Tier20 警察署
僕は今、立川広域防災基地内にある警視庁多摩総合庁舎に来ていた。
六課はこの中の一室に設置してあるらしい。
もう一つ、僕が早乙女さんに連れて行かれた中央合同庁舎第2号館にも六課は設置してあるらしい。
今日は、僕が住んでいる政府が直接管理しているマンションから距離的に近い立川の方に来るようにと指示があった。
六課の人達の全員が集まって僕と顔合わせを含めての重要な報告があるそうだ。
僕は六課の人とはまだ天野君としか会ったことがない。
それも、転校初日のあの事件があった日の一度きりだ。
あれ以降は会っていない。
学校はあったのだが、天野君はずっと欠席だった。
あの事件からは、もう数日が経っている。
僕はその日の内に天野君から事情聴取を受けた後、しばらく休むように言われた。
詳しい事は後日連絡するからと。
きっと、天野君は僕の精神状態を気遣ってくれたんだと思う。
今回の事件の概要は天野君からメールで送られてきた。
残念なことに加藤美緒さんは病院に搬送後、死亡が確認された。
犯人に下腹部をめった刺しにされたらしい。
想像するだけでお腹が痛みそうだ。
犯人は
実家暮らしで、いわゆる引きこもりだった。
田中蓮太の自室を調べると、加藤美緒さんを盗撮した物と思われる写真が数多く発見された。
このことから、加藤美緒さんをストーカーしていた被疑者は田中蓮太だと断定された。
今回の事件の犯行の動機は、中村拓斗さんと加藤美緒さんへの怨恨によるものだと判断された。
犯人の田中蓮太は犯行現場に駆け付けた天野君によって処理もとい意識を消滅させられて殺された。
田中蓮太はまだ他者と入れ替わることしか出来なかったのだから殺す必要はなかったのではないかと思ったが、マイグレーターの能力は時間の経過や使用練度によって必ず発達するらしい。
そうなると田中蓮太を逮捕し続けることは出来ない。
いつか誰かの体に乗り移って逃亡する。
田中蓮太の意識が入っていた女性の体である
つまり、渡辺莉子さんは亡くなっていた。
八雲によって意識を消滅させられた警察官の
八雲の行方は不明だそうだ。
あの時、僕は八雲が通りを行きかう大勢の人の誰かに意識を移すのを見ていることしか出来なかった。
マイグレーターに対して僕はただただ無力だった。
呆然としているところに天野君が駆け付けてくれて、ようやく僕は我に返ることが出来たぐらいだ。
八雲からの言伝を天野君に伝えたが、それを聞いた天野君の表情から僕は何も読み取ることが出来なかった。
天野君は小さく静かに「そうか」と言っただけだった。
八雲と天野君の二人にはどんな関係があるというのだろうか。
今回の事件で亡くなった方は4人となった。
加藤美緒さんは出血性ショック死、残りの3人である田中蓮太、渡辺莉子さん、林航太さんは突発性脳死現象による脳死として処理された。
加藤美緒さんの殺害の犯人は世間的には渡辺莉子さんによるものとなっている。
意識は田中蓮太だったけれど渡辺莉子さんの体が犯行に使われ、目撃者も多数いるため世間的にはそう発表せざるを得なかったようだ。
僕は本当の犯人が渡辺莉子さんではないことを知っていながら、それを公に出来ないことにやるせなさを感じずにはいられなかった。
幸いなことに中村拓斗さんは助かった。
意識も中村拓斗さんの体に戻っており、現在はいつも通りに生活を送れている。
天野君が中村拓斗さんの意識を元に戻してくれたらしい。
その際に、マイグレーションの情報漏洩を防ぐために中村拓斗さんの記憶を丸一日ほど消したようだ。
マイグレーターがそこまでのことが出来るのに非常に驚いたのだが、どうやらこれは天野君の特性のようなものみたいだ。
事件のことをいろいろと考えているうちに、ここが警察署の中であることを忘れて通路の真ん中でぼーっとしていた僕の肩を急に後ろからぺしっと叩かれた。
びっくりして振り向くと、そこには白衣を着た綺麗な女性がいた。
歳は20代半ばくらいだろうか?
黒髪ロングのストレートが似合った細身でスラっとした本当に綺麗な人だった。
「こんなところに高校生が一体どんな用事なのかな?」
綺麗な女の人が言った。
「用事というわけではないんですけど……それよりも、どうして僕が高校生だって分かったんですか?」
今日の僕の服装は制服ではなく、おろしたてのダークスーツを着ている。
いくら見た目が若くても高校生と断定することは出来ないはずだと思う。
「う~ん、勘かな。高校生って特有のオーラみたいのがあるんだよ。大人と子供の狭間にいるからこそ持っている力みたいなのがみなぎって見えるんだよね。それに、君はまだスーツに着られている感じもあるしね」
綺麗な女の人は僕のスーツ姿を眺めながら言った。
「そ、そうですかね」
僕は少し恥ずかしくなった。
「まぁ、いずれ君もスーツが似合うような良い男になれるよ!」
綺麗な女の人がまた僕の肩をぺしっと叩いた。
「あ、ありがとうございます」
叩かれた勢いで僕はお礼を言ってしまった。
僕がスーツが似合うようになるなんていう保証はどこにもないのに……
「それで、君はこんなところに何をしに来たの?」
「えっと、警視庁公安部第六課 突発性脳死現象た――」
「あぁ! 君が新しく六課に来ることになった子なの!?」
綺麗な女の人は途中で僕の言葉を遮って興味津々に言った。
「は、はい、そうです」
「なら、これから六課に向かう感じ?」
「そのつもりです」
「そっか。けど、あそこ結構わかりづらい所にあるからな~。私もこの後、六課に行く予定だから連れて行ってあげたいとこなんだけど、その前に準備しなきゃいけないことがあってね……あっ! ナイスタイミング! 手塚課長、六課に来る新しい子が来ましたよ~!」
綺麗な女の人は、遠くから来た60代くらいの茶色目の背広を着た男の人に声を掛けた。
「おぉ~、もう来てたのか。一足遅かったかな」
小走りで近づいて来た男の人は僕よりも少し背が低く、近所の気さくな優しいおじいちゃんという印象を持てる人だった。
「それじゃあ、私は先に準備の方に行かせて頂きますね。また、あとでね」
綺麗な女の人は男に人に言ってから、僕に軽く手を振りながら言った。
「うん、ありがとうね」
男の人もお礼を言ってから軽く手を振った。
たぶん、綺麗な女の人は男の人に手を振ったつもりはなかったんじゃないかと思う。
「君なら、あの子達を前に進ませることが出来ると思うの。よろしくね」
綺麗な女の人は去り際に僕の耳元で、そう囁いた。
僕は何を言われたのかはさっぱりだったけれど、なんとなく小さく頷いてしまった。
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