ムンノ・ガウ

@misukurieisyou

第1話

日雇いの冒険者の荷物持ちポーターとして働いていた俺は冒険者から噂話を聞いた。

異世界から勇者を召喚する儀式が行われたが、それは失敗の終わったという酒の肴にもならない、くだらない噂話だ。

今日もギルドの依頼ボードの近くで荷物持ちとしての営業をしていたら、身なりの良さそうな男がしげしげと依頼票を見ていた。

「おい、そこの少年」

「はい!!」

身なりから貴族のお忍びだろうと当たりを付け、人の良い笑みを浮かべて呼んできた男に近づく。

「この中で僕に相応しい仕事はなんだと思う?」

非常に面倒くさい質問をされ、作り笑顔がヒクつくのを感じた。

簡単すぎても馬鹿にしているのかと怒り、難しすぎても失敗されては怒る姿が容易に想像できる。だからと言って死なれるような依頼を伝えて、本当に死なれたら信用問題だし、貴族相手に翻意があったと思われてもたまらない。

「えー、うー、そうですね。ちなみに冒険者ランクはおいくつでしょう」

「1だ」

「・・・・・」

堂々と言われた言葉に、逆にこちらは言葉を失ってしまう。ランクは1~50に分けられており、高く成れば成るほどに冒険者として一流と呼ばれてくる。当然だが一桁代の数字なんて一般人となんら変わりない。

「ナンバーワンだ。素晴らしいだろう? ここのギルドは僕の価値をよく分かっている」

「そそそっ、そうですね」

「こんにちはー!!」

「ゲッ…」

もう完全に外れだと理解した俺は、さっさとコイツから逃げ出す方法を考え始めた時にタイミングに俺の思い人のサヤがやってきてしまった。

「聞こえたよ。何がゲッだよ!!」

「悪かったって、今は接客中だから後で」

「ん? お兄さん。見ない顔だね」

「ああ、ここに来てから一日だからな」

「そうなんだ!!なら、私とシサの三人で依頼しない?」

予想通り、面倒見の良いサヤは素人丸出しの冒険者を放っておけずに依頼に誘ってしまう。

「そうだな。どうしてもと言うなら組んでやろう」

「どーしても!!」

そんなことを言われたら普通の冒険者ならバカにしてるのかと喧嘩になるのだろうが、サヤは満面の笑顔で返して、毒気を抜かれたように男は肩を竦める。

「仕方ない。お前とは組んでやるが、そっちの少年は僕とは組みたくないようだぞ?」

「え?」

当たり前だ。素人冒険者のくせにサヤを見下されて、そこで頷けるほど、俺は人間として出来ていない。

「えっとあの、サシは荷物持ちとして凄い優秀なんです!!だから一緒に」

「お前の少年の評価がどうじゃない。少年がどう思っているかだ」

「それはそうですけど」

不安げにこちらを見てくるサヤと男を見比べ、俺は男に指を突きつける。

「こんなムカつく奴と一緒に組むことねぇだろ。俺と一緒に薬草採取とかやろうぜ」

「ふっ、笑えるな」

「薬草は大事なんだぞ!! それがないと薬も作れないんだ。薬草に頼らないといけない冒険者が薬草採取をバカにしてんじゃねぇよ!!」

「仕事を馬鹿にした覚えはない。馬鹿にしたのはお前だ」

「サヤ、行くぞ!!」

「ちょっ、引っ張らないでよ!! あ、あの、気が変わったらいつでも声かけてくださいね~!!」

見下してくる男の視線に俺は全身が沸騰するほどの怒りを覚えてサヤの腕と薬草採取の依頼票をひったくると受付へと向かった。依頼を受理してもらい、俺とサヤは近くの森で薬草採取に精を出す。

「も~、シサ、初めての冒険者さんには優しくしてあげないとダメじゃない」

「うっせぇ、あんな野郎のことなんて良いんだよ。サヤは優しすぎんだ」

「や、優しいなんて、そんなことないよ。えへへ」

褒められると怒っていた顔はあっという間に破顔して、そんな笑顔が可愛いと見惚れそうになるのを必死に誤魔化す。コイツがこんな奴だから俺がしっかりしないと。

「うわあああぁぁ!!」

和やかな空気は悲鳴によって切り替わり、俺が何するよりも先にサヤは悲鳴の方へと走り出してしまう。慌てて後を追うと俺たちと同い年ぐらいの冒険者がゴブリン数匹に囲まれていた。

「ひ、ひいぃ、来るな、来るなぁ!!」

「大変。急いで助けなくちゃ!!」

「待てって、白魔道士見習いのお前が行っても・・・ああもうっ!!」

あっという間に冒険者とゴブリンの間には言ってしまったサヤに俺も持ってきた鞄から聖水を出して続く。今にも冒険者に飛びつきそうだったゴブリンはサヤの存在に警戒してくれたおかげで、足下に聖水を振りまくことが出来た。

「大丈夫、今、怪我を治すからね。『ローヒール』」

「ううぅ・・・すまない」

「本当だぜ。ここからどうすりゃ良いんだよ」

切られた腕は淡い青色の光に包まれ、少しずつ回復しているようだが、すぐに『ローヒール』は傷を治す代わりに使われている本人の体力と精神力を代償にするから回復しても戦うのは難しい。そもそもゴブリン数体でビビっているコイツが万全でも戦えるとは思えない。

「ギガギガ!」

「ギィギィ!!!」

幸い、聖水で作られた結界のおかげでゴブリンたちはすぐには襲ってこないが、俺が持っている安い聖水じゃ時間稼ぎがせいぜいだ。待つのに焦れたゴブリンが帰ってくれるのを祈るしかない。俺とサヤだけなら持っているアイテムを使えば逃げることも出来るだろうが

「う、うぐうぅぅ・・・」

体力が落ちたコイツを連れてとなると途端に難易度が跳ね上がる。二人を戦いながら護るなんて俺には無理だ。なんとか方法を考えないと。最悪、コイツを見捨てることも視野に入れないといけないが、そうなるとサヤをどうやって説得すれば

ガサガサガサ!!!!

「最初の街だから森も狭いと思っていたが、意外と広いんだな」

焦りで考えがまとまらずにいたら、更に最悪なことにギルドであったムカつく男が森の奥から顎に手を当てながら、草木を大きな音で掻き分けて出てくる。

「って、なんで、お前まで来るんだよー!!」

「は、早くこっちに来てください!!」

「ん? ギルドであった少年少女じゃないか。丁度良い。道案内させてやる」

「状況見ろよ。さっさとこっちに来い!」

「状況?」

男は俺が指差した方向にいるゴブリンと目が合い、ゴブリンは残虐な笑みを浮かべて俺たちと男の間に入って、聖水の結界内に入れないように道を塞ぐ。

「ギィギィ」

「ギシシ」

「なんだお前らは? 誰に向かって笑っている?」

にじり寄ってくるゴブリンたちに男は不快そうに顔を顰め、森で拾ったのか片手に持っていた木の枝を強く握りしめる。

「無理だ!! いくらゴブリンでも俺たちよりも肌は硬いんだぞ」

「ギイイイィイィ!!!」

俺の叫びを合図にゴブリンの一匹が男へと襲いかかり、ゴロンと転がってきた物が結界に阻まれて、壁にぶつかったように止まる。それを目で追って何かを理解する前にゴブリンの首から勢いよく液体が雨になっていく。

「僕に触れようなんておこがましい」

手首を上下させ、枝をプラプラと揺らしながら男は前に一歩を進んだと認識した時にはゴブリンたちを通り過ぎ、気づいたら俺の前に立っていた。

「早く案内しろ。ダンジョンか、レアモンスターがいる場所で我慢してやる」

「えっ、え?」

顔を横にずらして、ゴブリンたちを見ると他のゴブリンたちも地面に倒れており、それを認識した途端に木の枝で頭をペチペチと叩かれる。

「少年。この僕が話しかけてやってるのに、無視するとは傲慢にもほどがあるぞ」

「い、いや、えっと、ご、ごめん」

「分かれば良い。物わかりの良い奴は好きだぞ。それより・・・今日の案内は無理そうだな」

「え?」

男は俺の後ろに目を向け、釣られてそちらを見るとサヤと冒険者は泡を吹いて気絶していた。たぶんゴブリンの頭が転がってきたのを直視しちゃったんだろう。

「やれやれ。使えない奴らだな。街まで護衛してやるから着いてこい」

「ちょっと待てよ。一人で二人を運べってか!?」

先に歩き出そうとする男の腕を掴んで引き留めると意外そうな顔で俺の顔を見てくる。

「そっちの少女の話だと、少年の仕事は荷物持ちなんだろう?」

「コイツら荷物じゃねぇだろ!? 手伝えよ」

「何を言ってるんだ。役に立ってないなら充分にお荷物じゃないか。君の仕事だ」

そう言うと、男は今度こそ歩き出してしまい、俺は慌ててサヤを持ち上げ、冒険者の方は首根っこを掴んで引っ張りながら男について行く。

「くうぅ・・・・重てぇ・・・」

「それが仕事だろ」

「うっせぇ・・・あんた。名前は」

「そうだな。ただの無能・・・だと呼びづらいか。ムンノ・ガウだ。ガウで良い。明日は道案内よろしくな。少年」

「そう・・かよぉ・・・俺はシサだ・・・」

名乗る時に一瞬だけ不安で泣きそうな年下に見えた少年の顔を、二人を運ぶので必死になっていた俺が見ることは無かった。























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