第二章「タヨリアイ」

第27話


*後日談*

一応第一章( ´∀` )


◇◇◇


 結局、あの公園から数十分かけて家に戻ってきた俺たちは栗花落の手料理を夜ご飯として食べていた。


「……チキン美味いな」

「それ市販のやつです。美味しいですけど……時間があればそれなりのは作れるのに」

「いやいやそこまでしてもらうつもりはないって、だいたい疲れてるだろ栗花落も。むしろ、クリスマスに豚汁とんじるなんていう粋な料理作ってくれただけで最高だぞ?」


 そう、栗花落が俺の家に来て作ってくれた料理はまさしくもイベント外れな豚汁だった。


 理由はもちろん。


「だって、仕方がないじゃないですか。あんなことの後だし、なんせ先輩の冷蔵庫には脱帽したんですから」

「脱帽ってなぁ。二回目だろ? それに、俺あれだけ言ったのに何もないから買ったほうがいいぞって」

「……それじゃあ、(クリスマスすぎちゃうじゃないですか)」

「え?」

「っな、なんでもないですよ。ずずっ」


 何やら小さな声でボソボソ何かを言っていた気がしたが気のせいだろうか。

 

 とまぁ、季節外れっていうわけでもない豚汁はまずいわけもなく。

 さっきまで栗花落にコートを貸していて冷え切った俺の体には温かさが染み渡った。


「うまいな、ほんとこれは」

「……」


 しっかりとかつお出汁が効き、合わせ味噌のマイルドな味わいが優しく胃袋をなでるように掴んでくる。


 まさに美味だ。是非とも嫁にもらいたいほどに。


 しかし、そんな俺の誉め言葉になぜか当人と言えば渋そうな顔を浮かべていた。


「……な、なんだか馬鹿にされてる気が」

「馬鹿にだなんて滅相もない。これでも東北の大学行ってた頃なんて牛丼屋の豚汁しか飲んだことなかったしな」

「それはそれでどうかと思いますけど……本当に自炊しないんですね先輩は」

「いや、俺もするぞ? お湯を沸かして麵を入れて数分待って粉末スープを入れるやつ」

「インスタント麺を料理だぞって顔で誇るのはやめてください」

「鍋使ってるし立派な料理だろ!」

「鍋に失礼です。鍋を敬っていない料理は料理じゃありません」

「え、えぇ何その謎理論。ていうか今料理って言った」

「結果論うるさい。そんなんだから、風邪ひくんです。自嘲してください」

「……これまたお袋みたいなこと言うんだよなぁ」

「な、なんでもアリマセン」


 ギロリと睨んでくる眼光にやられて俺はすぐに謝罪の文面を読み上げる。

 やはり、女性にお母さんみたいと言うのは仲直りしても禁忌のようだ。


 ただ実際、俺が自炊をしてこなかったのは彼女の言う通りだ。

 去年なんて一日中お菓子だけで過ごしたことあるくらいだし、体力が落ちてきているのはそれも影響するのだろうか。


 そこから適当にしゃべり、その豚汁も残り少しを切ったところでふと俺は気になったことを聞いてみることにした。


「そういえばさ、栗花落。家政婦ってこのまま続けるのか?」

「えっ……家政婦」


 そう、家政婦の話だ。

 俺と彼女が出会うきっかけになったのがまさしく家政婦なのだが、これからの関係的にどうなっていくのか、というのはすごく気になるところ。


「いやな、俺的には続けてほしいっていうのもあるんだけど。でも、栗花落はこれからは友達として接していくわけだし、なんか仕事に来てもらって業務外のこともされたら色々と不都合かなって」

「と、もだち……」


 すると、栗花落は不服そうに溢す。


「あ、あぁ……ってどうしてそんな怖い顔で睨むんだ?」

「いえ、別に。あぁでもそうですね、一応家政婦自体はやめようとは思っていましたからね、今月で契約満了で延長するかどうかも決めなきゃですし」

「そ、そうか」


 なんかちょっと怖いんだけど。


 まぁ、となるとやはり家政婦はやめることになる。

 これまで栗花落に家事を全部やってもらったり、掃除してもらったり、なんなら洗濯物だって。


「あれかな、ドラム式洗濯機とか、なんならロボット掃除機も買いに行こうかなぁ。いっそ食洗機も」

「ちょっと、先輩」

「ん、どうしたんだ?」

「私、まだ家政婦辞めますとはきっぱり言ってませんよ?」

「えっ、やってくれるのか⁉」


 とんとんと向かい側の席から俺の肩を叩いてくる彼女。

 それに対して気体の眼差しを送ると栗花落は首を横に振った。


「え、どうして……というかどっちだよもう」

「家政婦というのはやめます。でも、先輩の面倒は私が見ます」

「え、それって?」

「だから。家政婦でお金もらって働くのはやめるんです。というか、お弁当のことだって私から言い出したばっかりなのにここで逃げ出せるわけもないじゃないですか」


 ということは栗花落は俺のお金について気にしてくれているのか?

 いや、だいたいお弁当だってずっと作ってくれるだなんて思ってなかったし、それは無理じゃなかろうか。


「いや、俺もお金には多少余裕あるからいいんだぞ?」

「……そういうことじゃないです。とにかく、先輩のお手伝いはしますよ」

「でもなぁ、さすがにそれはもう奥さんみたいな……」

「ぶばっ――ごほっ、ごほっ……っな、何を言ってるんですか!」

「あ、あぁ……すまん。冗談で、これ使ってくれ」


 俺のデリカシーがなさすぎる例えに咽た栗花落。ティッシュを渡すと鼻をかんでゴミ箱へ捨てに行く。


 頭に浮かんだことをそのまま言ってしまったけど、付き合ってもない女性にそんなこと言ってはいけなかった。


「でもよ、栗花落にそこまでしてもらうのは悪いしなぁ」

「別にいいんですっ……(それに、冗談とか言うからじゃないですか馬鹿)」

「え、最後?」

「とにかくっ、言ったからには責任取ります。少なくとも来年の夏くらいまではやりますよ」

「そ、そうか」


 何度言っても退いてくれない彼女には何言っても無駄なことは分かっていて、俺は身を退く。

 ただ、すべて任せっきりなのはあの頃と何も変わっていないのでと条件を追加した。


「でも、その代わりお金は払わせてくれ。さすがに材料費とかは俺が持ちたい。なんなら、電車乗るだろうし交通費とかも」

「え、さすがに全部はいいですよっ。私のわがまま通してもらってるんですよ? むしろ、前みたいに倒られたらこっちが被害被りますからね」

「それはなぁ、でもぉ」

「分かりました。折半で、それならどうですか?」

「わ、分かった、それなら」


 というわけで、俺の交渉と栗花落の折れなさで決まったのは折半と言う半々なものだった。


 まぁ、生憎と長年「自分が自分がー」って感じでお互い悪いって思ってきて、ぶちまけたときは言い合ったんだし。


 こういうときに折半と言う言葉が出るのは一つの成長と言えるのではなかろうかと。


「ふぅ。それじゃあ、食べ終わったので下げましょうか」

「あぁ、そうだな。俺も皿洗い手伝うよ」

「全部やりますよ?」

「いいんだよ。俺にもやらせろ」


 なんて言ったそばからすべてやってしまおうとするのが彼女なのだが。


「そ、そうですか」


 ただ、こくりと頷いて受け止めてくれるのも初めてだったかもしれないのは進歩だろう。


 まったく、見た目以上に中身も洗練されて綺麗になったっていうか。

 垢ぬけすぎだろうな、これは。

 やり直して、もう一度好きっていうときには他の男に取られないか心配だわ。


 特に、久遠なんかにはな。

 絶対に紹介はしてやらん。

 いや、別に栗花落のことを信じてないというわけではないけどな。


「あの、どうかしましたか? そこのお皿も」

「ん、あぁごめん。なんだかさ、栗花落がすっかり綺麗になったんだなって思って」

「うっ、き、綺麗とか……お世辞やめてくださいっ」


 ただ、誉め言葉にちょっと弱いところは変わらないよな。

 ついさっき、自分で変わったから言い寄られたとか言ってたくせに。


「ほんとほんと」


 にこっと笑みを浮かべてそう言うと、栗花落は猶更頬を赤らめそっぽを向く。

 そして、背中を見せたまま呟いた。


「嫌いです」

「嫌いなやつの弁当なんか作るのか?」

「……うるさいです。さっさと持って来てください」

「ほいほい」


 怒気のこもった強い命令口調に言われて俺はお皿を流し台まで持っていく。

 すると、彼女は俺に聞こえる声でボソッと溢した。


「—―先輩を放っておけないだけです」


 恥じらいと少しの優しさがこもった打ち明け気味の言葉が漏れて、耳に届く。

 それを聞いて、嬉しく感じた俺は――いや俺たちは子供っぽいだろうか。


 二十六と二十五。

 アラサーになって、性の六時間にセックスもせず、ただご飯食べて、談笑して……時間を忘れて、いつの間にかクリスマスを明けるだなんて。



「まぁ、いいか」

「え、なんですか?」

「ほら」


 そうして、時計を指さす。

 長針と短針はきっかり重なって真上を向いていた。


「すぎちゃったなって」

「すぎ、ちゃいましたね」


 ほんと、大人なのかな俺たちは。


 まぁでも、別にいい。

 俺と栗花落はここから青春を取り戻さないといけないんだから。





あとがき

 というわけで第二章スタートです。

 来月卒論発表なので月末から来月にかけては特に不定期投稿になるかもしれません。でもカクヨムコン9期間はずっとやりますよ。もう四度目なので受賞したいですから!




 

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