第19話
◇◇◇
先輩の部屋を出た後。
私はエレベーターで下のエントランスまで降りて、他の住民さんに会釈で挨拶を済ませる。
「……っぁあ、もう、どうして顔赤いのよ私」
心の中では酷いことをしているんだろうなと分かっていながらも、いざ先輩の前に出てしまうとそれに目をつぶってしまって何も言いだせなかった。
でも、当の先輩本人は何も知らない。
いつも通りの笑顔で迎えてくれて、どんどんと自己嫌悪に陥りそうになっていく。
何より、こうして「店を出せるほどに料理が美味い」なんて褒められたことに顔を赤くしているのだから。
それに、まるで先輩の奥さんかのように他の住民に挨拶までしてしまっているし。
自分が一体全体どうしようとしているのかすら分からなくて、迷宮入りの心が身体を蝕んでいた。
「またって言っちゃったし」
またって言い返されちゃったし。
再び会うフラグを立てて、伏線を残して、全くもって罪な女だろうと見に沁みて思いつつ。
結局、言いだせずに夜道を帰る。
思いだせば来週末にはもう、クリスマスが控えているのに。
これ以上引きずったら、絶対に後に戻れなくなるのに。
いくら誠実な先輩も、所謂性の六時間に突入してしまえば話が変わる。
何よりも、付き合っていない男性の家に上がり込んでいる時点でもう、否定なんかできないんだから。
「……はぁ」
答えは簡単。
好きかどうか言ってしまった時に「はい」って言えば。
母親に、あの話は嘘で、ただの激情で、私も悪かったんだと告げられれば。
でも、そんなの絵空事で。
意志の弱い、嘘つきな私にできるわけもなく現状維持に落ち着いてしまっていた。
「今日は、お酒でも飲も」
やってられないんだ、私も。
あんなにもなりたくなかった、汚い大人になってしまっているようで。
エントランスの扉のガラスに映る自分が見たくなくて、顔を上げずにそれに手を掛け力を入れる。
帰ろう――そう思っていた矢先だった。
スッと音を立てて開く扉、その向こう側からかつてない程に凍てつく風が全身にぶつかった。
「っはぅ⁉」
思わず、吹き込んでくる冷たい風に両手をかざし、目を瞑る。
私は自分の身を守る様に、その場に屈みこんだ。
あまりにも凄すぎる風。
これでも、一応北海道生まれ北海道育ち。
生まれ自体はなんなら北海道の中でも寒い方の道央の富良野市だ。
だからと言って寒さに強いか弱いかなんて関係ない。
ただ、それでもあまり経験したことがないような冷たい風が身に降りかかってきて私は混乱した。
恐る恐る瞼を上げて、真っ赤になった冷たい両手の隙間から様子を覗き込む。
見えてきた景色を見て、私は唖然とした。
「え……なにこれ?」
ぽろっと漏れる一言。
それも、景色が凄まじかったのだ。
一面の銀世界。
言葉だけでは綺麗だったかもしれない、でもそれは積もっている雪に対して言える話ではなく。
それは舞い上がる、そして舞い降りる雪に対しての表現。
一言で言うなら、猛吹雪。
かつて見たことがないほどに吹き荒れた雪降る様子に唖然としたのだった。
◇◇◇
「え、なんで?」
時刻は二十一時を過ぎたところで、俺は目の前の状況にあんぐりと口を開けることしかできなかった。
いや、なんとなくわかっていた。
外の様子がやけに慌ただしいと感じていた。
一応、家を出る準備をしつつ、ソファーに座っていると案の定それはきた。
「すみません」
本日二度目の顔合わせ。
目の前には顔と手を真っ赤にし、寒そうに震えながら申し訳なさそうに頭を下げる栗花落がいたのだ。
「っ——て、あれだ、ほら早く中は入れ」
寒さで震える彼女を慌てて中に招き入れ、コートを貰いハンガーにかける。
節電用に一時電源を切っていた電気ストーブに電源を入れて、エアコンもガンガンにつけつつ彼女をソファーに座らせた。
「すみません。なんかまた戻って来てしまって」
「いやいや、俺は全然大丈夫だけど……あれか、吹雪いてた感じか?」
「はい。猛吹雪でした」
やはり、そうだったようだ。
「タクシーって手もあるけど、いや、危ないか」
「大雪特別警報出てますからね。すみません」
「いやいや、だから栗花落が謝ることじゃないって……にしても、終電とかって何時か分かるか?」
「終電は二十三時まであります」
「そうか、ならとりあえず様子見かな」
「はい……」
俺の家から最寄り駅までは歩いて十分程度。
ただ、前も見えないほどの雪だと帰るのは少し危ない。
なんなら、さっき雷も聞こえてきたし、明日も休みだからあまり危険を冒す必要もないだろう。
今までの経験上、こういう時にすぐに雪が晴れると思えない。
とにかく、そうだな。
状況をまとめると————
————泊まる可能性、大アリって言ったところだ。
「マジか」
「えっ……あ、その、やっぱり私家から出た方が」
「あっ、ちょちょちょ、そうじゃなくて! 大丈夫だから、全然いてくれても大丈夫だから!!」
「……本当ですか?」
「あぁ、もちろん」
状況が状況過ぎて口から本音が漏れてしまった。
悲しそうに部屋から出ようと立ち上がる栗花落の手を引き止めて、なんとかソファーに座らせるとしばし無言が続く。
どうしたものか。真面目に悩む。
今まで人を止めたことなんて、同僚の久遠とかくらいで女性はおろかあまり人すら止めたことがないこの家で。
なんて言ったって、元カノの栗花落と一緒になるとは考えてもいなかった。
想定していない上に、やはりこういう状況になってしまえば……身構えもなぁなぁだ。
「とりあえず、そのなんだ……ゲームでもするか?」
「げーむ?」
「まぁ、ほら……な?」
そう言って、雑巾から絞り出した言葉は「ゲーム」の三文字。
それに対して、栗花落は少し困惑した表情をしながら何か腑に落ちたのか微笑みを見せる。
「……ですね。こういうときこそ、息抜きですからね」
「まぁ、な」
なんだかんだ。
こういうところだろうと、俺は飲み込み嚥下する。
普通ならば、ここで口づけしてそのままワンナイトでもしてしまうんだろうけども。
俺が八年間、セカンド童貞引きづって、誰とも付き合えなかった理由はよく分かった。
そんな気がした瞬間だった。
◇◇◇
「あっちょ、先輩! その置きバナナはずるいです!!」
「よーし、しっかり見ることだったな!」
湯船に浸かり体の汗をすっきりと流した俺たちは、これで本日七回目の某兄弟のレーシングゲームを遊んでいた。
ちょうど、コンピューターたちを薙ぎ倒しての最終決戦。
俺がアイテム前に置いていたバナナに引っ掛かった栗花落の車が綺麗に横転し、そのままゴール。
七戦七勝の快挙を成し遂げ、俺は綺麗にガッツポーズを掲げた。
「よっしゃ~~!」
「先輩、強すぎますってぇ。もっと手加減してくださいよ」
「あはははっ。昔からゲームだけは弱いもんな」
昔から栗花落はゲームになると下手であまり相手にはならなかった。
まぁ、俺の方が昔からゲームしていたし、これでもレーシングゲームではネットで”小学校の星”なんて言われたくらいだ。
そんなことを思い出しながら茶化すと彼女はむぅっと頬膨らませて、目線を合わせず呟いた。
「そりゃ、あまり遊ぶ人いませんでしたし……」
「あ、ははは……すまん」
微妙な空気になりつつ、今度こそは俺の背中をはたく彼女。
俺が気が付くとどうやらさっきまでの顔がブラフだったかのようにゲスな笑みを浮かべる。
「あいてっ」
「次は勝ちますから、絶対!」
「っちょ、そこは俺が苦手なコース」
「残念ですね、私の心理戦に負けたからですよ!」
「っておい、まだ始めんなコントローラーがそっちに!!」
「いけえ!」
——3、2、1、GO!!
とカウントダウンが始まり、一つ遅れてスタートした俺が最後の最後で栗花落を捲るのはまだ知らず。
結局、俺達は当初の様子見を見ると言うことはすっかり忘れて日付が過ぎるころまで遊んだのだった。
ちなみに、ソファーで寝ることになった俺だが。
風呂上がり栗花落の色っぽさが凄まじくて、全く寝れなかったのはまた今度の話だ。
あとがき
私は特に7が好きですね、このゲーム。
面白いな、続きが読みたいなと思って頂けたらぜひフォロー、応援、コメント、そしてレビューしていただけると嬉しいです! 励みになりますので何卒よろしくお願いします!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます