第2話
『え、何その恋愛漫画みたいなストーリー展開はさ!?』
その日の夜。
家政婦の業務が終わり、いつも通り夕方ごろに家に帰ってきた私はベランダに移動してスマホを手に取り電話を掛けた。
もちろん、相手は一人。
私の唯一の気の許せる友達であり、大学から一緒で今では会社も部署も一緒な女の子、三澄純玲。
彼女と初めて出会ったのは大学一年の頃の学科顔合わせの新入生説明会日だった。
春休み中に勉強したメイクをして、今まで着たことのない身の丈に合わないオシャレな服装に身を纏って色々な期待と思い残した不安を抱きながら大学に通い始めたあの日。
周りはインスタやエックスで出会った友達と一緒に行動を共にし、そんな中で側だけ整えた人見知りの私がどうにかできるわけもなく。
何人かの男性に声を掛けられ、それをのらりくらりと躱し、疲れ切った午後の部の説明会の席で出会うことになる。
隣の隣。
空席を挟む形で座っていたのが彼女だった。
事前にもらった説明会のプリントがないのか、リュックの中を漁るように探しているのが目につく。
かなり重要な資料なのに忘れているのだろうか。
だらしない人だな。
なんて考えながらも、結局見捨てられずに意を決して声を掛けたのだ。
「—―あの、私の見ますか?」
「えっ……あ、いいの!? ありがとう~~なんか忘れちゃったみたいで! 君、名前は?」
「えっと――ことり、栗花落ことりです」
「ことり。じゃあコトッチだね! うちはすみれ、三澄純玲っていうの。スミスミって呼んでね!」
それが初めてだった。
初めてできた大学の友達。
不安感が少し薄れて、私たちは今の今まで一緒でいる。
相変わらず距離感を図るのが苦手な私は冷静を装ったままで、気恥ずかしくてまだ純玲呼び。
友達と言う存在なんて碌に作れなかった私に、どうするのが友達らしいのかなんて分からないけど。
でも、大切な友達なのは確かで、騒がしいけど好きな人でもある。
だが、これだけは思う。
私に何かある度に面白そうな声でニヒニヒ笑うのはやめてほしい。
「その言い草は……まぁ、どうせ純玲のことだし、やめてって言っても無理なんだろうけど」
『お、ご明察だね。でもでも、友達がそんなロマンチックな再会してたら普通テンション上がるものじゃない⁉』
「そうかなぁ?」
『あれ、さては女心が分からないのカナ?』
「私も女なんだけど?」
『あぁ、そうだったぁ。男の子に靡かないからてっきり男の子かと』
姿は見えない。
でも、電話越しの友達の姿は安易に想像できる。
伊達に七年間友達しているわけではない
もちろん冗談で。
会社で私を茶化すときのように楽しんでいるのだけはよく分かった。
「はいはい……」
『んはは。さすがにこれ以上いじめちゃうとことっち拗ねちゃうね」
「よくお分かりで」
『伊達に七年友達やってるわけじゃないからね』
そう、伊達にだ。
こうやって同じことばかり考えてしまうのも、性格が違うなりに息の合っている証拠なのだろうか。
そんなことを考えていると、一息ついたのか声色を変えた純玲が尋ねてきた。
『—―にしても、珍しいよね。ことっちが要求を呑むだなんてさ』
目の前に広がるいつも通りの夜景を見つめながら、少し考える。
正直な話、昨日は少々混乱した。
名前が分かった時点で少しだけ、その可能性もあるんじゃないかとは思ったけど、まさか本当に相手が元
勿論、身構えてもいなかった。
驚きながらも、平然を装いながら答えて、結果あんなところに落ち着いただけで今でもあまり実感がない。
今までの経験上、家政婦として向かった男性宅で誘われたことは何度かあった。
連絡先を交換しようとか、ごはん食べに行かないとか、泊まっていかないとか。
でも、その都度断ってきて、それが当たり前で。
それなのに、先輩からあんな風に誘われて私は断ることが出来なかった。
いや、断るどころか、少し乗り気で。
むしろ、久々に見たあの再会に心躍らせるように答えていた。
未練なのか、それとも心にできた余裕がそうしたのか。
想像はできていなかった。
嬉しいのか、それとも。
自分でも自分の気持ちが理解できていない。
ベランダの塀に背中を預けながら、電話をしていたことを忘れてスマホの持っていた手をゆるりと降ろす。
「(どうしたいんだろ……)」
よく分からない自分の心に問うように。
重い胸の内を溢した。
『おーい。聞こえてる?』
感傷に浸っているところで、純玲の声が聞こえてきてハッとした。
慌ててスマホを耳につけると心配したかのような声が聞こえてくる。
「あ、ごめん!」
『おいおい、ことっちびっくりしたよ?』
「あははは……なんかつい考えこんじゃって」
『まったくぅ安心したよ。うちが聞いちゃいけないこと聞きすぎて倒れたんじゃないかって思ったわ』
「まさか」
『なら、よかったよ』
少し調子が狂う。
普段は小学生の男の子みたいに馬鹿っぽい事言ってくるのに、こうやっていざと言うときは真面目に心配してくれるのだから。
大学の頃から、この感じでまだ少し慣れない。
『はぁ……あのさ、ことり』
「な、なに? 急に名前で」
そんな彼女は少し大きめな溜息をついて、落ち着いた声音で呟いた。
『なんとなくね。それよりももっと、肩の力抜かないと駄目だからね。色々あったし、怖いこともあるのかもしれないけど……たまにはね』
「えっ……そ、そうだね。分かってるわよ」
『うん。ならよかった! それじゃあことっち……週明け楽しみにしてるわぁ~~』
「はいはい。じゃあね」
『おう』
—―ブチ。
通話が切れて、電話が終わる。
その瞬間、ベランダに肌寒い秋の夜風が立ち込めた。
肌に当たり、体がぶるっと震え思わず口に出る「さむっ」という言葉。
肌を擦りながら窓を開けて中に入り、カレンダーを見つめてふと思い出す。
「あぁ、そっか」
カレンダーの日付は十一月十三日。
私が先輩を振った日の二か月前の日付だった。
「……ほんと。まぁでも、そっか」
ため息が零れて、ソファーに腰かける。
「肩の力……抜かないとだめ、か」
◇
”少し遅れます‼‼ すみません_(._.)_”
”気にすんな。気を付けて”
時刻は十一時。
場所は駅前。
昨日の夜に久遠に聞いた女子受けのよさそうなカジュアルスーツに身を包みながら待っていると、スマホをバイブ音を鳴らした。
宛先はもちろん、栗花落からで。
内容はお詫びのメッセージと土下座したデフォルトキャラクタースタンプ。
デフォルトキャラのスタンプなんて使っている人、お袋くらいしかいないななんて考えつつ、おかしな白オブジェに背中を預けて待っていた。
こうして誰かを待つのは高校生ぶりで、妙なソワソワが胸の内を支配していて、どこか新鮮味があった。
それも、相手が未練たらしいあの初恋相手ならば余計にだ。
「すみません先輩、お待たせしましたっ!」
人波を縫うようにやってきた栗花落は、黒のニットにスキニーのジーパン。それを上から隠すように羽織った昨日と同じ白のコート。
当然というべきか、装いや色彩センスはあの頃の栗花落とはもうすっかりと変わっている。
垢ぬけて、大人びた。
まさに妖艶な雰囲気が辺りを立ち込めて、周りから「やば」だとか声が聞こえてくるまでだ。
「おぉ。無事ついたみたいだな」
「はいっ。ちょっと遅れてしまって」
「いやいや、気にすんな。にしても、しっかり今日はオシャレなんだな」
「へ……あぁ、昨日はその仕事服ですからね。それを言うなら先輩も……っ」
すると、俺の方をまん丸と輝かせた瞳で見つめてくる。
何か変なものでもついていたのかなと体を触りながら訪ねると、笑みを溢しながらこう言った。
「……なんだか、ホストみたいだなって思いまして」
嬉しそうに笑う姿に少し戸惑いながら言い返す。
「え……マジ? 一応、同僚に聞いてみたんだけど」
「似合ってますけど……なんだか、ホストっぽいなぁって」
「かぁ……」
開口一番。
しょっぱなから失敗したようだ。
「まぁ、仕方ないな。それじゃあ、行くか」
「はいっ」
久遠がニコニコ笑みを浮かべているのが安易に想像できるのが少しうざったい。
明日はちょっと昼にでもおごってもらおう。
そうして、俺と栗花落の八年越しのデートが幕を開けた。
あとがき
めっちゃ不定期投稿ですみません。
やっぱり、高校生のころの青春に戻りたいですね〜。
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