第43話
賽銭を投げて、初詣を終えた後。
私たちは近くにある授与所で、おみくじを引いていた。
「っおぉ! 僕大吉っすよ、哉さん! 見てくださいよぉ~~ってぷは! 吉って……なんだか哉さんらしいっすね」
「お、おいバカにするなよ、罰当たりだぞ」
結果を見ながら肩を組みながらふざけ合う二人。
勿論、ふざけてるのは先輩の方ではなくその友達の久遠さんのほうだけど。
そんな二人を眺めていると隣からトントンッと声がかかる。
顔を向けてみると、やっぱり純玲だった。
「な、なに?」
「男の子っておバカだよね~~って思ってさ」
「おバカ?」
「うん。二人ともおみくじなんかで舞い上がって可愛いっていうか……」
そう言われて、再び二人の方に目を向ける。
先輩の方は少しうざったいようでジト―っと冷たい目を浮かべているけど、肩を組んでいる久遠さんはそれはもうにっこりで楽しそうで。
なんだかんだ言っても組まれた肩を外さない辺り、受け入れているようで浮かべた苦笑いも楽しそうにも見える。
距離感が近いというか、今の私じゃ詰められない距離をあんなにも簡単に詰められていて――ちょっと嫉妬しちゃいそうだし。
あの悪態をつく顔は純玲の言うように、ちょっと可愛いのかもしれない。
「うんっ」
「……うはぁ、恋する乙女の顔だね」
「っべ、別に……そんな」
本当のことなのに否定してしまう自分が少しだけ情けない。
ただ、純玲からのいじりは毎日のように受けているためか反射のように否定してしまう。
「何を言っても無駄よ? 顔真っ赤だし、バレバレ。夜で良かったね~~」
まったくもって、彼女は意地悪だ。
私だって、純玲に嫌がらせをしてやりたいのに。いつもされる前に先手を取られててやり返せない。
あれだけ、処女だとか豪語していた彼女がいつの間にか彼氏を作っていたし。
私の方が多少は優位に立てられていると思ってたことはだいたいすべて先を越されている。
次期主任もそうだし、大学での成績も、思えばおそらく勉強でもそうだ。
とはいえ、聞いても聞いても自慢話ばっかりでいじる隙さえ与えてくれないのだから。
意地悪だし。
彼女は私の方が凄いと褒めてくるけど、私からしたらすべてお世辞で、彼女の方が凄いと思っている。
なんて、年の瀬に何を考えているのだか。
なんだか、最近変な気持ちになりがちよ。
「っそうね。でも、私のことよりも自分だってじゃない?」
「そりゃ、あんないい彼氏ができれば当たり前よ」
「……そうね」
やっぱりだ。
「ねぇ、ことっちはこの後どうするの?」
「ん、どうするって……あぁ」
確かに、この後はどうしようか考えていなかった。
先輩に大晦日と初詣を一緒に行くことばかり考えていてそこまで気が回っていなかった。
なんて言っても、正直もう深夜だし、今は目が覚めてるからいいけど家に着いたら眠くなりそうな時間帯。
このまま解散になっても、おかしくないけど。
「……わかった、ことっち」
そんな風になることを構えていると、純玲は私の肩を叩いてそう言った。
顔には何か決め込んだかのような含みのある笑みを浮かべている。
「え?」
「んふふ、いやね。どうせ私たちもこの後適当に屋台でご飯食べて一緒に帰るんだし……ことっちもそうしたほうがいいかなって思って」
屋台を食べて、一緒に帰るということは……。
「はっ⁉」
ということは、つまり。
元日も一緒に過ごすためにこの後は各々家にお泊りする――ことになる。
しかし、私が気付いたところで。隣に立っていた純玲は離れて久遠さんと先輩の元へ駆け寄っていた。
「博也くんっ!」
さささっと身を寄せて、まるで隙間に入り込む冬の夜風のように近づいて懐に。それでいて周りの人たちの視線を奪いつつ、先輩の横で悪乗りする久遠さんの腕に絡みつく。
私も突っ立っているわけにはいられず――
「ね、君?」
—―一歩踏み出した瞬間だった。
純玲を見ていた視線と反対側、背中をトントンとなぞる感覚と同時に声を掛けられる。
声は低い、そして知らない人のようで振り返るとその人は目を輝かせるような顔で呟いた。
後ろには数人の仲間らしき男の人がいて、体が勝手に一歩下がる。
「っぉ……やば」
「あ、あの?」
顔見て「やば」とは、失礼な。
なんてツッコミを入れたかったけど、私よりもいくらか背の高い彼に身がきゅっと縮こまる。
この感覚は、あれだ。
以前もあった。
残業の後、ゆったり帰ろうとしている時に元カレに遭遇した時。心底焦って、気持ち悪くなって、もしあの場に先輩がいなければ卒倒してしまうほどだった。
拳を握り締め、爪の痛みを感じているとその男は一歩前に踏み出して顔を近づけてくる。
「ね、ねぇさ? 俺たちこの後ダーツとビリヤードしに行くんだよ、お姉さん一人っぽいし一緒に来ない?」
常とう手段だ。
こうやって、バーにでも連れて行って酔わせて持ち帰られる。
何せ、大学生になってから初めてできた彼氏だったから。この口車に乗せられて、舞い上がっていたくらいだ。
でも、これは違う。
急いで断らないと、そして先輩の元へ行かないと。
ただ、声が出ない。
腰が抜けそうになり、足もまた動かない。
なぜだったが一瞬理解できなかったけど、最近はこう言ったこともめっきりなかったためだとすぐに分かった。
今まではそういうことは多々あった。
でも、先輩と分かり合えたあの日以来。まったくそう言ったこともなかった。
今まで以上にオシャレや身のこなしを気にするようにしてからは特に。
しかし、今日はこの人ごみの中でそうもいかない。
頭の中では分かっていても、再び目の前に現れた恐怖でまったく動けなかった。
「っ……ぉ、の」
「ん、どうしたの? 具合悪い? 俺の家、すぐ近くだから泊めてあげるよ?」
さらに近づき、今度は手を掴まれる。
妙にその感触がリアルで、忘れかけていた不快感がにじみ出てくる。
「っ――ぁ」
「ほら、いこいこ」
やばい。
断れない。
体が勝手にそのまま引っ張られる。
「いやぁ、さいっこう」
ニヤリと歪む頬。
気持ち悪い。寒気が。
「—―栗花落、大丈夫か?」
その瞬間だった。
今度は背後から、よく聞いていた、それでいて落ち着く声が聞こえてきた。
「先輩っ」
肩をぎゅっと掴まれ、それで体に再び力が入る。
掴まれていた手を振り払い、先輩の影に隠れた。
「あの、なんすか?」
大きな背中、その陰の先から話しかけてきたい男たちが顔色を変えて私たちの方を――特に先輩の方を睨みつける。
しかし、先輩はまったく意に返さないように私の腕を握り締めて、いつもよりもいくらか低い声で呟いた。
「なんすかって、嫌がってるじゃないですか彼女」
「嫌がってる? まさか、言い掛かりな! 俺達は了承を得て話しかけたんですよっ」
「あぁ、そう。それなら悪かったね」
言い掛かりなことは事実なのに、何も言い返せなかった私が脚を引っ張っていた。
ただ、全く食い下がらない男たちに対して先輩はすっぱりと切り捨てるように口に出す。
「はぁ?」
「いや、彼女には先客がいるから」
「誰だよ、何言ってんだてめぇ」
「な、栗花落、今日うちくるよな?」
そして、振り返ると私の顔を見ながら尋ねてくる。
それはさっきまで純玲が茶化し半分で言っていたことだった。
やばい、どうしよう。
こんな時だって言うのに、こんな大胆に誘われてドキドキしてしまっている自分がいる。
胸が高鳴る、ついさっきまで恐ろしくて止まりかけていた身体がぶるぶると震えていき、顔がぶわぁっと音を立てて熱くなっていく。
恥ずかしいと言うか、嬉しいと言うか、動けないはずなのに毛が逆立って私の意思を伝えんばかりに無自覚な部分がどんどんと動いてしまっていた。
「っは、はぃ」
弱弱しい声とは裏腹に私は頭を上下させる。
さっきまで恐怖だったものが、たった「先客がいる」「うちにくるよな?」の言葉だけで消え去ったかのようだった。
きっと、ただこの男の人たちを追い払うだけの嘘の発言なのに。
それでも期待してしまって、胸が引き締まる。
「って話だ。だから、悪いな」
先輩が少しばかり残念そうに言うと、話しかけてきた男たちも踵を返し「つまんねぇ」と溢しながら背中を向けて去っていく。
すると、先輩は振り返りそのまま私の両肩に手を置いた。
「栗花落ごめん、大丈夫だったか?」
「はっ……えっと、はい。大丈夫ですっ」
顔が近い。
至近距離も至近距離、顔が赤いのがバレてしまう。
ただ、そんな私とは裏腹に先輩は心底心配している様で、返事にホッと肩を撫で降ろした。
「そうか、すまん。本当によそ見してて……悪かった」
「えっ。いや私はそんな! むしろ、そのっ助けてくれて……嬉しかったですし」
「な、ならいいんだけど」
「はいっ」
こくりと頷くと今度は先輩の後ろから反対側の通路にいた純玲と久遠さんが走ってくる。
「ことっち、大丈夫⁉ ごめん、哉さんとっちゃってて」
「っごめんね、栗花落ちゃん。哉さん奪っちゃってて」
「い、いやそれは……ていうか、どうしてですか。私別に奪われたとは思ってないです」
「はははっ! その調子ね、なら大丈夫そ!」
心配してくれたのかと思えば、二人してまさかの冷やかし。
いつも通りだけど、申し訳ないと思った気持ちを返してほしい。
何より、私は奪われたとは思っていないし。
「よしっ、ひとまず大丈夫そうだし、結びに行きますか?」
「そうね、久遠くん」
「だな」
「はいっ……」
なんとか安心して、再び四人、二列になって歩きだす。
日を超えてから時間が少し経っても絶えない人の流れの中、私たちはおみくじを結ぶことにした。
「あ、あの……先輩」
そして、寒くて震える手を使いながら結んでいる最中。
隣にいる先輩へ尋ねてみる。
「さっきのって……その」
さっきのこと。
あれは本当なのか、嘘なのか。
気になって、言ってみる。
しかし、答えはシンプルだった。
「——一緒に、どうかと思って」
それは単なる誘いだったのだ。
裏もなく、表しかない。
「えっ」
「いや、無理ならいいんだけど……せっかくだし、その泊まってくれないかなって」
頬は真っ赤。
先輩も私も多分、同じくらいに緊張している。
その気持ちを組んであげられなかった自分に腹が立って、慌ててすぐに言い返した。
「そそそ、そうですよねっ! もち、もちろん……行きますよっ」
「……あ、あぁ。ごめんな」
「い、いや別に!!」
どうやら、私はおかしくなってしまったらしい。
先輩が好きで、好きで、好きで……空回りしてしまうほどなのだから。
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