宅ラッシュも過ぎ去って人が少ないこの時間帯にベンチで一人座る女性がいれば――
「ねぇ、お姉さん。ちょっと俺のお得意先があるからさ一緒に飲まない?」
こうなるのは必然のことだった。
話しかけてきたのは見知らぬ男。仕事帰りのどこか小奇麗で高そうなスーツに、それでいて高そうな腕時計。
頬が少し赤いのは酒が入っているからだろうか。
それにしても、私が嫌いな人種だ。
まるで父親そっくりだし、自分がない。
「すみません。無理です」
いつものように、何倍もトーンを下げた声で跳ね返す。
「えぇ、いいじゃんさ? 俺、金持ってるし、おごるよ?」
「……ごめんなさい、でも無理です」
金とか、正直どうでもいい。
そんなのあったからって、何かが変わるわけがないことも知っている。
「でもさぁ、ほら俺さぁ――」
「無理です――もう電車が来るんで」
「なんなら、君の家でもいいよ?」
「やめてください、警察に言いますよ」
「えぇ、いいのかなぁ~~」
しかし、断っても断っても続く攻防。
いつまでたってもあきらめないその男に、嫌気がさして冷静さを欠いていた私は立ち上がると見計らっていたように手を掴もうとしてきた。
驚きつつも急いで手をはたくと、その男の口元がにやりと笑みを溢した。
「っ――‼‼」
「へ、へぇ、暴力ふるうんだ、俺に?」
「っち、ちが!」
一歩踏み込まれ、そして壁に追いやられる。
嫌な予感どころか、不快感がすごかったが――それでも力で勝てるわけもなかった。
身長がそれなりに高い方の私でも頭一つ分足りない。
言い返してもどんどんとくる姿に恐怖が募っていく。
「っ……」
面倒だ。
自分ばかり。
いつもいつも、罰のように降りかかってくる鏡を見せられている。
もう、いいや。
八年目のクリスマス。
もはや、望なんてない。
いつも後ろ向きで、ちょっと苦手で、逃げまどって。
いっそ、これで。
「手、離しなよ」
諦めかけていたその瞬間だった。
目の前に現れた一人の……少年?
いや、青年だろうか。
体が細く、それでいてウチよりも小さい目線で話す弱弱しそうな男の子。
自分よりも大きな人に臆さない、真っ直ぐな瞳で訴えかける姿に目を奪われた。
「……ぇ」
「なんだぁ、てめぇ?」
「いや、それよりも離しなって手。女の子に寄ってたかって、押さえつけるのよくないすよ」
「はぁ?」
その青年が話しながら近づいてくると、手をつかむ男が身を退いていく。
怖いのか、それとも、何かあるのか。
しかし、言い返さないはずもなくぎゅっと握りしめて口を開いた。
「機嫌わりぃんだよ、いいだろ。てかなんだ、お前さ?」
「っ」
「普通に通りかかっただけだけなんすけど……見ちゃったんで」
「見ちゃって言うかよ普通。痛い事されたくないなら、見逃して他の車両乗りやがれ」
「……はぁ。いいっすよ、ったく」
「—―っち、白けさせやがって」
「なんて行くわけないでしょーーが!」
これで終わりか。
謎すぎる、と思った矢先。
再びの不意打ち。背中から思い切り振りかかった拳が飛んでくる。
と思いきや、拳がウチと男の間をすり抜けた。
「っ――⁉」
そして、まるで抱きかかえるかのように腕が絡みつき、何かの技なんじゃないかと思うほどの慣れた手つきでウチの体を引きはがした。
「ちょ、お前!!」
男が振り向く。
このまま、倒すのかと思いきや、颯爽とした身のこなしで男の追撃をかわし。
足をかけて転ばせる。
「ふが⁉」
「よいしょ、ここまですかねぇ……それじゃ、お姉さん。行きますか?」
「え、あの……どこへ」
「決まってるでしょ――—―そりゃ、居酒屋っすよ」
「え?」
「ホイホイ行きますよ! 美女ちゃん拾ったんすから、それに……顔色悪いですよ?」
「ぁ……」
まるで知られていたのかのように。
分かられていたかのように。
そうして、そのまま。
何が起きたか、そして訳も分からず。
ウチは謎の青年に助けられ、居酒屋へ向かうこととなる。
奇想天外、それでいて意味不明。
出会いも何もかも、おかしいはずだったのに。
—―—―この出会いが、眠っていた三澄純玲の恋心を呼び起こすことになる。
あとがき
くだらない閑話すみません!!
どうしても、二人の出会いだけは書きたかったので割りこまさせていただきました。
そして、ちょっとした伏線(?)。純玲ちゃんの過去も今後描いていきたいですね。
読んでいただきありがとうございます。
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