第5話


 ◇◇




 俺は冬と言う季節があまり好きではない。

 理由は何かと言われれば、湧いて出てくる水のように溢れんばかり。

 

 ウインタースポーツは昔からあまり得意ではない

 クリスマスとか恋人たちとの祭典がある

 雪道は歩きずらい

 冬道は運転しづらい

 

 何せ、如何せん――寒すぎる

 北海道の冬なんか、地球のバグかって思うほど寒くなる


 ってうるさいけど、俺はそのくらいあまり好きではない。


 —―でも、何がその原因かを考えたとき。

 最もそうだと言えるのはきっと……。





◇◇


 栗花落と再会から早一か月。

 本格的に雪が降りだし、世間は雪だ雪だと現を抜かすこの季節。

 

 俺は今日も、夜深まったこの時間まで仕事をし、帰りの地下鉄を待っていた。


「……久遠のやつめ」


 小さな陰口が駅のホームに静かに響いて、そして消える。

 こんな時間まで仕事してるやつなんかいないよ、と言わんばかりに誰もいないこの場所で悲しき男が一人。


 いやはや、悲しい話だ。

 十二月初週。

 つまりは、数週間後にはクリスマスが控えている。

 そのせいか、久遠は最近ものすごく付き合いが悪い。

 普段は一緒に帰っていたというのに、最近は俺よりも優先する用事があると一蹴して誰かと帰っているらしく、こうして一人でいた。


「……リア充、ばくは」


 途中まで言ったところで、声を出すのを辞める。

 これは、高校の時によくみんなが口にしていた台詞だった。

 相手は俺だ。

 俺が栗花落と一緒に下校するときに、仲の良かった友達が耳にタコができるほどに投げかけてきた言葉。


 幸せいっぱいだった二年生の頃だったので、あまり刺さらなかった。

 ただ、俺からそれた言葉の針は隣の栗花落にぐさりと音を立てて刺さっていた。


『どうして、あんなこと言うんですか』

「嫉妬してるんだよ」

『……別に、あんなひどいこと言わなくていいのに』

「気にすんなよ、ほら行くぞ栗花落」


 言葉に中身なんかない。

 ただの僻みで、ただの嫉妬。


 しかし、昔からよく小説を読むことが好きだった彼女には答える言葉の牙。

 彼女は繊細だった。

 律儀で、繊細で。


 だから、何も伝えなかった俺を振った。


 それを思い出して、言いかけてやめる。


「……どうすっか。俺は」


 栗花落、彼女を誘っていいのか。

 こういう関係性の上、どうすればよく分からない。

 

 少しだけ逡巡し、しかし答えは出ず。


「まぁ、まだいっか」


 時期尚早だと決めつけて、俺はスマホを取り出し時間を確認する。

 そろそろ下り列車がくる時間。






 —―その瞬間トキだった。

 


「……あなたのことは、知らないです。すみません」



 何度も聞いた、あの声が聞こえてきた。

 高く、しかしそれでいて不快感のない透き通る落ち着いた声。

 その声が聞こえるほうに顔を向けると、やはり栗花落だった。


 仕事帰りだろうか。

 綺麗な黒髪を下ろし、

 スタイルが綺麗に分かる白いコートに身を包み、

 緑が背景色なカラフルなマフラーで首元を隠し、立ち尽くしている美しい風貌。


 男なら誰でも見つめてしまうほどの言葉に表せないがあった。


「つゆっ……」


 声を掛けようとしたが、瞬時に状況を理解して途中で口を閉じる。


 栗花落と二人でデートに行った時よりも落ち着いていたが、その格好は大人になった栗花落で間違いない。


 しかし、隣に誰かが立っていたのだ。


 全身を覆った真っ黒なスーツに、赤いネクタイ。

 耳にはピアスが付いていて、全体的にかっこいいと言える知らない男が立っている。


 ナンパだろうか。

 いや、それにしては栗花落の表情が少し硬い気もする。


 目を見ないように、そして顔も見せないようにしている様子でただひたすらに遠ざけようと距離を取っている。


 誰が見ても分かる、困っているのは確実だった。

 周りを見渡すが生憎とこの時間にいるのは俺だけしかいない。反対のホームに人はいたが、イヤホンをしているためか聞こえていない様子。


 今までの経験上、ああいう男に関わるのは避けたかったがそんなことは言っていられず、立ち上がった。


「なぁ――」





◇◇





 時刻は二十二時五十分。

 俺たちは、真夜中のラーメン屋にて麺をただひたすらに啜っていた。


「先輩……ありがとうございます、こんな時間に」

「いやいや、いいよ。気にしないでくれ。そういや経理なんて忙しいのこの時期だもんな。むしろ、俺が忘れてたわ。貴重な休みにご飯連れ出してすまん」

「そんなことないですっ。ご飯の日は楽しかったですし、何より疲れていたからこそ息抜きで来たって言うか」

「おぉ、そ、そうか。なら安心したよ」


 軽くごめんよを手を合わせたつもりが、栗花落は必死に否定してきて少しギョッとした。

 こんなに否定するだなんて、高校の頃もあまりなかったし新しい一面なのかもしれない。


「うまいな、ラーメン」

「はいっ。おいしいです」


 ズルズルッとすする音が客二人だけの店内に響き渡り、カウンター前の大将は何食わぬ顔でお皿を拭いている。

 こんな時間にお邪魔してしまったのは少し悪いなとも感じつつ、舌は知らぬ勢いでバクバクと食していた。


 チー油の効いたパンチのある醤油ベースの汁に、コシのある太麺。

 旨味を詰め込んだ味玉に、パリパリの海苔と汁がしみ込んだもやしとほうれん草。

 

 まさに、深夜に食べてはいけない料理ナンバーワンの家系ラーメン。

 食べるのはかなり久しぶりだったが、やはり口にすると破壊的なおいしさが顔を見せてくる。


 それを女性に食べさせるのはどうか、という苦言を呈されることもあるが隣に座るコートを脱いだスーツ姿の栗花落は笑顔を振りまきながら食べてくれていた。


「私、ラーメンと言えば味噌しかないって思っていましたけど……ありですね! これはこれで、めちゃめちゃおいしいっていうか。胃にずっしり来ます!」

「おう。色褪せないぞ、この味は」

「じゅるじゅるじゅる―――――んん~~、最高ですっ!」

「負けてられない食べっぷりだなぁ」

「早く食べきるのは私ですよ!」

「なんだと、俺の方が男の威厳にかけてだなぁ~~」


 じゅるじゅるじゅる。

 くちゃくちゃは許せないのに

 日本文化だけなのかもしれないが、やはりラーメンを食べるのならこの音は欠かせない。


 まったく、子供みたいなことをしていると思う。

 この悪ノリは若いから許されるのに、アラサーがやることでもないのに。


 少しだけ、子供に戻った俺たちはひたすらに啜っていく。

 真夜中の家系ラーメンってだけでも破壊的で壊滅的。

 だというのに、早食い競争なんてしたら犯罪的で不健康だ。


 でも、繁忙期のこの時期の深夜くらい。

 楽しませてほしい。


 静けさの中、ラーメンをすする音が響き渡る。

 もう一度言うが、キッチンの大将は無口のまま。


 深夜、夜も深まったこの時間に始まった遊びはまさかの栗花落の勝利で幕を下ろした。




 そして、帰り道。


「いや、まじで悪ノリすぎたな。すまん」

「うぅ……言い出しっぺは私ですよ、もう、来たくないですねここは」

「おいおい、それはフラグじゃないのか」


 家系ラーメンと言えばそのフラグだ。

 

「というかさ。いいのか、代金払ってもらってよ。俺負けたんだし」

「別にそのためにやっていませんし。それに、今日は助けられましたからね」

「助けたって言うかなぁ。あれがその判定でいいのか迷ってるぞ俺は」


 助けた、というのは駅のホームで彼女を見つけたときに見たあのチャラ男のことだ。

 聞くところによれば知らない人だったらしいが、俺が声を掛けた瞬間にバツが悪そうに逃げて行った。


 殴り合いも覚悟していたのだが、少し白けたくらいだ。

 栗花落に何もなくてよかったけど。


「助かったんですよ、間違いなく。それに楽しませてくれて余計にですよ? おつりが来てもいいくらいですから」

「そうかなぁ……」

「そうですよっ!」


 納得はいかない。

 それでも、彼女は強引に言い放つ。


 そして、極めつけには。


「前のランチのお返しと思ってください!」

「そ、それは……」


 ぐうの音も出ない。

 未だ、女性にお金を出させるのは――というくだらない論争を起こしそうだったが、変な罪悪感が支配する。


 しかし、栗花落は見るからにどうでもよさそうな顔で言い放った。


「いいから、行きますよ先輩っ。終電、間に合いませんから!」

「ちょ、ちょっと待ってくれ!」



 イルミネーションが夜の街を照らしている。

 そんな中へ、飛び込んでいくかつて彼女だった栗花落の背中。

 それは……もう。




 言葉には言い表せないほどに、美しいものだった。



 



 六年間の帰宅部と八年間の運動不足な俺が、ジムに通っているらしい栗花落に勝てるわけもなく。




 



<あとがき>

 バイトが多すぎて疲れる……。


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