Tier58 面会

 東京拘置所に入ると、まず施設内にある面会窓口へと向かった。

 ここでマノ君は警察手帳を見せて、ジャケットの内ポケットから三つ折りにした書類を窓口の人へと渡す。

 そんな書類、マノ君はいつ用意したんだろう。

 用意周到で済ますにはあまりにも用意が良すぎる。

 まさか、マノ君は最初からこうなることが分かっていたのかもしれない。


「確かに、承りました」


 窓口の人が書類を受け取り、僕達を待合室の方へと行くように案内する。


 待合室でしばらく待っていると、職員の人が準備が出来たと僕達に声を掛けてきた。

 面会にあたっての注意事項を一通り聞き、最後にスマホやガラケイ、スマートウォッチ、イヤホンなどの電子機器類を職員の人に預けた。

 これでようやく、面会室へ行く準備が整った。


「では、こちらへどうぞ」


 面会室へと案内されて、職員の人が扉を開けて中に入るように促す。

 そして、また職員の人が開いた扉を丁寧に閉じる。


「あれ? 職員の人って面会に立ち会わなくていいの? 弁護士は良くても警察は駄目じゃなかったっけ?」


「普通はな。ってか、お前そんなことよく知ってんな」


 マノ君は僕に対して少々関心を見せる。


「刑事ドラマとかで、よくそんなことを言ってたから。警察系で持ってる知識は全部ドラマで習ったって言って良いかも。あ、もちろん研修期間中に習った知識もちゃんとあるよ」


「ドラマって言ったって、俺らの世代じゃドラマなんか全然見なかっただろ。なんで、伊瀬はそんなに見ているだよ?」


「う〜ん〜、なんでだろう? 僕も分かんないや。僕からしてみれば、皆があまりドラマを見ないことに驚いたよ」


 周りから指摘されるまで、自分が他の人と比べてドラマを見ていることに気づかなかったくらい、僕にとってドラマを見るのは日常だった。

 あと、ドラマでよく見た面会室の光景が目の前に広がっていて、僕は今、少しテンションが上がっている。


「ま、いいや。今回は内容が内容だからな。職員の立ち会いを許すわけにはいかない。つーうわけで、特別措置として職員の立ち会いを無しとしてもらった。公務員って、ハンコやら何やらを用意するのにたらい回しにされるとよく揶揄されるだろ?」


「うん、まぁ」


 マノ君が言っている揶揄とは「お役所仕事」とか言うことについてだろう。

 僕も全部がとは言わないが、この言葉には一理あると思う。


「だが、これは裏を返せば、書類さえ手に入れば力技でどうとでもなるってことだ。今回みたいにな。ま、それが出来るのも大臣っていうバックがあるからだが。大臣のバックがなきゃ、力技が出来る書類なんか手に入らねぇし。基本的に公務員はお役所仕事なんだよ」


「結局、それ言っちゃうんだ」


「言うって、何をだ?」


「あ、ううん。ごめん、何でもない」


「そうか?」


 マノ君がスッキリしない顔を浮かべていると、透明の遮蔽しゃへい板の向こうの部屋から扉がガチャリと開く音がした。

 僕達の時と同じように職員の人が扉を開けて、広崎さんが中へと入ってくる。


「こんにちは、広崎さん。警視庁公安部第六課、天野悠真特別捜査官です」


 広崎さんが面会室に入ってくるなり、マノ君は警察手帳を見せて一気に挨拶を済ませる。


「お、同じく伊瀬祐介特別捜査官です」


 僕も警察手帳を取り出して、広崎さんに見えるようにする。


「ど、どうも」


 訝しげな顔を浮かべながら、広崎さんは僅かに頭を下げる。

 たぶん、僕達の見た目があまりにも若すぎるから不思議に思っているんだと思う。


「あ、想像よりも若くて驚きました? これでも俺、27なんですよ。昔から童顔で実年齢より若く見られるんですよね」


「はぁ……?」


「でも、こっちの奴は新人なんで俺より全然若いですよ。なんせ、高卒で警察官になった奴ですから」


 マノ君が湯水のように嘘をついていくのを僕は黙って見守るしかなかった。

 当然、僕達は高校二年生で同い年だし、マノ君は27歳でもなければ、僕は高卒で警察官になったわけではない。

 こんな嘘が通用するのかと思うかもしれないけど、マノ君のさも当然かのような自然な口ぶりは、この話は本当なのかもしれないと僕ですら錯覚してしまうほどだった。


「で、その……警察? 公安? の人がオレに何のようすか?」


 広崎さんは不信感をたっぷり抱きながら、僕達を警戒しているようだった。

 だけど、これは当たり前のことだと思う。

 もし、事件にマイグレーターが関わっているなら、広崎さんは身に覚えのない通り魔殺人の罪を背負わされているんだ。

 しかも、いくら無実の罪だと訴えても言い逃れようの出来ない状況のため、誰にも全く信じてもらえない。

 警察関係者どころか、人間不信になっていてもおかしくないほどだ。

 よく、僕達の面会に応じてくれたなと思う。

 ……広崎さんが応じたわけじゃなくて、マノ君が力技で面会を実現させているだけかもしれないけど……


「まどろっこしいのは嫌いなんでな。単刀直入に聞こう。お前、ったのか?」


 単刀直入過ぎるし、言い方がストレート過ぎる!

 広崎さんもびっくりし過ぎて、呆気に取られちゃってるし!


「……お、オレは何度もってないって言ってるだろ!」


 我に返った広崎さんが、怒りのこもった声で叫ぶ。


「ほ、本当に通り魔殺人なんかしてないんですね!?」


 広崎さんのやっていないと叫びを聞いて、僕は本当に広崎さんが通り魔犯じゃなくて良かったと思うと同時に、無実の人を通り魔犯なんかに絶対にしてはいけないと強く感じて思わず声を荒げてしまった。


「そうだよ! あの日、知らねぇ男になんか落としたって声掛けられたかと思ったら、いきなり警察に捕まって連続殺人の通り魔として逮捕されてるし! そんなことした覚えなんかないのに、オレが人を殺してる映像を見せられるし……もう、わけ分かんねぇよ! なぁ、あんた達。信じてくれよ。俺、本当にやって――」


「あぁ、大丈夫、大丈夫。そういうのいいから」


 広崎さんの必死の訴えをマノ君は無情にも遮る。


「え!? まだ広崎さんの話、全然聞けてないよ!」


「おい、伊瀬。お前まで何言ってんだ? 俺達は今日ここに、何の許可を取って、何しに来たんだ?」


「あ……」


 マノ君に言われて僕は重要なことを思い出す。


「マイグレーション……」


 僕の一言にマノ君は静かに頷いた。

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