第十章 夏の始まり

 アステリア魔法学校の敷地しきち内に咲いていた桜も、完全に緑色に姿を変えた頃、生徒達は夏休みをむかえた。

 この色々あった一学期もとうとう終わりであり、全校生徒は講堂こうどうに集まる。

 入学式の時と同じように、アステリア魔法学校現校長、シャンラ・ランパートが挨拶あいさつを始めた。


「本日で夏休みを迎える。その前に、一学期の印象を私から伝えさせてもらおう。この二か月強で最も私の印象に残っているのは、一年生だ。一年生諸君は、私が入学式で何を語ったか、覚えているだろうか」


 ウォンは初めて生徒としてアステリア魔法学校を訪れた、あの春の日を思い出す。

 期待を胸に、何もかもが新鮮しんせんに見えたあの日を。


「私は貴様らに『素質そしつがない』と言ったが、それを判断するには時期じき尚早しょうそうだったようだ。今の一年生の中には、あの頃よりも資質ししつを秘めた魔法使いが増えている。これは非常に喜ばしいことだ。これからもはげみたまえ」


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「なんかあの人がめてると変な感じする、、」

「まあ、私達にとって天上人てんじょうびとのような方ですからね」


 講堂からの帰り道、ホルンとウルカはそんなことを言っていた。

 確かに、入学式の時にはただ怖い魔女という印象だったシャンラだが、意外と生徒のことを見ているというのは、この一学期で伝わってきた。

 とはいえ、生徒達の前で魔女としてのスタンスをくずす気はないらしい。

 それを感じたのは、この数時間後だった。


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「ダンテくんは家帰る?」

「うん。でも、多分夏休みの後半になると思うよ。今の時期はいそがしいだろうし」


 ウォンはホルン、ウルカ、ジャック、ダンテ、リュウナと夕食を食べに来ていた。

 一学期期末試験で和解わかいしてからというもの、最近はもっぱらこの六人で行動することが多い。


「ねね。私もダンテくんの家、ついてっていい?」


 リュウナがかがやくような笑顔でそう言うと、ダンテはは困惑こんわく気味に答える。


「ま、まあいいけど、、。リュウナは帰省きせいしなくていいのかい?」

「私の家ここの近所きんじょだから」

「そ、そっか」


 リュウナの元気さに押されているダンテに、ウルカが苦笑しながら伝える。


「リュウナさん。ダンテさんのご実家に行かれるのは、少し問題がありますわよ」

「え、なんのこと?」


 ウルカが言いたいことをウォン達も分かっているが、リュウナは本当に分かっていないらしく、間抜まぬけに首を傾げるだけだ。

 ウルカは一応ダンテに視線を向けて確認する。

 ダンテは少しだけ頬を赤くしながら、静かにまばたきをしてウルカに合図を送った。


「きっとダンテさんのご両親から見たら、リュウナさんとダンテさんが交際こうさいしているように見えてしまうでしょうから」

「私は気にしないけど」

「そういう問題ではありませんのよ」


 ウルカはストレートに問題点を伝えたつもりだったが、リュウナはそれを理解してもなお、ダンテの実家に付いていこうとしている。

 もはやここで止めても意味はない。それはリュウナと最近関わり始めたウルカも分かっていた。

 ウルカはゆっくりとダンテの方を向くと、穏やかな笑みをたたえてサムズアップする。


「ダンテさん。ご愁傷しゅうしょうさまです」

「、、、」

「ごしゅーしょーさま」

「リュウナのせいなんだけど、、」


 帰省トークが盛り上がってきたためか、ホルンが隣のウォンに問いかける。


「ウォンくんは帰省するの?」

「迷い中」


 ウォンはいくつもの心配があって、帰省するかどうかを悩んでいた。

 母親のペトラはウォンと数か月間会うことができなくて寂しがっているだろうが、帰省するにしてもウォンの実家は田舎過ぎて遠い。

 ペトラと連絡する手段もないため、帰省するにしても時期を見極める必要があるだろう。


「ジャックは?」


 一人黙々とミートスパゲティを食べていたジャックが、口の周りにミートソースをつけたまま答える。


「帰りたくない」


 そう答えたジャックの口を、彼の正面に座っているウルカが拭いてあげる。

 ジャックは目を細めた。


「確かに、こんな姿は見せられませんわね」


 もはや姉と弟にすら見える。

 そんなにぎわっている食堂に、異常な覇気はき伝播でんぱした。それを感じ取った六人が一斉に食堂の入口に視線を向けた。

 そこには現代最強の魔女、シャンラがいる。

 シャンラが試験や特別授業以外で生徒達の前に姿を現すことはない。だからこそ、食堂全体の生徒達がざわついているのだ。

 シャンラはこしに手を当てると、食堂全体に響き渡る声で話し始める。


「これより、特別試験を行う」


 その宣言がされた瞬間、その場にいた一年生だけが意識を失った。


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「おいアリア、、私のプリン、、、」


 ウォンが知らない少年の声で目を覚ますと、そこはどこかのコテージのようだった。あまり広くはないが、二段ベッドが二つ分は設置されている広さだ。

 ウォンは二段ベッドの上段に寝ていたようで、ゆっくりと梯子はしごを下りる。

 ウォン以外はまだ寝ているようで、寝息ねいきが聞こえてきた。

 起こさないようにコテージのドアを開け、ウォンは外に出る。


「ここは、、」


 コテージの外に広がっていたのは、とても大きな海だった。

 ウォンは、生まれて初めて見る海に目を輝かせる。

 だが、結局どうしてここにいるのかは不明なままだ。夕食を食べている最中にシャンラが来たところまでは思い出せるのだが、その後の記憶が全くない。

 ウォン以外の生徒もこの昼間から寝ていたことを考えると、大方おおかた何かの魔法で眠らされている間に移動させられたのだろう。

 睡眠系の魔法、正直ウォンには魔法を使ったのが誰なのか、見当もつかない。


「んぁ?ウォン?」


 背後からそんな声が聞こえて振り返ると、そこには見知ったドラグーン寮の男子生徒、レン・ランドグラーツがいた。

 レンは磁力じりょくを操る魔法の使い手であり、その魔法力はウォンやウルカに並ぶほどだ。

 レンはまだ完全には覚醒かくせいしておらず、目をこすりながらウォンに近づいてくる。


「ここ、どこなんだ?」

「分からない」


 そもそもアステリア魔法学校が存在しているティンベルは内陸国ないりくこくであり、海など存在していない。つまり、ティンベルではないどこかの国ということだ。


「全くもって意味不明だ、、」


 そう言ってコテージから出てきたのは、耳が隠れるほど長い銀髪ぎんぱつの男子生徒。

 ウォンとレンは初めて会うので誰かは分からないが、ローブの色が白なので、オーディン寮の生徒だということが分かる。


「確か特別試験と校長は言っていたか、、。他の寮と合同なら納得できる」


 男子生徒はこの状況を冷静に分析ぶんせきしつつ、決してウォン達との距離を詰めようとはしない。

 まだ試験の内容が伝えられていない以上、ウォン達がこの男子生徒と戦う可能性もある。その判断は適切だろう。


「あれれ?ウォンくんじゃん」


 聞こえてきた声の方を見ると、リュウナが近づいてきていた。

 ウォン達は気づいていなかったが、ウォン達のコテージとは別に、少し離れたところにもう一つコテージがある。

 リュウナはそこから出てきたようだ。


「リュウナ。寝起き?」

「もぅバリバリ寝起き~。寝ぐせついてない?」

「大丈夫」


 リュウナは寝起きとは思えないほど普段通りだ。まだ試験内容が発表されていないのにも関わらず、ウォン達に無警戒むけいかいに近づいてくるくらいには。


「は?なにこれ。どこ?」


 明らかに不機嫌ふきげんそうな声でリュウナと同じ方向から歩いてきたのは、緑色のローブに身を包んだ女子生徒。短い緑髪に赤色のメッシュが入っている。


「まあまあ。私は綺麗きれいでいいと思うけどね」


 その背後からさらに出てきたヘラクレス寮の女子生徒がそうなだめた。

 ウォンと同じ、魔法使いにしては珍しい黒髪を肩ほどまでに伸ばしている。

 リュウナが笑顔のまま、その二人に近づいていった。


「君達ヘラクレス寮でしょ?初めまして~」

「何あんた。試験ってこと分かってんの?」


 リュウナに対してかなり高圧こうあつ的に返し、緑髪の女子生徒は離れて行ってしまった。


「なにあれ~感じ悪~」


 リュウナが不服そうにくちびるとがらせると、黒髪の女子生徒が申し訳なさそうに口を開く。


「ごめんね。あの子、すごく気が強いの」

「う~ん、うちの緑髪とは大違い、、」


 リュウナが言っているのは、きっとダンテのことだろう。確かにダンテは気が強いタイプではなく、どちらかというと柔軟じゅうなん局面きょくめんに対応するタイプだ。

 とはいえ、そんなことを引きずるリュウナではない。

 すぐにいつもの笑顔に戻って、会話を再開した。


「私、リュウナ・キラ。よろしくね」

「リュウナって、、あのリヴァイア寮のリーダーっていう?」

「そうだよ。リーダーって肩書かたがきはあんまりしっくり来ないんだけどね」


 ウォンが周りに関心がないだけで、リュウナはウォンに並ぶほど一年生の間では知名度ちめいどが高い。

 どの寮にしても、試合で全戦全勝を達成しているのは、本当に数人しかいない。

 リュウナもウォンもその一人であり、学年最強の候補だ。


「ごめんね、変なこと聞いて」

「ううん。気にしないでいいよ~」

「私はレイア・シャア。よろしく、リュウナ」

「レイアってめっちゃ髪きれいじゃない?シャンプーとか何使ってるの?」

「普通に大浴場だいよくじょうに置いてあるやつだけど?」

「え~!?私と同じ!?」

「まああつかいやすいようにはしてるからね」


 完全に女子トークが始まったところで、いつの間にか銀髪の男子生徒の背後に、一人の女子生徒がひそんでいた。


「アル、、。どこ?」

「私も分からない。それより、熱いから離れてくれ」

「うん」


 女子生徒のローブの色は白。これでリヴァイア寮以外の三つの寮は、それぞれ二人ずつ集まった。普通に考えて、リヴァイア寮もあと一人いるはずなのだが、全く出てくる気配がない。

 すると、七人の前に突如とつじょとしてシャンラが現れた。


「もう目覚めていたか、、。いや、まだ一人寝ているな」


 シャンラが右手をコテージに向けると、慌てた様子で一人の男子生徒が出てきた。

 青色のローブに身を包み、金髪には寝ぐせをつけている。


「、、全員集まったため、これから特別試験の内容を説明する」


 シャンラの言葉に、全員が耳を傾ける。


「今回の試験の内容は『宝探し』。この海に隠されている宝を探し出せば合格だ。特に規制するものはないが、留意りゅういしてもらいたい点がある。それは、試験中は食事が自給じきゅう自足じそくであるということだ。最小限の道具などはこちらで用意しているため、そこは確認しておけ」


 シャンラはそれだけ言い終えると、どこかへ消えて行ってしまった。

 残された八人の間には沈黙ちんもくが流れる。

 その中で初めに口火くちびを切ったのは、リュウナだった。


「つまり、みんなで協力するってこと?」

「そういうことじゃね?」


 レンの肯定こうていが、全員の肯定となった。

 今回の試験は生徒間の競争が全くない、完全なる協力型。サバイバル状況下においての魔法の応用や、今までの試験になかった即興そっきょうの対話力などが求められているのだろう。

 ここは、一人リーダーを決めるのが定石じょうせきだ。


「私がリーダーをつとめてもいいだろうか」


 真っ先に名乗りを上げたのは、銀髪の男子生徒だった。


「アルファルドくんがやるの?」

「他に適任てきにんがいるか?」


 リュウナは彼のことを知っているようで、かなり打ち解けて会話できているように思える。

 リュウナが知っているということはおそらく彼こそがオーディン寮のリーダーなのだろうが、リュウナは他にリーダーの候補がいるらしく、一番最後に出てきた少年を指さした。


「ナナくんも結構適任だと思うんだけどな~」

「ん?何だよ」


 ナナと呼ばれた少年が眼鏡めがねをかけながらそう答える。


「彼が適任だと?」

「うん、まあね。うちの参謀さんぼうだから」


 リュウナが言った通り、ナナは学年での知名度は低いものの、リヴァイア寮の作戦立案をになう参謀である。


「俺も俺が適任だと思う」

随分ずいぶんな自信だな。根拠こんきょはあるのか?」

「ああ。俺の魔法は『頭を良くする魔法』だからな」


 ナナは魔法を使って頭を良くすることで参謀としての地位ちいを確立した。逆に言えば戦闘能力が皆無かいむなのだが、使いどころによっては効果は計り知れない。

 だが、それと人をまとめる力は別だ。


「こっちが良い」


 ウォンが指を指したのは、ナナではなくアルファルドだった。

 アルファルドはオーディン寮のリーダーとして、責務せきむを全うしている。その点をかんがみれば、リーダーとしてみんなをまとめられるのは、ナナではなくアルファルドだ。

 ウォンの宣言を皮切かわきりに、レンや他の生徒も続き、結果的にアルファルドがリーダーになる。


「私がリーダーを務める。アルファルド・ヘンリーだ。こちらはアリア・マリン。私と同じオーディン寮だ」


 アリアは何か言葉を発する気配は全くなく、ただコテージで出来た影ですずんでいる。

 続いて口を開いたのはレイア。


「私はレイア・シャア。この子はチャンピオン・サザーランド。よろしくね」


 レイアがチャンピオンの分も名乗ったのは、明らかにチャンピオンが不服そうにしているからだ。

 ウォン達ドラグーン寮はあまりヘラクレス寮と関わりがないので分からないが、彼女はいつもこうなのだろうか。

 ウォンももちろん口下手なので、ここはレンのローブの袖を引っ張って、話してもらえないかアプローチすることにする。

 レンがウォンの方を見ると、完璧な間抜け顔で首を傾げた。

 少々しょうしょう不可解ふかかいに思いながら皆を見ると、レンはニカっと歯をむき出しにして笑う。


「俺はレン・ランドグラーツ。よろしくな」


 流石にまだウォンの気持ちを読み取ることはできないようだ。内心ないしんでため息をつきながら、ウォンも仕方なく口を開く。


「ウォン・エスノーズ」


 名前以外に何を付け加えればいいのか、ウォンには分からない。だから最低限名前だけを伝えると、レンとリュウナを除いた全員がウォンに驚嘆きょうたんの視線を向けた。


「こいつが、、」


 それは先程から何も話そうとしなかったチャンピオンも同様で、組んでいたはずの腕をほどいている。

 ウォン・エスノーズという名前を知らない一年生は居ない。『神に選ばれし魔法使い』ギラン・タリタに次ぐ、二人目の二属性適性。そして、魔法の名門であるアステリア魔法学校の入学試験一位。

 どの寮も常に警戒けいかいしている生徒である。

 ドラグーン寮のリーダー自体はウルカが務めているので、アルファルドも実際にウォンを見るのは初めてなのだ。


「そうそう、こいつがウォンな。ウォンマジつえぇから」


 レンが人の良さそうな笑みでそう言いつつ、ウォンの肩をポンポンと叩いてくる。

 きっとレンは気づいていないのだろう。残りの五人がどんな意図を視線に含ませているのか。

 この試験中は協力する味方かもしれないが、この試験が終わった後は元の敵同士に戻る。

 その時のための情報をいかにこの試験中に引き出すか、それが大方彼らが視線に含ませている敵意だろう。

 嫌な空気を感じ取ったのか、リュウナが何も気にしていないように元気に右手を挙げた。


「はいはーい!私はリュウナ・キラね!リヴァイア寮のリーダーで~す!」


 更なる強敵の出現に、視線が今度はリュウナに集中する。

 ウォンが突出とっしゅつしているため忘れられがちだが、リュウナも一年生の間では結構な有名人である。

 渡竜わたりりゅうクルーシャードが乱入し、大量の負傷者を出した一学期中間試験。ウォン達が出来るだけ負傷者を出さないように立ち回っていたにも関わらず、数人出してしまったそれを、リュウナは一人も出さなかったのだ。

 ヘラクレス寮やオーディン寮はまだ直接リュウナの実力を見たことのある生徒は少ないだろうが、アルファルドはリュウナの恐ろしさを知っている。

 ウォンに宣戦布告をした一学期期末試験において、リュウナはとてつもないほど用意ようい周到しゅうとうに事を進めていた。

 結果としてはほとんど引き分けに終わったものの、この二人の勝負に注目していた生徒は多かったのだ。


「で、俺がナナ・二フレア」


 これで全員の自己紹介も終わり、本格的に試験が始まる。

 その瞬間、八人の服装が上から光に包まれて変化していった。

 夏にしては熱すぎるローブは消え、ワイシャツとネクタイだけになる。元々各寮の色になっていたはずのネクタイも、今は全員黒色で統一されている。

 同じチームであることを強調するためだろう。

 この瞬間から、八人の特別試験が始まった。


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「で、なんで俺らコテージのベッドでくつろいでんの?」


 レンが不機嫌そうに吐き捨てると、もう一方の二段ベッド上段で寝っ転がっているナナが答える。


「仕方ないだろ。海の中を探せるのは水属性適性のリュウナだけ。学校側から支給しきゅうされた釣り竿も二本しかないんだ。体力は温存できるときに温存しておいた方がいい」

「でもよぉ、、俺達男が何もしねぇで、レイアちゃんとかチャンプちゃんに仕事任せてるのも気が引けてさぁ」


 レンが言っていることももっともではあるが、ナナが言っていることの方が理にかなっている。

 仕事の定員人数が決まっているのは仕方ないとして、この特別試験は期限が決まっていない。クリアするまで何日かかるのか分からないのだ。加えて、アステリア魔法学校の試験が一筋縄ひとすじなわで終わるはずがない。その点を考えれば、ここで体力を消耗しょうもうするのは良くない。

 しかし、ナナが反応したのはそこではなかった。


「ちゃ、チャンプ、、?もしかして、チャンピオン・サザーランドのことか?」

「え、それ以外居る?」

「、、よくそんな風に呼べるな。あんな怖いのを」

「怖いのも愛嬌あいきょうだって」


 レンは根っからの陽気ようき人間であり、ナナやウォンからすれば、神経を疑ってしまう。


「マジか、、。俺はそんな風に呼べないな」

「僕も」

「お前ら女心おんなごころが分かってねぇな。どんな子でも名前呼ばれたら嬉しいもんなんだよ」


 得意げに語るレンに腹を立てたのか、ナナが挑発ちょうはつ気味に言う。


「じゃあ、チャンピオン・サザーランドに話しかけて来いよ」

「え、なんでだよ」

「お前の言うことが正しいなら、チャンピオン・サザーランドがデレる姿が見れるってことだろ?」

「まあそうだな」

「そんなの見てみたいだろ」


 ナナは二段ベッドの上段から飛び降りると、もう一方の下段に腰掛こしかけていたウォンと肩を組んだ。


「お前も見てみたいだろ?」

「うん。参考程度に」

「、、ウォンが言うなら」


 ウォンとナナの人間不信同盟の策略さくりゃくにより、レンは実験体となることになった。

 三人はコテージを出て、少し海にせり出たがけで釣りをしているはずのチャンピオンを探す。

 しかし、たどり着いた場所にはレイアただ一人しかいなかった。


「あれ?何か用かな?」

「いや、大したことじゃないんだが、、。チャンピオン・サザーランドはどこにいる」


 ナナがそう聞くと、レイアは人の良さそうな笑みを浮かべる。


「チャンプなら気晴きばらしに一飛ひとっとび行ってるよ」

「一飛び?」


 ウォンがそう言って首を傾げた瞬間、四人に強烈きょうれつな風が吹きつける。

 上を見ると、ほうきまたがったチャンピオンが下りてきていた。

 チャンピオンは箒から降りると、不機嫌そうにウォン達をにらみつける。


「何?キモイんだけど」

「いや、チャンプちゃんって箒魔法を使うんだなって」


 レンがそう言った瞬間、チャンピオンが目を輝かせてレンに顔を近づける。


「あんた!箒の良さが分かるの!?」


 ここまで不機嫌そうな顔しか出さなかったチャンピオンだが、今の表情はまるで親に褒められた小さな子供だ。


「かっこいいよな。俺も箒競技よく見るし」

「だよね!かっこいいよね!競技なんてもうたまらなくってさ~!」


 チャンピオンは両足をバタバタさせて喜んでいる。こうして見ると、チャンピオンの本心は意外と普通の女子らしい。

 レンが相手のことを否定したりしないことも好印象なのだろう。

 レンが言った通り、チャンピオンの使っていた魔法は箒魔法と呼ばれる魔法だ。

 箒を魔法で作り出し、それに跨って空中を飛行できる魔法で、魔法界ではこの箒魔法を使った競技もある。

 だが、アステリア魔法学校では使っている生徒はかなり少数派だろう。それもそのはず、箒魔法はただ空を飛行できるだけで、攻撃魔法ではないのだ。

 どうしても魔法士などを目指している生徒が多い関係上、攻撃魔法を主軸しゅじくにする生徒が多い。

 だからこそ、チャンピオンはレンと箒魔法について話すことが出来て嬉しいのだろう。

 その様子を見ていたレイアが微笑む。


「初めて見たよ。チャンプがこんなに楽しそうに話してるの」

「うっさいレイア。魚釣れた?」

「全然?」


 すると、チャンピオンは残っていた一本の釣り竿をナナに放り投げる。


「私もうきたから、後やっといて」


 チャンピオンは再び箒に跨ると、どこかへ飛んで行ってしまった。

 ナナが呆然ぼうぜんと飛び去っていくチャンピオンを眺めている間に、レンとウォンは静かに頷き合い、ナナに気付かれないようにこの場を後にした。


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「そういえば、アルファルドとアリアちゃんはどこ行ったんだ?」

「さあ、、」


 レンがそう言うのも分かる。

 リュウナは単独で宝の捜索そうさく、チャンピオンは気晴きばらし、ナナとレイアは夕食調達の魚釣り。ウォンとレンは暇人ひまじんだとして、残りのアルファルドとアリアが何をしているのか。

 何かを思いついたのか、レンがベッドから飛び起きる。


「も、もしかして、、アレか?」

「アレ、、?」

「アレだよアレ。ウォンも分かるだろ?」

「わからないけど、、」

「ったく、だから、、」


 レンがベッドの上段から降りると、下段にいるウォンの耳に口を近づける。


「それは、かくかくしかじかで、、」


 レンが若干頬を赤く染めながら離れるが、ウォンは首を傾げる。


「何の意味があるの?」

「い、意味?意味か、、、。意味とかじゃなくて、男のロマン的なところある、、」

「ふーん、、」

「ダメだこの子。純粋じゅんすいなままでいてもらお」


 レンはそういう方面の知識がないウォンに対して、ただそれだけを決意した。


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 日が暮れ始めた午後七時ごろ、八人は砂浜に集合し、夕食の準備をしていた。


「疲れた、、」

「ね。でも、頼りになったよ」


 ナナとレイアが釣り上げた魚は、合計で五匹。サイズもなかなかのため、八人で食べる分には十分だろう。

 くたびれているナナが、睨みつけながらウォンとレンに近づいてくる。


「よく逃げてくれたな」

「まあまあ、そうかっかしなさんな。適材適所ってやつだよ」

「うん」

「明日はお前らにやってもらうからな」


 ウォンとレンはナナから視線を逸らした。


「お、結構取れてんじゃん」


 コテージに戻っていたようで、チャンピオンがコテージから出てきた。


「チャンプが居なくなってから、ナナくんが結構頑張ったんだよ」

「やっぱり私に釣りとか向いてないしな。適材適所ってやつ?」

「お前らな、、」


 ナナは周りに敵しかいないことを理解し、頭を抱えた。


「思っていたよりも釣れたようだな」


 そう言って、アルファルドとアリアが森の中から出てきた。

 穏やかな口調ではあるが、彼は巨大ないのししを引きずりながら歩いている。


「それどうしたんだ?」

「ああ、これか。森の中でも食料が調達できると考えて、私とアリアで狩ってきた。時間が無くて一頭しか狩れなかったが」


 猪はあまり外傷が目立っていないが、小さな風穴かざあなが一つだけ空いている。

 ナナが興味深そうにその傷口を眺めていた。


「これは、、光属性魔法で心臓だけを撃ち抜いたのか」

「その通りだ。できるだけ可食部かしょくぶを侵食しないようにな」


 この外傷だけを見て判断したナナ。ここまでからかい過ぎて忘れていたが、本当にナナは優秀なようだ。

 まあそれだけ正確な魔法操作ができるアルファルドもすごいのだが。

 そこで、誰もが思っていた疑問をレイアが放つ。


「ところで、誰が解体かいたいするの?」

「、、、」


 全員が数秒間沈黙した後、アリアがアルファルドを指さす。


「アル、、」

「い、いやいやっ。私は知識はあれど、調理などしたことがない!」

「違う、、」


 アルファルドが両手を左右に振って否定しようとしたが、アリアはそれに対して首を左右に振る。


「アル、。血、苦手、、」

「ぎくっ、、」


 アリアが言ったことは図星ずぼしだったようで、アルファルドは表情をこわばらせながら、視線を逸らした。

 よくよく見てみれば、アルファルドではなくアリアの両手が血で汚れている。おそらく、アルファルドが指示してアリアが血抜ちぬきを行ったのだろう。

 チャンピオンがあきれ気味にため息を吐いた。


「男なんだから、しっかりしてくんない?」

「無茶を言うなっ、、血なんて流さないに越したことはないのだよ、、」

「でも、これはあんたが仕留めたんだろ?」

「それは、、」


 アルファルドは言えなかった。猪に魔法を行使したのは確かにアルファルドだが、血を見るのが怖くて目を閉じてアリアに右手を預けていたことを。

 このままではらちが明かないことをさとったのか、チャンピオンは隣のレイアの肩に右手を置いた。


「しょうがない。レイア、頼める?」

「いいよ。こういうのは私の得意分野だから」


 レイアは猪の前でかがむと、詠唱した。


けん


 レイアの右手に生成されたのは、一本の剣。ただ、同じ魔法を使うジャックとは形が異なっている。

 いわゆるマチェットと呼ばれるような形が近い。これが生成系魔法の魔法操作ということだ。

 躊躇ためらいなく猪を解体していくレイアに、アルファルドは顔を青白くする。


「良くできるな、、」

「まあね。私は山育ちだから」

「そういう問題なのか、、?」


 ウォンも山育ちではあるが、そういう技術は全く持ち合わせていない。単純にレイアに備わってる特殊とくしゅな技術だ。

 すると、海から水着姿のリュウナが歩いてくる。


「お疲れ~みんな。全く成果なかったわ。ごめんち」

「ま、初日で終わるとは思ってねぇよ」


 ナナがそう言う通りだ。ここまで大規模だいきぼ開催かいさいされている試験が一日で終わるはずがない。それは最初の説明からも分かることだ。


「よく数時間も海の中にいれるね。俺だったら無理なんだけど」


 数時間何もしていないレンがそう言うが、海の中に居て何も知らないリュウナがそれをとがめることはない。


「魔法使えば呼吸は続くし、、。でも、流石に一人はキツイかも。結構広かったから、このペースだと一週間ぐらい余裕でかかっちゃう」

「なるほど。魔力に余裕はあるか?」


 アルファルドがあごに手をえながらリュウナに聞くと、リュウナはサムズアップしながら答える。


「もち。全員入れても一日は余裕で行ける」

「わかった。なら、明日は私とアリア、ランドグラーツも同行しよう」

「ランドグラーツってのは俺です」

「分かってるっつーの」


 レンが挙手きょしゅしたことに、ナナはジト目で突っ込んだ。

 とはいえアルファルドの判断は適切だろう。

 ウォンとチャンピオン、レイアの魔法は水中でまともに使うことができないし、ナナは専属せんぞく釣り人なので、この判断は当然と言える。

 ナナとレンがたわむれている間に、ウォンはコテージからバスタオルを持ってきて、リュウナに渡した。


「ありがとね。いつもはダンテくんが持ってきてくれるんだけど、、」

「え、バスタオル?」

「うん。よく髪の毛ちゃんとかずにお風呂から出ちゃうからさ」


 もはやウォンが困惑すること自体が間違っているのではないかと疑い始めるレベルの話なのだが、リュウナは全くためらう様子もなく言う。

 このことは試験が終わった後で、ダンテをしっかり問い詰めることにした。


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 夕食も食べ終わり、翌日に備えてそれぞれコテージに戻った。

 だが、ウォン達も今年十五歳になる程度の健全な男子。そうすんなりと眠りにつくほど大人しくない。


「風呂、誰から入る?」


 コテージには一般的な家庭にある浴室よくしつが一つずつ備わっている。レンがお湯を沸かし、残りの三人に聞くと、アルファルドが真っ先に右手を挙げた。


「私から入ろう。あまり人が入った後の湯船ゆぶねは得意ではない」


 そう言って立ち上がったアルファルドに触発しょくはつされ、ナナも立ち上がった。


「俺も最初が良い。汗かきすぎてキモイ、、」


 ナナは夏の直射日光に当てられ続けて、尋常じんじょうではない汗をかいていた。

 二人が火花を散らし始めると、今度は視線がウォンに向く。


「エスノーズはどうだ?」

「俺らと違って何もしてねぇよな?」


 その視線に敵意が含まれていることを全く感じ取れなかったウォンが首を傾げる。


「、、?最初がいい」


 誰が汗をかいた男が入った残り湯の風呂に入りたがると言うのだろう。ウォンだって当然最初に入りたい。

 三人がエントリーしたことによって、コテージ内の空気は張り詰め始めた。

 すると、レンが三人に言い聞かせる。


「じゃあみんなで入るか」


 レンの奇想天外きそうてんがいな提案によって、四人は脱衣所だついじょに詰め掛けていた。


「タオルどれ使うー?」

「どれでも変わらないだろう、、」

「俺これ」

「じゃあこれ」


 困惑しているアルファルドに最後の一枚が渡され、続々と残りの三人は特別試験使用の制服を脱ぎ始めた。


「何してんだアルファルド。服着たまま風呂入る気か?」

「脱いで入るに決まっているだろ」


 ナナがワイシャツを脱ぐと、眉をゆがめた。


「うえぇ。ぐっちょぐちょ」


 ナナのシャツは汗でかなりれていて、見ているだけで気持ち悪そうだ。


「替えある?」

「確かタオルみたいな感じで支給されてたはず、、」


 洗濯機がない代わりにシャツや下着したぎは支給されているし、汚れた場合に備えて制服も用意されている。

 ナナはシャツと下着を脱ぎ、一つしかない籠に放り込んだ。


「おお。豪快ごうかいだな」

「もうヤケクソだ」


 ナナの体は筋肉質というよりも、無駄な肉がついていないような感じだ。

 レンが仁王立におうだちしているナナの前でしゃがみこむと、真剣な眼差しで吟味ぎんみし始める。


「なるほど。思っていたよりデカいな」

「、、悪かったな。小柄で」


 アルファルドも年相応に興味を持ったのか、レンと並んでナナのナナを覗き込む。


「私よりは小さいが、平均以上はあるな」

「しれっと自慢じまんすんなよ」


 自然にマウントを取ってきたアルファルドにムカついたらしいナナが、アルファルドに襲い掛かる。

 ベルトを取られた状態のズボンに手をかけ、下着ごとズボンを脱がせると、そこには幼い子供のような、純白のアルファルドが鎮座ちんざしていた。


「白すぎだろ」

「そういう血筋ちすじなのだよ」

「毛もるな」

「そういう血筋なのだよ」

「どういう血筋だよ」


 マウントを取るだけあって、アルファルドのアルファルドは立派だった。

 平凡へいぼんなナナのナナと比べてもそう感じる。


「よーし!俺も!」


 このビッグウェーブに乗りたがったらしいレンが、一瞬いっしゅんで制服を脱ぎ捨てた。

 その体が出現した瞬間、ナナとアルファルドに衝撃が走る。

 レンのレンは、素顔をさらしていたのだ。


「この年で、、だとっ!?」

「これからはレンさんと呼ばせていただきます!」

「はっはっは!くるしゅうない!」


 三人がさわいでいる間に、ウォンがひっそりと制服を脱いだ。

 しかし、それを見逃すほど、三人もぬるくはない。


「ウォンのも見せろ~!」

「学年主席の、、!」

「気になるだろ!」


 三人は自らの行いを恥じることとなる。

 ウォンのウォンは、純粋そのものを表していたのだから。


「なんか、、ごめん」


 空気が完全に冷めきったところで、レンから順番に浴室に入っていく。

 ウォンも続いて入ろうとすると、背後から肩を掴まれて止められた。


「ウォン。ちょっと待って」


 掴んできたのは、ナナだった。

 風呂に入るため、眼鏡を外している。


なさけない話だが、眼鏡ナシだと何も見えないんだ。少し誘導ゆうどうしてもらっていいか?」

「うん。いいよ」


 ウォンが頷くと、ナナの小さい手を取って、浴室に入った。

 転んだりしないようにゆっくりと入る。


「ありがとう、、」


 ナナが礼を言って浴室のドアを閉めた瞬間、ナナの顔面に凄い水圧すいあつのお湯が直撃した。

 ナナが濡れた髪をかき上げて目を拭うと、レンがシャワーをナナの方へ構えてきている。


「おいバカ。おぼれたらどうすんだ」


 そう抗議こうぎするナナの顔を、三人が無言で覗き込む。眼が見えていなくてもそれを感じ取ったナナが眉間にしわを寄せた。


「なんだ。顔に何かついてるか?」

「いや、普通に顔可愛くてビビってる」


 レンが言った通り、今までは眼鏡をかけていて分からなかったが、ナナの顔は王道の弟顔で、そこら辺の女子よりは整った顔をしている。

 

「は、はぁ」


 ナナが困惑しながらも、アルファルドはこの状況をなんとかするべく、三人に呼びかける。


「四人で同時に体を洗うには狭すぎる。あまり汗をかいていないランドグラーツとエスノーズは全身浴びるだけして、先に湯船に入ってくれ」

「え、いいのか?他の人が先に入った風呂苦手だって」

「四人で入っている時点でもうどうでもいい」


 アルファルドに言われた通り、レンとウォンは湯船に入った。

 意外と湯船は大きく、レンとウォンが入っても結構余裕がある。

 これでアルファルドとナナが体を洗い始めるはずなのだが、なかなかアルファルドがシャワーに当たりたがらない。


「どうした?」


 レンがそう問いかけると、アルファルドは少しの間逡巡してから、ゆっくりと口を開いた。


「、、ここで見たことは、誰にも言わないとちかえ」


 その言葉に三人が頷き、アルファルドはシャワーで髪を濡らし始めた。

 すると、アルファルドの長い銀髪の中から、人間のそれとは程遠い、尖った耳が現れる。


「私はハーフエルフだ」


 ハーフエルフとは、人間とエルフの間にできた子供のことだ。おそらくその特徴的な耳を隠すための長髪だったのだろう。

 だが、三人は首を傾げるだけだ。

 何も反応がないことを逆に不気味に感じたアルファルドがきょろきょろする。


「な、なぜ驚かない、、」

「え、だってハーフエルフってそんなに凄いことなのか?」


 アルファルドは盲点もうてんだった。

 まさかレンとナナが普通人家庭出身の魔法使いだとは思っていなかったのだ。ちなみにウォンは無知なだけ。

 アルファルドは少しだけ唖然あぜんとした後、年相応としそうおうに笑みをこぼした。


「そうか。どうやら、お前達が仲間でよかったようだ」


 アルファルドはシャンプーを髪に馴染ませながら、彼自身の出身について語り始めた。


「私は魔法士の父と、エルフの母から生まれた。この尖った耳がその証拠だ。そして、エルフという種は魔法を扱うことに非常にけた種族で、魔道具まどうぐの材料や奴隷どれいとして重宝ちょうほうされている。私がハーフエルフであることが知れたなら、私のみならず、きっと私の母も命を落とすこととなる。だから、このことは言わないでほしい」


 アルファルドから告げられたことは、三人にとって衝撃的な事実だった。

 湿しめった空気の中で、レンが怒りを隠さずに言う。


「なんだよそれ。そんなの人殺しと同じじゃねぇか」

「だが、エルフに人権は認められていない。私も曖昧あいまいなところだ」


 エルフがあきない的に利用されているのは、そこが問題だった。

 現在もエルフなどの亜人あじんの人権を認めさせる運動は活発かっぱつだが、未だに魔法省からは人権を認められていない。そこら辺にいる魔物と扱いは変わらないのだ。

 ナナはボディソープの入ったボトルを手に取ると、アルファルドに言い放つ。


「アルファルドは殺されるべき存在じゃねぇし、お前の母さんも殺されていいはずねぇよ」

「二フレア、、」

「俺、良いこと言ったからシャンプーつけてくれ」


 どうやらナナはシャンプーをつけてもらうために、アルファルドになぐさめの言葉をおくったらしい。だが、きっとそれは本心ではない。天邪鬼あまのじゃくなナナには、そういう口実こうじつが必要だったのだろう。

 アルファルドはナナからボトルを取り上げた。


「それはボディソープ。シャンプーはこっちだ」

「じゃあよろしく」

「、、わかった」


 アルファルドは椅子いすに座ったナナの背後に周り、手に出したシャンプーを泡立あわだて、ナナの髪に染み込ませ始めた。

 こうしていると、完全に弟と兄だ。


「あいつホントに頭いいの?」

「多分、、」

「おい。聞こえてるぞ」


 レンとウォンがそんな風に言っていると、されるがままのナナが二人に対してシャワー攻撃を始めた。


「バリア」

「お、おい!俺をたてにするな!」


*************************************


 風呂に入り終えた四人は、それぞれ支給されたチェックのパジャマに袖を通した。

 ウォンは赤、レンは緑、ナナは黄色、アルファルドは青色だ。

 なにやら、レンがアルファルドのかわかしたサラサラの髪を眺めている。


「どうかしたのか、、?」

「どうせならさ、髪結ばね?」

「髪で耳を隠しているのだから、そんなことできないわけないだろう」

「いやいや。俺らは知ってるんだからさ」


 レンは右手首につけていたヘアゴムを取り出すと、アルファルドの背後に回った。


「なぜヘアゴムなど持っている」

「好きな子の髪いつでも結べるようにしたいじゃん」

「そういうものなのか」

「そういうものなの」


 レンがアルファルドの髪を一つにたばね、正面に回った。


「うん。こっちの方がおしゃれ」

「まあ普段はできないが」

「それなんとかしたいよなぁ、、」


 レンが何かを考え始めたのを感じ取り、ベッドでくつろいでいたウォンとナナも起き上がる。


「髪で隠してたとしても、結局戦闘の時に見えるかもしんないじゃん。もっとなんか、根本的な解決、、みたいな」


 アルファルドを守っているのは、所詮しょせんは髪の毛だ。よろいとしてはもろすぎる。


「こういうのは、お前の担当だろ」


 レンの視線の先にはナナがいた。

 普段からリヴァイア寮の参謀を務めているナナには、こういう頭脳を使ったことこそ合っている。

 ナナは一度だけ眼鏡を正し、即答した。


「なら、光属性の幻惑げんわく魔法が一番簡単だ。ちょうどアルファルドは光属性適性だしな」

「なるほど。一部分だけなら魔力も続くだろう」


 アルファルドは両手を両耳につけ、詠唱する。


まぼろし


 次第にアルファルドの耳が歪み始め、普通の形に変わっていく。

 その様子を見守っていたウォン達三人は、思わず感嘆かんたんした。


「お~!全然普通じゃん!」

「そうか?なら、これからはこうすることにしよう」

「それがいい。どっちにしろ、明日の捜索で髪の毛濡れて耳丸出しになるところだったし」


 ナナが言ったことは、残りの三人には盲点だった。

 作戦を指示したアルファルド自身も、口をぽっかり空けている。


「、、気づかなかった」

「しっかりしてくれよ。お前が自分で言ったことだぞ」

「、、はい」


*************************************


 翌日。朝食をってすぐに、レン、アルファルド、アリア、リュウナは支給されている水着に着替えた。


「私一人ならもぐっちゃうんだけど、流石にみんな息続かないよね」

「当たり前だろ」


 むしろ数時間潜って平気そうだったリュウナが異次元いじげんなのだが、アステリア魔法学校で常識が通じないのだと、レンは再認識させられる。


「じゃ、強引だけどやっちゃいますか」


 リュウナは右手を海に向けて伸ばすと、目を閉じて神経を集中させる。


みず


 『水』は空間に水を出現させることもできるが、同時に存在している水を掌握しょうあくすることもできる。

 リュウナは今、海そのものを掌握したのだ。

 四人が海へ歩いていくと、まるで海がさけているように道が開いていく。


「これは、、海全体を掌握したのか、」

「ま、初級魔法だから範囲は限られてるけどね」

「、、どれくらい?」


 アリアも興味を示したようで、リュウナは逡巡しゅんじゅんする。


「半径一キロくらいかな。流石に試験範囲がそれより大きいことはないでしょ」


 リュウナが先導せんどうして、海の中に潜っていく。

 まるで水族館にいるかのように、水中を四人は歩き始めた。


「なあ、これって水着になる必要あったのか?」

「せっかく夏で海に来たんだから、水着に決まってるでしょ」

「はぁ」


 歩き始めて少しすると、リュウナが前方を指さした。


「あれだよ。昨日私が見つけた場所は」


 それは、しずんだ海賊船だった。

 いかにもな雰囲気が出ていて、普通に怖い。


「結構隅々まで探したんだけどさ、どうにもここっぽいんだよね」


 リュウナはたった数時間でかなりの範囲を捜索した。

 確かに学校側が宝物をそこら辺に隠している可能性もあるが、ここが一番可能性が高いことに変わりはない。

 今はここを探索するのが最善さいぜんだろう。

 アルファルドは、隣を歩くアリアに耳打ちする。


「アリア。お前はどう思う?」

「、、ここにある」

「私もだ。だが、この学校が試験を一筋縄に終わらせてくれるわけがない。警戒しておけ」

「、、ん」


 四人は海賊船の底に空いている穴から、船内に入る。

 船内はかなり暗く、一寸先いっすんさきは闇だ。

 アルファルドはすぐに右手を出して詠唱する。


発光はっこう


 リュウナの魔法の範囲が照らされ、これで探索が可能になった。


「ありがと。じゃ、始めよっか」


 海賊船はかなり老朽化ろうきゅうかが進んでいて、歩いているだけできしむ音が鳴り響く。

 雰囲気もあいまって、アリアを除く三人に緊張が走った。


「なんか、怖いかも」

「俺も。あんまりお化けとか得意じゃないんだよな、、」

「、、何も、いない、、、のに」

「だとしても、怖いもんは怖い。ってかなんでそんなこと言い切れるんだよ」

「、、魔法」


 口数くちかずが少ないアリアの代わりに、アルファルドが説明する。


「アリアは敵を感じ取る魔法を使える。この海賊船には何もいないようだ」


 本来なら使う魔法の情報を教えるなど、寮対抗が基本のアステリア魔法学校においては好ましくないが、ここは試験を円滑えんかつに進めるため、情報を提供するべきだとアルファルドは判断した。

 まあ提供しなくても、一学期期末試験でこの魔法はホルンに見破られていたため、そこまで影響はない。


「便利な魔法だね。その魔法で宝物も見つけれたらいいのに」


 リュウナがそんな無いものねだりをしていると、アリアが首を傾げる。


「、、?、見つけたよ?」


 アリアの言葉が静寂に溶け、四人の間に沈黙が流れる。


「それを最初に言え、、」


 アルファルドは頭を抱えながらそう言った。


*************************************


「結局今日も釣りなのか、、」

「まあいいじゃん。今日で試験が終わるかもだし」

「、、そうだな。その可能性は高いと思うが、、」


 今日も今日とて釣り竿を握っているナナが叫ぶ。


「暇すぎる~!!!」


 ウォンがコテージから出ると、ナナの叫びが聞こえてきた。

 丁度同じタイミングでコテージから出てきたらしいチャンピオンが、眉にしわを寄せる。


「うっさ」


 そう吐き捨てたチャンピオンと目が合う。

 ウォンは声がした方に視線を向けただけなのだが、チャンピオンはウォンに対しても睨みつけてきた。


「なに?キモイんだけど」

「、、ごめん」


 なんとなくで謝ってみるが、チャンピオンは何も言わず、表情をゆるめた。


「ごめん。反射的に言い過ぎるんだ」

「分かってる」


 チャンピオンは昨日、レンと箒競技の話でかなり盛り上がっていた。その様子は等身大の少女だったので、きっといつもは言い過ぎているのだとウォンは思っていた。

 チャンピオンは一度ため息をつく。


「あんた、よくお人よしって言われない?私達なんて、所詮は試験中だけの関係なんだけど」

「同級生だから」


 ウォンにとっては寮が違うとか、そんなことは友達にならない理由にはならない。

 そもそも他の学年においては、寮を超えた交流もかなりさかんにおこなわれている。ここまで壁が出来ている一年生がおかしいのだ。


「そっか。うちのバカ大将たいしょうにも、そういう考えがあればね」

「バカ大将?」

「バスタード・ガーランド。ヘラクレス寮のリーダー。すぐ誰かと喧嘩けんかするようなバカなんだよ」

「大変だ」

「そう。メンチ切った挙句あげく、期末試験ではあんたらのリーダーに負けたし」


 チャンピオンは前髪をかき上げる。


「私も何もできなかったし、。本当は、もっと他の魔法にも目を向けるべきなんだろうな」


 今まで見せたことのないくらい暗い表情のチャンピオンに、ウォンは恐る恐る問いかけてみる。


「、、やってみる?」


 ウォンの言葉に、チャンピオンは少しうつむいていた顔を勢いよく上げる。


「え、教えれんの?」

主席しゅせきだから」

「うっさ」


 チャンピオンは苦笑くしょうしながら、ウォンに肩パンをかました。


*************************************


 アリアの先導で、四人は海賊船のデッキ付近の部屋に入った。


船長室せんちょうしつか」


 アルファルドはやけに豪華ごうかなデスクなどを見て、ここが船長室であると判断した。

 確かに、海賊が宝を安心して保管しておくには、ここ以上に適した場所はないだろう。


「アリアちゃん。この部屋のどこ?」

「、、引き出し」


 レンがデスクの引き出しを開けると、そこには緑色の宝石が輝いている指輪ゆびわが置いてあった。


「これか」


 レンが手に取ると、アリアの表情が強張こわばる。

 その変化を真っ先に感じ取ったのは、アルファルド。


「アリア。どうかしたのか」

「、来る、、」


 アリアがそう答えた瞬間、海賊船がれ始める。

 まともに立っていられないほどだ。


「みんな!デッキに出て!」


 リュウナの合図でなんとか全員がデッキに出ると、海賊船の周りを高速で何かが回っている。

 かなり巨大で、その大きさは海賊船に並ぶほど。


「脱出するよ!全員手を繋いで、私が合図したら息止めること!」


 リュウナの指示通りに全員が手をつなぐと、リュウナが合図をする。


「今!」


 その瞬間に四人を包んでいた空間が水で満たされ、高速で海の中を進み始めた。

 リュウナは四人の周りの水を一塊ひとかたまりと認識し、それを高速で動かしているのだ。

 高速移動の中でレンが背後に視線を向けると、何かが同じほどの速度で四人を追ってきていた。かといって水中ではまともに魔法を行使することができない。ここはリュウナに任せるしかないだろう。

 高速で四人が砂浜に投げ出されると、水中から何かが姿を現した。

 何本もの触手と細長い本体。その姿を認めた瞬間、アルファルドが叫ぶ。


「あれは、クラーケン!」


 クラーケンは海に生息する災害級の魔物。

 強烈な魔力にかれることが多い生態があり、おそらく宝物である指輪の魔力に惹かれていたようだ。

 そして、今は指輪の魔力以上に、リュウナに惹かれている。

 クラーケンの出現に、留守番るすばんをしていた四人も集まってきた。


「なんだあれ。あれが宝物?」

「そんなわけないだろ。リュウナの魔力に惹かれたんだ」


 チャンピオンにナナが突っ込む。

 こういう時の適切な判断は、ナナの専売特許せんばいとっきょだ。


「指輪取っても試験が終わんないってことは、こいつも討伐しろってことだな」


 レンが手元の指輪をポケットの中にしまう。

 その間に作戦を打ち出したナナが、七人全員に伝え始めた。


「相手が水生すいせい生物である以上、リュウナの魔法は攻撃に使えない。だからリュウナとチャンピオン、レンは相手の触手しょくしゅを引き付ける。その間にレイア、ウォン、アルファルドで本体を攻撃。攻撃魔法がまともに使えない俺と、戦闘があまり得意そうじゃないアリアは観戦かんせんで」

「なんでサボりがいる作戦なんだよ」

「適材適所だ」


 レンに突っ込まれながらも、この作戦に全員が賛成さんせいする。実を言うところ、アルファルドもアリアがまともな戦闘をしているところを見たことがないので、今回はサボりにてっしてもらう。

 チャンピオンが右手を前に伸ばす。


「箒」


 箒を出現させ、チャンピオンがそれに跨った。


「めんどくさいから、さっさと終わらせてよ!」


 それだけ言って、チャンピオンは空へと飛んで行った。

 彼女に続くように、リュウナも走り出す。


「水」


 詠唱したリュウナは、水に沈むことなく水上を走り始める。

 もはやこの自由度に驚く生徒は居ない。


「私達も行こうか」


 レイアが右手を頭の後ろに伸ばし、詠唱した。


「剣」


 レイアの背中に一本のおののようなものが出現し、それを手に取る。

 それはレイアの背丈せたけよりも大きな、ハルバートだった。


相変あいかわらず見合わない戦闘スタイルだな」

「そうかな。私はこれが一番合ってると思うけど、、。二人は遠距離タイプ?」

「まあ一般タイプだ」

「うん」

「じゃあ行こうか」


 三人は散らばりながら、クラーケンに向かって走っていく。

 レイアは向かってきた触手の一本を足場にして跳躍。本体に切りかかろうとするが、触手を重ねてガードされた。それを承知しょうちの上で、レイアは空中で体をひねり、高速の回転かいてん切りでガードしていた触手を全て切りきざむ。

 しかし、流石に推進力すいしんりょくが全て殺された。

 レイアがそのまま海に落ちて行こうとするところを、チャンピオンが拾い上げる。


「私がいなかったらどうするつもりだったわけ?」

「そしたらおよぐしかないよね」

「犬じゃないんだから」

「わーん」

つぶすよ」


 チャンピオンは軽口かるくちを叩きながらも、襲い掛かってくる触手をすいすいとかいくぐっていく。

 チャンピオンが使う箒魔法は、空を飛ぶことができると同時に、かなり自由度が高い魔法だ。ただし、それは使いこなせた場合。ほとんどの魔法使いは、使うことができても速度が全く出せない。

 チャンピオンの実力は、箒の技術だけ見れば世界でも指何本かに数えられるほどなのだ。


「私も空飛べたらなぁ」


 リュウナは空を高速で飛んでいるチャンピオンをうらやみながらも、襲い掛かってくる触手を全てかわすか、水の塊を海から浮かせて受け止める。

 リュウナの魔力があるなら、すべてを魔法で防ぐこともできるのだが、あえて体運からだはこびもり交ぜているのは、彼女自身が課題に思っているからだ。

 今までリュウナは魔力で相手を圧倒あっとうする、力技ちからわざの戦闘スタイルを主としていたが、同等以上の他の魔法使い、ウォンやウルカはそれだけではない。

 魔法を使う発想や、戦闘の中での体運びこそが、彼らの魔法使いとしての卓越たくえつした実力に直結している。

 一学期期末試験を通して、リュウナは今の自分の課題を見出した。

 今はそれを身に着けようとしている最中なのだ。


かがやつらぬけ」


 アルファルドが右手から光線こうせんを放つと、クラーケンの本体に風穴が空く。だが、手ごたえがあまりない。


「なるほど。心臓を破壊しなければ、決定打けっていだにはなり得ないか、、」


 クラーケンは元々心臓を三つ持つことで、かなり討伐とうばつが大変な魔物ではあるのだが、この個体においては度を越えて大きい。

 そのため、さらに討伐が困難になっているのだ。

 その様子を見ていたナナが、顎に手を添える。


「この巨体の中から心臓を全て撃ち抜くのは無理だな。おいアリア。ウォンの魔法に耐えることはできるか?」

「ん、、」

「なら決まりだ。ウォン!こっちに来い!」


 ウォンがナナの元へ駆けつけると、作戦を伝え始めた。


「俺、溺れながら耐えてんだけど!」


 海では全くの無力むりょくであるレンは、なんとか少量の砂鉄さてつだけで触手をはねのけている。

 魔法を行使し続けている疲労もあり、だんだんと立ち泳ぎのキレもなくなり、溺れつつあるのだ。


「あいつ!」


 チャンピオンが溺れそうなレンに気付き、反射的にそう叫ぶ。

 その後ろに乗っていたレイアが、チャンピオンの肩をトントンと叩いた。


「チャンプ。私は大丈夫だから、レン君を助けてあげて」

「な、なんで私が、、!」

「本当は心配してるんでしょ。私、チャンプのそういうとこ好きよ」


 いつも通り強がっているチャンピオンにそれだけ告げると、レイアは間髪かんはつ入れずに箒から飛び降りた。

 空中に身を投げ出したレイアは、触手を切り落としながら、その切れ端を足場にして跳躍し、空中に留まり続ける。


「もう、、!」


 チャンピオンは一人分軽くなった箒を加速かそくさせ、レンに手を伸ばす。


「掴めバカ!」

「バカじゃねぇよ!」


 レンは叫びながらも、しっかりと差し出されたチャンピオンの手を掴んだ。


「軽っ!?」

「魔法使ったからな」


 レンがチャンピオンの後ろに乗る。

 レンは砂鉄で自分の体を浮かせたため、チャンピオンでもすんなり持ち上げられた。


「ありがとな。チャンプちゃん」

「落とすぞ」


 そのタイミングでウォンへの作戦伝達が終了し、ナナがクラーケン周辺で戦っている五人に叫ぶ。


「全員退避!一気に仕留しとめる!」


 その合図でチャンピオンとレン、砂浜にいたアルファルドが退避してくる。

 取り残されたレイアが、水面にいるリュウナに声をかけた。


「リュウナちゃん!私も浮かせて!」

「りょ!」


 レイアは跳躍をやめ、そのまま水面に落ちていく。

 本来なら沈んでいく水面に回転で受け身を取りながら着地し、リュウナと二人でみんなの元へ戻った。


「よし。ウォン、アリア、行けるか?」

「うん」

「、、いい、」


 ウォンとアリアが前に出ると、先にアリアが詠唱する。


「バリア」


 クラーケンを丸々覆うように展開したバリアは、今まで見てきたホルンのバリアとは比べ物にならないほど巨大だ。

 そんな魔力の消費が激しい魔法を行使しながらも、アリアは余裕そうにウォンの方へ視線を向ける。


「、早く、、」


 ウォンはアリアの実力に呆気にとられながらも、言われた通りに両手を伸ばし、詠唱する。


火炎かえん


 二重詠唱ダブルキャストによる巨大な火炎は、同じく巨大なバリアを満たすように轟轟ごうごうと燃え盛っている。

 出力を弱めるつもりはない。

 この火力で巨体ごと、三つある心臓を燃やし切る。

 それが可能になるのは、ひとえにアリアのバリアがかなりの火力を許容きょようできるからだ。

 上級魔法の二重詠唱でも破れないバリア。かと言ってアリアの魔力が特段多いわけではない。相当魔法をイメージする力が強いのだろう。

 ウォンの最高火力である必殺魔法『魔炎まえん』なら破れるだろうが。


「すご、、」


 チャンピオンがそう零したと同時に、確かな手ごたえを感じたウォンとアリアが完全に一致いっちしたタイミングで、同時に魔法を解除する。

 そこにはもう、クラーケンだったはいすら残っていなかった。

 次の瞬間、八人の目の前にシャンラが現れる。

 これで本当に、試験が終了したということだ。


「これで試験は終了だ。今夜転送を行うため、それまでは自由にしてもらっていて構わない」

「ってことは、海で遊んでてもいいんですか!?」


 リュウナが右手を挙げながらそう問いかけると、シャンラは珍しく、口許くちもとにうっすらとを描く。


「それも自由だ。ただし、入浴と夕食は済ませておけ」


 それだけ言うと、シャンラは消えていった。

 数秒の沈黙が流れ、チャンピオンが歩き出す。


「じゃ、私は空飛んでくるから」


 そう言って飛び立とうとしたチャンピオンの右手を、リュウナが掴んだ。


「すとーっぷ!」

「なに?自由にしていいって言ってたでしょ」

「そうだけどさっ。折角せっかくだし、みんなで海で遊ばない?」


 チャンピオンがなおも食い下がろうとするので、レイアが彼女の肩に手を乗せる。


「チャンプ。みんなと合わせてみるのも、大事じゃない?」

「ぐっ、、」


 チャンピオンは数秒間逡巡すると、ため息を吐いた。


「特別よ。どうせ今夜までの協力関係だし」

「やったー!」


 ウォンとナナも視線を合わせて頷く。

 そんな中で、アリアがアルファルドの背中に隠れた。


「アル、、。どうする、、、?」


 アリアはアルファルドの真面目な性格も、ハーフエルフであることも知っているので、ちゃんと彼の意志を確認したかった。

 今までのアルファルドなら断っていたかもしれない。だが、今のアルファルドは違う。


「私達も遊ぼう。心配する必要はない」

「、、うん。、わかった」


 水着ではなかった四人も水着に着替え、八人は年相応に海で遊び始める。


「くっそ!負けた!」

「危うく負けそうだった。相当運動神経がいいな」

「勝ったやつに言われんのが、いっちばんムカつくー!ってか、あんたの髪の毛うざいのよ!結ぶか切れ!」


 アルファルドとの競争で負けたチャンピオンがそうえるので、アルファルドはレンに聞く。


「レン。ヘアゴムはあるか?」

「おう。結べる?」

「一応な」


 アルファルドがレンから受け取ったヘアゴムで髪を束ねていると、隣のレンが笑う。


「っつか、名前で呼んでくれるんだな」

「私なりの友情ゆうじょうの印だ。受け取っておけ」


 アルファルドが髪を束ねると、露出ろしゅつした耳は尖ってはいない。


「なんか、美人系でムカつく!」

「ふふっ、それは理不尽りふじんだろう」


 アルファルドは、尚も噛みついてくるチャンピオンに笑みを零した。


*************************************


 夕食と、四人全員での入浴も終え、ウォン達はコテージでくつろいでいた。

 すっかり柔らかくなった空気の中、ウォン達は柔らかな光に包まれ始める。


「もう時間だな」


 ナナがそう呟く。

 これで本当に試験が終わる。


「私は、君達とは友人になったと思っている。これからは敵として戦うこともあるだろうが、ともに競い合おう」


 アルファルドがそう告げるが、それに数秒誰も反応できない。

 それを不審ふしんに思ったアルファルドが、首を傾げた。


「どうかしたか?」

「、、そういう恥ずかしいこと言うな」

「それな」

「うん」


 ナナの言葉にレンとウォンも賛同し、アルファルドはポカンとした後、笑みを零した。


「なんだ。お前達、恥ずかしかったのか」

「うっせ」


 レンが突っ込みを終え、とうとう転送までの時間がない。

 しかし、四人は永遠えいえんに別れたりするわけではない。本来いるべきところに戻るのだ。

 だから、悲しい表情をする必要はない。

 レンが笑顔で言い放った。


「またな」

「うん」

「ああ。また会おう」

「ほらナナ。お前も」


 レンが未だに恥ずかしがっているナナをからかうと、怒りながら言う。


「分かってる、、。じゃ、じゃあな」


 すっかり微笑ほほえましいナナを見て、三人は笑みを浮かべた。

 そして、光に包まれ、四人は意識を失う。

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魔王の未来、それは魔法。 木片 @tukum2

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