Tier19 21グラム
「誰だ、あの男は! 僕のみおちゃんだぞ!」
「みおちゃんが、あの男と付き合っただと!? そんなはずない! みおちゃんがそんなことするはずない! きっと、あの男に脅されて無理やり付き合わされているんだ! だったら僕がみおちゃんを助けるしかない!」
「君はみおちゃんという人間を助けたいのか?」
「そうだ! 当たり前だ! 僕のみおちゃんだぞ! 僕が助けないで誰が助けるんだ!」
「だが、助けるための手立てはあるのか?」
「それは……でも、みおちゃんは僕が助けるんだ!」
「そうか。なら、私が君にその手立てを与えよう」
「手立てを与えたって、何もないじゃないか!」
「私のこめかみを片手でも両手でも良いから抑えろ。そして、抑えながら私の体と入れ替わることだけに集中しろ」
「お、おぉ~! 本当に入れ替わった!」
「よし、もう一度やってみろ。今度は自分の体にもどれ」
「出来た! ハァ、この力があれば、みおちゃんを助けられる!」
「手立ては与えた。あとは君の好きにすればいい」
「もちろんだ! 待っててね、みおちゃん! 僕がもうすぐ助けてあげるからね!」
「あぁ、そうだ。君がみおちゃんという人間を助けようとする時に邪魔をしてこようとする連中がいるかもしれない」
「誰だよ!? 僕とみおちゃんの邪魔をしようとする奴は!?」
「高校生ぐらいの男が警察官と接していたり警察車両を乗り降りしていたら、彼らが君を邪魔しようとしてくる連中だ。おそらく、男二人組で高校の制服を着ているだろうから目の届く範囲にいたら気付くはずだ」
「わかった。そいつらが僕とみおちゃんの邪魔をするんだな! どうすればいい!?」
「彼らを見つけたら即座にその場を離れろ。そして、私と合流するために連絡しろ。合流が出来たら、彼らの目を盗んで私と入れ替われ。彼らの足止めは私がやろう」
「そうか、わかった! それにしても、あんた良い人だな。僕とみおちゃんのために協力してくれるなんて! 名前なんて言うんだ?」
「名前か……彼らからは八雲加琉麻と呼ばれている。君もそう呼んだらいい」
「八雲か、珍しい苗字だな。そんなことより、ありがとな! 八雲は僕とみおちゃんにとって恋のキューピットだ!」
俺に流れてきた犯人の記憶で今回の事件に関係がありそうなものはこんなとこだった。
まさか、ここ一年何の動きも見せなかった八雲が、こうもあからさまに動きを見せるとは。
何を企んでやがる、八雲。
そもそも、なぜ俺は気付けなかった?
偶然に入れ替わった人間が凶器となる刃物なんか持っているわけないだろう!
どうして、そこで俺は何かがおかしい事に気付けなかったんだ!
とにかく、伊瀬に保護させた奴が八雲となると伊瀬達の身が危ない。
マイグレーターでもない伊瀬達には八雲に対しては手も足も出ない。
一方的に、八雲から意識を狩り取られて死ぬだけだ。
俺は頭の片隅で伊瀬達の心配をしてはいたが、残りの大半は八雲を見つけられたことで埋め尽くされていた。
八雲を捕まえられるかもしれない!
八雲を殺せるかもしれない!
一年前の借りが返せるかもしれない!
俺みたいな人間がもう生まれることはなくなるかもしれない!
やっと、八雲を殺せる!
もう、逃がすことはない!
俺は今度、八雲に会ったら必ず殺すと誓った!
だから、何があっても絶対に殺す!
これまでにない高揚感を感じながら乗って来た
伊瀬は保護した八雲を連れてPCまで戻っているはずだ。
遠くにPCが見えた。
俺は最後のラストスパートをきめて、勢いよく後部座席のドアを開けた。
「伊瀬! 八雲はどこ行った!?」
車内の状況を瞬時に把握した俺はそう叫んだ。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
今、この人は八雲加琉麻って言ったのか?
八雲加琉麻って早乙女さんや榊原大臣が言ってた八雲加琉麻のことだよね。
その人が今、目の前にいる人なのか?
「あなたがマイグレーションの元凶である八雲加琉麻さんなんですか?」
「あぁ、大方その認識で問題ない」
さっきまでの女性らしい話し方ではなくなり、中性的なそれでいてどこか無機質な声だった。
「なぜ、八雲さんがここにいるんですか?」
「そうだな、そろそろ頃合いだったからかな」
「頃合い? 今回の件は八雲さんが仕組んだ事なんですか?」
「まぁ、否定はしない。だが、これは彼の意思だ。彼が望んだことを私が利用することはメリットがあると判断した。だから、私は彼に手段を与えた。それだけのことだ」
「中村拓斗さんのスマホを使って、待ち合わせ場所を変更したのは犯人のためということですか?」
八雲は加藤美緒さんにメッセージアプリで待ち合わせ場所を立川駅北口から南口へと変更していた。
これは犯人が逃げて行った方向と同じだった。
「そういうことだ。今頃、彼は自分の望みを叶えているんじゃないか?」
「犯人の望みは何だったんですか?」
「さぁな。確か、みおちゃんをきれいにするとか何とか言っていたかな。あと、切れ味の良い刃物を用意しといてくれとも言われたな。殺そうとでもしているんじゃないか?」
「そ、そんな……」
僕は血の気が引いていくのを感じた。
天野君がそうなる前に犯人を捕まえてくれていることを祈るしかなかった。
「知っているかい? 人間は死亡すると体重が21グラムほど減少するらしい。これを魂の重さだとか言ったりするそうだが、要は意識の重さだ。基本的には体の方が先に朽ち果てて、意識が消滅する。だが、もし意識が先に消滅したとしたら残った体はどんな風になると思う?」
「そ、そんなの……僕には分かりません」
「こうなるのだよ」
ガタンッ!
八雲が言ったのと同時に僕の前の運転席の背もたれが勢いよく倒れた。
そこには目を開いたままピクリとも動かない警察官の姿があった。
目が開いたままでなければ、単に眠っているようにしか見えない。
瞳孔が散大してるのを見て、初めてこの警察官が亡くなっているということが分かる。
それでも、僕にはこの警察官が亡くなっているようには見えなかった。
でも、生きているのかと聞かれたらそれはそれで生きているようには見えなかった。
精巧に作られた人間の人形のような感じだ。
少なくとも今の目の前にいる警察官は「生き物」ではなく「物」になっていた。
「マイグレーションによって意識を消滅させられた死体を見るのは初めてかい? 随分と綺麗な物だろう。死体には傷一つない。意識を消滅させる時は痛みなどといった全ての感覚はない。そのためか、この世でも最も安らかな死を迎えられる安楽死法だと主張する者もいる。そんなことは、どうでもいいことだがな。こういった死体を君達は突発性脳死現象として処理しているそうじゃないか。私としては、その方が都合が良くて助かっているよ」
僕は驚きのあまり体が硬直して動けずにいた。
「そろそろ、私は行くことにするよ。この体は持ち主に返すといい」
八雲はパトカーの窓から通りを行きかう大勢の人を見て言った。
「と、その前に君に言伝を頼んでおこうかな。彼によろしくと伝えておいてくれ。では」
そこまで言って八雲はもう一度、窓から通りを行きかう大勢の人を見た。
直後、八雲の意識が入っていた中村拓斗さんの体は意識がなくなったように崩れ倒れたが、呼吸はしており最低限の生命活動は維持しているようだった。
「――警視庁から石川上水、調査方110番、整理番号961番、場所は立川市柴崎町3丁目2 立川駅南口まで願う、内容は刃物らしき物を持った女性が押し倒した女性に覆いかぶさっている模様、立川駅南口まで願う――」
「――警視庁から石川上水――」
「――警視庁から石川上水――」
「――警視庁から石川上水、聞こえるか――」
――午後1時41分40秒をお知らせします――
ピッ、ピッ、ピッ、ピー
無線機から時刻を告げるアナウンスが無機質に鳴り響いた。
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