Tier18 保護対象

 僕は入れ替えられてしまった女性とパトカーのところまで戻って来ていた。

 ここに来るまでの間に、犯人を捕まえるのを天野君に一人に任せても良かったのだろうかと考えていたりもしたが最終的には僕がいたところで足手まといになるだけという結論に落ち着いた。


 僕達の姿を見て、待機していた一人の警察官がパトカーからで降りて駆け寄って来た。


「マル被、現逮出来たんですか?」


 警察官が手錠を片手に取りながら言った。


「あっいえ、違うんです! この人は本当の犯人じゃないんです! 本当の犯人の方はまだ天野君が捕まえようと追いかけています。この人は保護するようにと頼まれたんです」


 僕は慌てて否定して、警察官が手錠をかけないようにと止めた。

 入れ替えられてしまった女性の体は犯人の容姿とされていた中村拓斗さんの体のため、警察官が捕まえようとするのも仕方なかった。


「は、はぁ……わかりました」


 警察官は怪訝な顔で言って、片手に持っていた手錠を左腰部の後方の短い留め革にその左端が接するように着装した手錠入れに戻した。


「ここだと目立つので、パトカーの中に入りましょうか」


 僕はパトカーの後部座席のドアを開けて、入れ替えられてしまった女性を中に入るよう誘導した。

 警察官も僕の言葉を聞いてかパトカーの運転席に座った。

 そして僕が先に中に入り、続いて入れ替えられてしまった女性も中に入って最後にバタンとドアを閉めた。


「気になっていたんだけれど、あなた高校生よね?」


 パトカーの中に入って突然、入れ替えられてしまった女性が僕に尋ねてきた。


「え?」


 尋ねられたことが拍子抜けだったので、僕は聞き返してしまった。


「ほら、その制服。高校のでしょ?」


 そう言われて僕は自分の服装を下を向いて見直した。

 確かに制服だった。

 天野君に制服のまま学校から直接パトカーに乗せられていたのをすっかり忘れていた。


「あ、はい。高校生です。高二です」


「やっぱり、そうよね。どうして高校生がこんなことをしているの?」


 ごもっともな質問だった。

 制服を着た高校生がパトカーを乗ったり出たりしている姿は傍から見れば異様な光景だろう。

 それか、僕が悪さをして警察に連行されているようにしか見えない。


「えっと……それは、あの~職場体験みたいなことをやっているんです」


 僕はかろうじて、それっぽい理由を言った。


「そうなんだ。職場体験ってこんなことまでやらせてくれるのね。すごいわね。じゃあ、将来は警察官を目指しているのね?」


「ええ。まぁ、そんなところです」


 僕は苦笑いをして答えた。

 本当はもう警察官なんですと言ったら、この人はどんな反応をするのだろうか。


「あ、そうだ。念のため、通信機器の方を預からせて頂きますね」


 他人のスマホなんて開けるはずがないのにここまでする必要はないんじゃないかとは思ったが、マイグレーションについての情報漏洩のリスクを少しでも無くすためには仕方のないことかもしれない。


「わかりました。ちょっと待って下さいね」


 入れ替えられてしまった女性は快く承諾して、スマホを出そうとズボンのポケットを探った。


「え!? 保護対象が見つからない? そんなはずないだろう。場所を間違えているんじゃないのか? 本当にそこは北口なのか?」


 運転席に座っていた警察官が加藤美緒さんを保護しに行った警察官から無線で連絡を受けていた。

 話から聞くに加藤美緒さんが見つからず、まだ保護出来ていないらしい。

 犯人は天野君が追っているし、犯人が逃げて行った方向も待ち合わせ場所とは反対の方向だったから、加藤美緒さんに危害が加えられることはないとは思う。

 けれど、保護されていないと聞くと少し不安だ。


「はい、どうぞ」


 加藤美緒さんの安全を少し不安に思っていると、入れ替えられてしまった女性が手に持ったスマホを僕に向けて差し出した。


「あ、ありがとうございま……す……」


 僕はお礼を言いながら、受け取ったスマホを見るとなぜか開いていた。

 スマホはメッセージアプリのトーク画面を表示していた。

 メッセージの相手の名前は「みお」と表示されていた。

 一番新しいメッセージには「ごめん、待ち合わせ場所変更! 南口で頼む」と書かれており、そのメッセージに対して可愛らしいスタンプで「OK」と返信されていた。


「あの、これ……どうして開けたんですか? このスマホはあなたのではありませんよね? これは中村拓斗さんのスマホのはずですよね?」


「そうです。これは中村拓斗のスマホです」


 嫌な不安が体中に広がるのを感じた。


「なら、どうしてスマホを開くことが出来たんですか? ロックが掛かっていなかったんですか?」


「いや、ロックは掛かっていた」


「じゃあ、どうやってあなたは開いたんですか!?」


 僕は焦るように聞いた。


「『あなた』か」


「あぁ、すみません。まだ、お名前を聞いていませんでしたね。伺ってもよろしいですか?」


 変に焦っていたことに気付いて、我に返った僕は冷静になろうと声を落ち着かせて聞いた。


「そういうつもりで言ったわけではないが、まぁ良いか。そうだな。時と場合によっては変えているのだが、君達にはと言った方が分かりやすいかな?」

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