第28話
◇◇◇
翌日。
結局、前の日がクリスマスだとかなんだとか知らないかのように朝が来て世界は元通り。
号泣していた昨日も懐かしくなるほどで、しかし体の順応は心よりも早くて、私はとどのつまり会社に出社していた。
「……んでんで、昨日はどうだったのよ?」
と話しかけてる同僚もいつも通り、仕事は相も変わらず忙しいのに昼休みすら一息つかせてくれない私の一日が始まっていた証拠でもある。
「昨日ね」
昨日は色々とありすぎた。
ありすぎて、昨日なんてあまりいい睡眠はとれなかった。昨日かと言われたら実際は今日なんだけど。
朝から仕事は早めに片付けるために飛ばしたし。
先輩を驚かせるために急いで定時帰りして着替えて、家に向かったし。
かと思えば、お母さんの体調崩れて病院行くことになるし。
(結局大丈夫で今朝はお詫び電話くるし)
そしたら先輩に強引に高校前の高校に連れていかれるし。
まぁでも、本音ぶちまけてぶちまけられて仲直りできたし。
うん、結構こみこみすぎて辛かった。
最後の以外は、だけど。
そんなことを事細かに純玲に話して、返ってきた彼女からの言葉は開口一番ひどいものだった。
「—―そ、そっか……パット、ば、バレたっ、かっふは! ははははっ‼‼」
「う、うるさいわよ! あぁ、なんで言ったのよこの話まで」
いらない話まで気分が乗って話してしまった。
散々泣きつかれた後に抱きしめてもらって、ベンチから立ち上がるときに足を滑らせてお姫様みたいにキャッチしてもらったなんていう。
まではいいんだけど。
たまたま、先輩の手が私の胸元を捉えていて――と言う話だ。
そのくだらなすぎるオチを(私にとっては死活問題だけど!)純玲は肩を小刻みに揺らせながら私を笑いものにしていたのだ。
「っいや、いやいやいや、傑作だよっ……あんな拗れてたのに、まさかオチが巨乳ならぬ虚乳だったなんてねっ……ぷはっ!」
「だ、誰がうまいことを言えと言ったのよ!」
「ま、まぁねぇ……でもことっちのその偽乳結構うまい具合に隠してたものね。ここの男ども以外にもうちだって騙されてたんだし」
「う、うぅ……だって」
だって、大学の頃に付き合ってたあの体目当ての男に「胸ちっさ」って言われてから結構トラウマで。
そのせいでいろいろな人に嘘ついてるんだけど。
でもまぁ、今更考えてみれば先輩がそんなことで女を見るような人じゃないって知ってたし。
結果的に……でもやっぱり、ちょっと不安かもしれない。
「あ、あぁ知ってるよそれは! でもびっくりするもんね~~、一緒に温泉行ってさ、それで脱衣所で脱いでたら急に胸ちっさくなてて」
「ちょ、あんまり大きな声で言わないでよ」
「ごめんごめん。でもうちがびっくりしたんなら、そりゃあの藻岩さんも驚くわね。大丈夫、嫌われなかった?」
「別に……嫌われては…………ないと、思うけど」
「どうして急に自信無くすのよ」
だって自信ないんだもん。
仕方ないじゃん。
男の人ってやっぱり、胸大きい方が好きなのかなって。
それで無理して大きめな下着買って、間にパット入れて寄せたりしてたんだし。
結局やめられなくなって、最悪のこと起きちゃったけど。
「うるさいし」
「はぁ、拗ねちゃったことり姫がぁ。でもまぁ、男は巨乳がすきだからね」
「そ、それってどっち?」
「うーん、さぁ?」
「純玲の意地悪!」
実際、意地悪してくる純玲の胸元は今の私と同じ程度の大きさをしているわけで。
もちろん、私の人工物とは違って天然だけど。
妬ましいよ、本当に。乳恨むべし、神恨むべし。
「でもでも、結局いい具合に収まったんでしょ? 二人はさ」
「収まったのかな、あれは」
「そうでしょ、お互いに溜めてるものぶちまけたんだし、それでも今日もお弁当作ったってことは始め直すってわけでしょ?」
「そう、だけど。先輩って私のこと友達って言ったんだよね」
「あ、え、え⁉ (いやでもあれは確実脈ありな目をしてたしそんなわけは……いや、そっか、そういうことか。優しすぎてウジウジしてるもんねあの人、まぁ脈はあるんだし大丈夫かな)」
すると彼女は私の言葉に驚いたかと思えば、何やら背中向けてぶつくさ独り言話し始めた。
「な、なによ」
「いやなんでもない。でもまぁ安心していいんじゃないかな?」
「え、えぇ……でも先輩、私がつなぎとめようとしなかったらそのままなぁなぁになるかもって」
「栗花落は好きなんでしょ?」
「えっ……っいやその、そうだけど」
独り言し始めたかと思えば、今度は真面目な顔で急なことを聞いてくる。
好きか嫌いか、なんて正直ずっと前から決まっていて、私は迷うことはなく――ではないけどはっきりと答えた。
「なら、安心しなさい」
「え、えぇ?」
「とにかく大丈夫ってことよ。あの人が想像以上のヘタレじゃないならね」
「意味が分からないんだけど……」
「あぁ、それじゃあ今度はうちの話でも聞いてくれない? ほらほら、この前言った研究員の人の!」
私が迷っている間に、なんでもどんどん進んでいく純玲の惚気話を片耳に。
少しだけ考える。
純玲が言った、とにかく大丈夫の意味と、想像以上のヘタレの意味を。
正直もなにも、私には先輩との仲直りはできたのは事実だったけど――それ以上に、先輩が「好きだった」と言ったことも事実だった。
少し不安だ。
いや、少しじゃなくとも結構不安だ。
せっかく、明確に好きになれたのに。
また振出しに戻るなんて。
昔の私はどんだけ強かったんだろうな。
「それでねそれでねっ!」
「—―はいはい。いいから。時間だし戻るわよ」
なんて私の心配はかなり杞憂だったかのように、スマホが通知音を鳴らし。
「ん?」
そこに書かれてあったのは、こんな言葉だった。
『栗花落。早速で悪いんだけど、明日栗花落のお母さんに挨拶したいんだけどいいかな? ちょうど、定時で帰れるの明日しかなくて。面会特権使うことになるんだけどさ』
「へぇ、お義母さんに挨拶ね」
「っみるな!」
ていうか、誰がお義母さんでお母さんよ。
話が飛躍しすぎだし絶対。
うん……そうだよね、多分。
あれ、でも二十五だし、先輩は二十六だし普通……なのかな?
急に分かんなくなってきた!
『はい。大丈夫ですよ。それじゃあ明日の18時過ぎに市立病院前で』
内心の動揺はさておき、私はすぐに無難なメッセージを返す。
純玲はもちろん覗いてくるので、肘でグイッと押してやった。
「うわぁ、ひどっ。痛い、と言うか見せろ!」
「いやよ」
「ケチ!」
何がケチだ、まったく純玲は。
「はいはい、昼休みはここまで。今日は明日の分まで終わらせるわよ」
「えぇ~~私用と仕事まぜちゃいけないんだぁ」
「もう誰も手伝ってやらない。あなたの仕事今夜までだったよね?」
「すみません、あぁ~~次期主任こわぁい!」
そうして、三日後から始まる年末年始に向けて私たちはとてつもない仕事量をこなしていくのだった。
あとがき
読んでいただきありがとうございます!
しばらくは後日談っぽくなると思いますが、あまあまな話が続くと思いますよ!
面白かったらぜひレビューお願いします!
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