第20話
◇◇◇
「ん……あぁ、いてて」
翌朝、レースカーテンの隙間から差し込む陽の光と、香ってくるいい匂いによって目を覚ました俺は状況を理解するのに時間がかかった。
昨日は栗花落にご飯を作ってもらい、
帰る時間になって彼女を外に送り出すと猛吹雪になっていて、
それで、一泊泊めることになった。
そうだ、風呂上がりに気分転換までゲームでもすることになり、日付が変わったところで眠ることになったんだ。
「うっ……まぶ」
眩しく、瞼の隙間から入ってくる光を遮る様に目元を擦りながら、おぼつかない視界を開いていく。
すると、見えてくるのはリビングだった。
プロジェクターに、アマゾンで一万円くらいで買ったスピーカー、そして綺麗に仕舞われた某家庭用ゲーム。
それを見て、自分が今ソファーから起き上がったことに気が付き、ハッとする。
「そうか、俺……ソファーで。っいてぇ……」
俺のベッドは栗花落に譲ったんだった。
我ながら紳士的なことをしたつもりになっていたのだが、それにしてもこの有様。
ソファーから起き上がるだけで腰に痛みが走った。
「あ、先輩。起きたんですね、おはようございます」
声の聞こえる先を見つめると、そこにいたのは髪を後ろで一つ結びしてお玉片手にこちらを見つめているエプロン姿の栗花落だった。
「栗花落……お、はよ?」
「はい。毛布かけておいたんですけど、寒くありませんでしたか?」
「え、あぁ。うん」
自分の足元を見ると二枚の毛布があり、どうやらもう一枚栗花落がかけてくれていたようだった。
「あ、ありがとう。ごめんな、こんなことまで」
「流石にベッドで寝かせてもらったのでこのくらいは普通ですよ」
「そうか。とにかく感謝するよ」
いやいやと頭を横に振りながら否定する栗花落は相変わらず律儀だった。
そんな会話をしつつ、俺はソファーから起き上がり台所の方へ向かいながら尋ねた。
「そういえば、栗花落何作ってんだ?」
「朝ご飯ですよ」
「あさ、ごはん……え、マジで!?」
一瞬、何を言っているのかが分からなかったがハッとした。
目の前に見える器具、お玉から連想しやすい――彼女はどうやらみそ汁を作っていたようだった。
栗花落は不思議そうにこちらを見つめる。
「……味見したいんですか?」
「え、あ、味見⁉ まぁ、したいけど」
「いいですよ。まぁ、簡単に作った感じですけど。はいっ」
そう言うとお玉で鍋の中を掬い、小さなお椀に入れると俺の前に差し出した。
慌てて受け取ると彼女は何やらまじまじと見つめてくる。
「飲まないんですか?」
「ん……いや、飲むよ、飲む」
ゴクリと生唾を飲み込み、俺は一気にその味噌汁を喉に流し込んだ。
——ギュっ。
その瞬間、口に途轍もないくらいの熱さが襲い掛かった。
「——っあ⁉ あっつ!!!!!」
勢いよく行き過ぎた。
「せ、先輩‼‼ 何そんな勢いよく!! あ、水を‼‼」
「すまんっ……ぷはぁ……」
目の前の状況に焦り散らかした栗花落からなんとか水を汲んで貰い、喉に流し込むとなんとか熱さが引いていく。
「……死ぬかと思った」
「びっくりしましたよ。いきなり勢いよく口に放りこむんですから」
「あそこまで熱いとは思わなかったんだよ」
何より、みそ汁を自分ではなく誰かに作ってもらうなんてお袋以来初でびっくりしちゃったし。
なんなら自分でもあまり作らないから味が懐かしくて少し驚いた。
ていうか、栗花落が作ったなんて言ったらまるで新妻みたいじゃないか。
「味噌汁なんですからね……まぁとりあえず、あと十分くらいで完成するので座って待っててください」
「お、おう」
そして、俺は言われるがまま食卓の椅子に座り出来上がるのを待った。
スマホ片手にニュースを読みつつ、たまに栗花落の方を見つめると溢れ出る新妻感にため息を漏らしつつ。
背徳感といえば、それはもうそこはかとなく良かったけど。
何もなかったふりをして、目の前の朝ごはんを前に両手を合わせた。
「「いただきます」」
初めて怒られた殊勝だった挨拶をなんの合図もなしに済ませる。
そうして、俺はまず味噌汁のお椀を持ち、ずずっと一杯啜った。
「っあぁ……」
口の中で広がる和風出しと赤味噌のコク、そして溶き卵がそれらを包み込むようにマイルドにする。
久しく忘れていた味が身に染み渡り、声が漏れた。
「うまいな、これ」
その一言に尽きた。
「……それは良かったです」
そんな俺に対し、栗花落は安堵したのか息を漏らした。
肩を撫で下ろすように揺らして、自分もゴクリと嚥下する。
「シチューの時もそうだったけど、料理が上手いんだな栗花落は。驚いたよ」
「まぁ他にやることもありませんしね。自炊しない先輩の方が珍しいと思いますよ?」
「いやいや男はする方が少ないと思うぞ。ていうかやり方わからないしな」
「そういうものですかね……一応、中高で料理したと思いますけど」
「あぁ……全部班の人に任せてた記憶があるな」
「っふふ、男の子ですね。先輩も」
「そりゃな」
自慢じゃないが、俺の家庭科の成績は小学の頃からずっと二だ。
裁縫も、料理も。そして試験もなぜかそういう部分だけはめっぽう弱い。
男の子っぽいっちゃ、ぽいかもしれないけど。
「でも周りにそういう人っていないんですか?」
「自炊してる人かぁ……」
鮎川さんはいつも市販のお弁当食べてるし、浮かんでくるのはあまり……いや一人いたか。
思えばいたな、久遠のやつが。
「ん、誰かいるんですか?」
「いや、やっぱりいないかな」
栗花落に対して久遠の名前を出すのは良くない気がして頭を横に振った。
久遠を紹介することにでもなれば、絶対栗花落を誑かそうとするからなあいつは。
それに最近彼女欲しいとか言ってたから危険だ。
「本当ですか、なんか都合が悪いから言わなかったような言い草」
「いやいや、ほんとだよ。ほんと……何より栗花落に都合が悪いから」
「なんですか?」
「なんでもないよ。っはむ……んっ、うまい!」
都合が悪いのも事実だし、正直何も言い返せなかったからご飯をかき込むと栗花落はジト目で俺を見つめてくる。
その視線を感じながらも食べているといつの間にかため息を吐き出して、彼女もご飯を食べることにしたようだった。
結局、軽く談笑しながらも食べ終わり、挨拶をして早速尋ねることにした。
「—―そういえば、この後はどうする?」
今日の議題はこれだ。
日曜日、そして休日。
お互い忙しいけどひとまずは暇日でもある。
「外は晴れましたし、電車に乗って帰りますよ」
「俺が送ろうか?」
「え?」
最近あまり運転する機会がなかったし、と思い切って尋ねてみると栗花落は呆けたように口を開けた。
「先輩って、車持ってるんですか?」
いやいやそんなわけない聞き間違えだろう。
なんていった顔だった。
「俺ももう二十六だからな、車くらい持つよ」
カッコつけてみたが、生憎と買ったのは今年に入ってからだ。
大学生の時に夢見た車と言うものを、ようやく買えそうなくらい貯金をたまったから買っただけ。
にしても、買ってみてから分かるけど大学生の分際で車持ってるやつはどれだけ親に恵まれてるか自覚したほうがいいな。そこの坊主。
「そ、そうだったんですか。てっきり持ってないかと思って……先輩電車通勤だし」
「色々理由はあるけど、普段は自動車で通勤してるんだけど冬は電車使ってるんだ。まぁそれに、近いってのもある」
「ま、まぁ、確かにですね」
「おう。それでどうする? 乗っていくか?」
話を戻して、聞いてみると栗花落は逡巡するように視線を逸らした。
「—―いや、大丈夫です。そこまでやってもらうわけにはいきませんし」
「そ、そうか?」
「はい。気持ちだけで十分です」
答えはNO、どうやら遠慮されたらしい。
まぁ、無理強いするわけにもいかない。久々の冬の運転は少し危ないからな。
「分かったよ。それじゃあ俺は明日の買い出しかな」
「買い出しですか?」
「あぁ」
話は変わり、俺がぼそりと呟くと彼女は急にジト目を向けてきた。
そして、ぐぐっと身を近づける。
「あの、ちなみに何を買おうとしているのか聞いても?」
「え……あぁっと、メアリーメイト?」
あからさまな圧にやられながら答えると栗花落は「ほれ見たことか」とため息を溢した。
「だろうと思いましたよ。先輩、私を送る送らない以前に食についてもっと考えてくださいよ」
「栄養高いだろ、あれ」
「関係ありません……というか、毎日ですか?」
「うち、食堂は無いからまぁ外食かそれかな」
「はぁ」
二度目のため息。
「分かりました……先輩」
「え?」
「私が作ります」
急な宣言に俺は反応できなかった。
「ん、なんて?」
「お弁当作ってあげますって言いました」
「……え、いやそれは家政婦の業務には」
ここにそれを持ってくるのは違う気がしたけど、そうでもしないと言い返せない。
しかし、栗花落は呆れたように呟いた。
「今更です。それに、いろいろしてもらったお礼もありますし……何よりまた倒れられたら心配です」
「えぇ、でも」
「私だって暇じゃないんです。今度倒れたら先輩を介護する自信ないですっ」
「でも」
「なんですか?」
眼力は凄まじく、結局何も言い返せず。
結局、栗花落は俺にお弁当を作ってくれることになったのだった。
あとがき
長くてすみません!
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